ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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第四話 トーキング・デビル

 東京受胎。

 それは東京を異界と衝突させ、世界を無に帰し、新たな世界の(はい)へと変容させた。

 文字通り、世界は一度死に絶え、ボルテクス界へと変容した東京を除き、他には何も存在しない。

 そして、そのボルテクス界の中心で太陽のように全てを照らし、月のように陰る発光体こそが――カグツチ。

 

「創世を司るボルテクス界の管理者でもある。理を(ひら)き、あれの元へ辿り着いた者こそ新たな世界を創る権利を得るという話だ。悪魔である私には無関係な話だが、人であるジョーカーならあるいは……。聞いているのか、ジョーカー」

 

 アルセーヌの問いに連ではなく、モルガナが答える。

 

「連なら多分聞いていないと思うぞ。さっきからペルソナが出せないか試してるからな」

 

 モルガナの視線の先には、様々な発音やポーズを取ることで、どうにかペルソナが出せないか試行錯誤している連が居た。

 

「ペルソナッ!」

 

「ペル……ソナッ!」

 

「ペルソーナ!!」

 

「ペ、ぺ、ぺ、ペペぺぺルソナッ!」

 

 ひたすらポージングを変え、イントネーションを変え、己の身に宿した仮面を手繰り寄せようとする。

 しかし、一向にペルソナが出現する気配はなかった。

 猫と魔人に見守られながら、ただただ滑稽(こっけい)な時間を過ごした後、こう告げた。

 

「駄目だった」

 

「駄目だった、じゃねーよ! もっと前に気付けよ! こっちはどう声かければいいか分からなかったぞ!」

 

 激昂するモルガナだったが、蓮の気持ちが分からない訳でもなかった。

 このボルテクス界が現実の東京であると認めるには(いささ)か抵抗があった。

 ペルソナが出現すれば、逆説的にパレスやメメントスのような具現化した認知世界だという証明になる。

 謂わば、頬を(つね)るが如き現実逃避。

 モルガナはあえて苦言を(てい)す。

 

「いいか、蓮。認知世界ならワガハイは猫の姿ではなくなるはずだろ? だけど、未だに黒猫のままだ。認めたくない気持ちは分かるが、ここは紛れもない現実世界なんだよ」

 

 認めたくはなかった。

 だが、仲間であるモルガナからもここまで言われれば、蓮も認めざるを得ない。

 この変わり果てた異界のような空間が元居た現実世界なのだと。

 

「……そうだ。皆は無事なのか?」

 

 東京がこのような有様になったのは受け入れた。

 だが、そこに住まう人々は?

 信の置ける友人、いや、仲間たちは果たして無事なのか?

 今日、出会った三人の知り合いたちも気になるが、それよりもまずは怪盗団の皆の安否が気になる。

 僅かな希望を持って、蓮はアルセーヌへと視線を向ける。

 表情の分からない怪盗の魔人は帽子の(つば)を摘み、顔を隠すように背けた。

 その仕草こそが、元主人の質問に対する答えだった。

 しばらくの間、蓮は呆然と立ち竦み、ゆっくりと(かぶり)を振る。

 

「行こう。この目で確認するために」

 

「……いいのか? 一層、絶望するだけだぞ」

 

 問いかけるアルセーヌに蓮は無言で頷いた。

 希望はないのかもしれない。

 それでも心の怪盗団のリーダーとしての責務を果たさなければならない。

 仲間として、そして、彼らの友人として、蓮はそうするべきだと感じた。

 モルガナはその決断を肯定する。

 

「そうだな。それでこそ、ワガハイたちの……怪盗団のリーダーだ」

 

 しばし無言だったアルセーヌもやがて彼に賛同した。

 

「過酷な現実から目を背けず、突き進む。それがジョーカーという怪盗だったな。いいだろう。ならば、その目で確かめるといい」

 

 一人と一匹と一体は共に足並みを揃えて、その地に向かう。

 ──渋谷駅。

 そこには心の怪盗団がアジトとして使用していた連絡通路がある。

 もしも、仲間たちが無事なら必ず、この状況を打破するためにアジトへと集結しているはずだ。

 そう考え、渋谷を訪れた蓮たちを待ち受けていたのは、悪魔が跋扈(ばっこ)する危険地帯と変わり果てた駅だった。

 地面には亀裂にも似た黒い線が張り巡らされていて、足を踏み締めることさえできない断絶された場所がいくつも散見された。

 もっとも渋谷に来るまでに歩き回っていた砂しかない砂漠地帯に比べれば、まだ文明の名残(なご)りが見て取れるだけマシだと言える。

 渋谷に(たむろ)する悪魔たちは蓮を見かけると、喜び勇んで近付こうとするものの、傍に居るアルセーヌに睨まれ、すごすごと離れていく。

 ボルテクス界において、大量のマガツヒを持ちながら圧倒的な弱者である人間は格好の(えさ)だが、悪魔を連れ歩いている者は事情が異なる。

 連れ歩いている悪魔の所有物であるか、または──。

 悪魔を使役するだけの実力を備えている者。

 (すなわ)ち……。

 

