ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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第六話 リメンバー・ポリシー

 雨宮蓮は悪魔の群れと相対していた。

 幾度となく遭遇し、そして、幾度となく苦渋を舐めされていた悪魔共との交渉。

 しかし、既にそれは過去の出来事だった。

 

「行け! マーラァ!」

 

「ググ……ギ……オマエラ、仲魔……ナレ……」

 

 絶妙に卑猥な形状をしたシルエットを小刻みに震わせ、マーラは全身で悪魔を誘惑する。

 

「ああ、なんてご立派な悪魔なの……。なります。ぜひ仲魔にしてください!」

 

 マーラの魅力により、また一体の悪魔が蓮のGUMPへと堕ちていく。

 今やストック内には妖精ピクシーを始め、地霊カハク、鬼女ダツエバといった女悪魔が揃っている。

 そして、今回のマーラの誘惑によって新たに仲魔へ加わった天使エンジェルを加えれば、シブヤ方面で遭遇できるレベル帯の女悪魔はすべて手中に収めたと言っていい。

 

「よくやった。マーラ。お前がナンバーワンだ」

 

「グギギ……さまなーの役に立テテ、我も嬉シイ……」

 

 レベルの低い不完全なマーラを邪教の館から押し付けられた時は、厄介払いをされたと思ったが、とんだ拾い物だった。

 魔法や技も覚えていなかったマーラだが、女悪魔との交渉においては無類の強さを持っていた。

 おかげであれからマッカの出費なしで仲魔を増やすことができた。

 

「それじゃ、そろそろギンザへ向かうか」

 

「いや、待て。ジョーカー」

 

 戦力も集まり、いよいよギンザ方面へ向かおうというところで蓮を呼び止めたのは魔人アルセーヌだった。

 出端(でばな)(くじ)かれ、意気込みの下がった彼は、殊更不満げな眼差しをアルセーヌへと向ける。

 怪盗の魔人は大仰に腕を伸ばし、高らかに宣言した。

 

「手持ちの仲魔の層も厚くなった今、弱い手駒は不要! 必要なのは戦闘で役立つ悪魔だ」

 

「…………」

 

「邪教の館へ戻り、悪魔合体を行うのだ! そして、魔法も技もまとも使えん無能な悪魔はその合体素材として役目を果たすべきと言えよう! 特に悪魔との会話でしか活躍できない卑猥な悪魔など打って付けだな!」

 

「…………」

 

「何だ、物言いたげなその瞳は!?」

 

 蓮が黙って聞いていると、演説の途中でアルセーヌが激昂した。

 

「明らかに蓮に貢献してるマーラへのやっかみだってのが丸分かりだからだろ」

 

 視線だけで全てを物語る連に代わって、モルガナが呆れた様子で代弁する。

 

「そりゃあ、口だけの偉そうなペルソナもどきと違って、蓮に一番貢献できてるマーラは目の上のタンコブだよなぁ?」

 

「私が嫉妬しているだと? その卑猥な形の悪魔に? ……ふっ、野良猫風情にはそう映るか。所詮は畜生。知性の足りない矮小な動物の観点だな」

 

 肩を竦めて、アルセーヌはモルガナを小馬鹿にしたポーズを取る。

 仮面状の顔には表情は現れないが、もしも目鼻があれば嘲笑が浮かんでいただろう声音だ。

 モルガナがキッと睨む。

 

「猫じゃない! ワガハイの名前はモ・ル・ガ・ナだ。いい加減覚えろ、ペルソナもどき!」

 

「私とて、ペルソナもどきではない。我が名はアルセーヌ。怪盗紳士の魔人だ」

 

「ナーニが怪盗だ。予告状もなしに物を盗むコソ泥悪魔が」

 

「……貴様、言ってはならないことを口にしたな? 毛玉を吐く前に