「そこのお前……悪魔召喚師(サマナー)だな?」

 

 ハチ公前交差点まで差し掛かった時、蓮へ声を掛けたのは巨大な星型のヒトデに一つ目が付いたような異形の悪魔だった。

 蓮はその悪魔の名を知っていた。

 無論、悪魔としてではなく、自らが持っていた心の仮面、ペルソナとしてではあるが、まったく同じ姿の存在を認知していた。

 

「お前は……デカラビア!?」

 

「ぬうっ!? 既にこの“堕天使 デカラビア”を知っていようとは、やはりタダモノではないようだな……」

 

 デカラビアは中心から伸びた五本の脚を丸めて、身体を傘のように開閉させて驚いている。

 対する蓮もまた自身のペルソナと同一の見た目の悪魔が自我を持って顕現していることに混乱していた。

 しかし、一点だけ妙な単語に引っ掛かりを覚えた。

 

「堕天使……?」

 

 蓮が保持していたデカラビアは愚者のアルカナに対応するペルソナだった。

 堕天使などという肩書きは初耳だ。

 それに蓮のことを初めて会うような物言いも妙だった。

 アルセーヌのように自身のペルソナだったデカラビアとはどうやらまったく別の存在なのかもしれない。

 訝しげにデカラビアを見る蓮だったが、向こうも戸惑いから脱し、不敵に笑い声を上げた。

 

「ふっ。しかし、我も知っているぞ。黒猫を連れた悪魔召喚師……ボルテクス界とは異なる“帝都(テイト)”とかいう別の世界から来たサマナー、『葛葉(クズノハ)ライドウ』だな?」

 

「…………」

 

 まったく知らない名前の人物が挙がり、どう反応すれば良いのか判断に困った蓮は沈黙した。

 その反応を無言の肯定と勘違いしたデカラビアは一層得意げに語り出す。

 

「ククク。我の情報通ぶりに声も出ない様子だな。このシブヤには様々な情報が入ってくる。葛葉ライドウ、お前がこのボルテクス界にやって来たことも耳にしていた」

 

「…………その」

 

「何だ?」

 

「人違いです」

 

 躊躇(ためら)いがちに蓮が答えると、デカラビアは一旦黙り込み、クルクルとその場で回転する。

 お互いに気まずい沈黙が周囲を支配した後、先に喋り始めたのはデカラビアの方だった。

 

「……今のは。今のは……ジョークだ。いいな? 我の小粋なジョークだ」

 

 冗談だったと(てい)で押し通そうとしてくる。

 鼻高々に語った手前、間違いだったと認めるのは耐えられないのだろう。

 蓮もまたそれを掘り下げるほど非道ではなかった。

 

「面白かった」

 

 冗談と受け入れた上で褒めてみることにした。

 

「そうか! よしよし、サマナー。お前は笑いを分かっているな」

 

 目玉しかないが回転する仕草と声のトーンからして気分を良くした星型堕天使は、すっかり打ち解けた様子で尋ねて来る。

 

「それで、我を知るお前は一体何者だ?」

 

 悪魔に本名を教えていいものかと一瞬だけ悩んだ蓮だったが、嘘を吐き、それが露見した場合のデメリットを考慮し、正直に答えた。

 

「雨宮蓮。もしくはジョーカーだ」

 

「アマミヤ レン……ジョーカー。どちらも知らない名だな。シブヤ方面に来るのは初めてか?」

 

「東京がこんな風になった後の渋谷なら、そうだ」

 

 蓮の脳裏で蘇るのは東京受胎前の渋谷の記憶。

 校舎の屋上を半ば強制的に追い出された心の怪盗団は、渋谷駅の連絡通路をアジトにして作戦会議をしていた。

 人通りもあれば、人目も当然あるような開けた場所。

 しかし、そこは間違いなく蓮にとって、怪盗団のメンバーにとって特別な基地だった。

 

「仲間との思い出の場所だった……」

 

「そうか。ふむ……正直に答えてくれた礼に我も情報を授けよう。何か聞きたいことはあるか?」

 

「聞きたいこと……。この辺りで人間を見かけなかったか?」

 

 蓮の問いにデカラビアは一、二回ほど回転しながら答えた。

 

「見たぞ。少し前に地下街に人間の女が入って行った。その後、ここを出て行ったようだがな」

 

「本当か。どのくらい前だ?」

 

「どのくらい……そうだな。カグツチの光が十五、いや、二十ほど煌天(こうてん)したぐらいか?」

 

「煌天……?」

 

 聞きなれない単語に蓮が聞き返すと、デカラビアはそれについても詳しく教えてくれた。

 ボルテクス界の中央に輝く発光体・カグツチ。

 そのカグツチは一定周期で明滅を繰り返していて、悪魔はその明滅具合で時間の経過を観測しているのだという。

 輝きがまったくない時を静天、一番煌々と輝いている時を煌天と呼び、月の満ち欠けのように少しずつ明滅は繰り返えされる。

 

「煌天の時は悪魔は理性を失い、衝動のままに暴れている。悪魔との会話をする時はくれぐれも気を付けるといい」

 

「なるほど、助かる。だが、それだと人が居たのは大分前だな」

 

「うむ。我が知るのはここまでだが、ギンザならもっと情報があるかもしれないぞ。あそこには『BARマダム』がある。人間の目撃情報も聞けるだろう」

 

「ギンザか。色々聞かせてくれてありがとう」

 

 軽く頭を下げるとデカラビアは一回転して、答えた。

 

「礼には及ばない。待ちくたびれて、暇を持て余していたしな」

 

「誰かを待ってるのか?」

 

「友だ。ハチ公前で待ち合わせをしているのだが、一向に現れない」

 

 それを聞き、今まで沈黙を保っていたアルセーヌが一歩前に出る。

 

「それなら仲魔としてジョーカーと共に来るつもりはないか? 見たところ、貴殿は強い力を持った悪魔。共に主を守ってくれるなら心強い」

 

「アルセーヌ……」

 

 その提案に蓮は僅かに批難するような視線を向けるが、アルセーヌは取り下げる様子はない。

 彼の勧誘を受け、少し考えるように目を閉じたデカラビアだったが、再び開いた瞳には迷いはなかった。

 

「いや。悪いが、友と約束を破る訳にはいかない。奴が来るまで待つ腹積もりだ」

 

 勧誘を断ったデカラビアに対し、蓮はむしろ当然だというように頷いた。

 

「それでいいと思う。……友達と会えるといいな」

 

「うむ。仲魔にはなってやれないが、せめて路銀をくれてやろう。受け取れ」

 

 どこから取り出したのかは判断できないが、蓮に数百枚ちかい金貨の束を渡してくる。

 

「マッカだ。五百はあるだろう。悪魔との交渉、物品の購入。好きに使え」

 

 どうやら悪魔が使うこの世界での通貨のようだった。

 おお、とアルセーヌが喜色ばんだ声を漏らしたことからかなりの額だということが察せられる。

 

「何から何まで悪いな」

 

「気にするな。楽しい時間だった」

 

 デカラビアに別れを告げ、蓮は新たにギンザを目指すことに決めた。

 すると、静かだったモルガナが(せき)を切ったように話し出した。

 

「蓮。お前、よく悪魔と会話できるな。あれはシャドウと違って、本物の生命体なんだぞ? ワガハイ、ずっと心配で吐きそうだったぞ!?」

 

「毛玉をか?」

 

「違うわ! お前がいつ機嫌を損ねて殺されるか、気が気じゃなかったってことだよ!」

 

 モルガナの心配も満更、杞憂ではない。

 シャドウと悪魔。姿は同じでもそのルーツがまったくの別。

 人間の意識の具現であるシャドウは多少不条理な精神構造をしていても、それは人間が想定できる範疇を逸脱しない。

 しかし、悪魔は違う。

 完全に人間とは異なる尺度での思考回路を持っている。

 更に言えば、ここは現実の世界。致命傷を負えば、文字通り、命を失いかねない危険を常に孕んでいた。

 だが、実際に悪魔との会話を行った蓮の感想はモルガナとは異なっていた。

 

「思ったよりも人間と同じだった」

 

 その言葉を聞き、アルセーヌが満足げに笑う。

 

「フハハ、それがジョーカーの強みだな。どの存在であろうとも態度を変えず、対等に会話を行える。だからこそ、惜しい。もう一押しであの悪魔が仲魔にできたかもしれないところだった」

 

「……アルセーヌ。ああいうのは止めてくれ。あいつは友達を待っていると言っていた」

 

 苦言を呈す彼にアルセーヌは帽子を人差し指で掻きながら答えた。

 

「悪かった。ただ、ジョーカー。流石に私以外の悪魔を仲魔にする必要があることは理解してくれるな?」

 

 それについては蓮も頷く。

 如何にアルセーヌが強かろうとも単独では限界がある。

 ペルソナ使いであった時も一人ではなく、背中を預けられる仲間が居たからこそ、やって来られた。

 悪魔との会話もわかったところで、改めて周囲を見渡す。

 

「ギンザに行く前に悪魔を仲魔にする」

 

「よし。ついでにデカラビアが言っていた地下街とやらにも行こう。何か手がかりや有用なものが残っているかもしれん」

 

「お前が仕切るなよ、窃盗ペルソナもどき」

 

「何をいうか、猫風情が! 私は怪盗だ!」

 

 モルガナとアルセーヌの口喧嘩を聞き流しながら、蓮は在りし日の仲間との過去を思い出し、哀愁を噛み締めた。

 

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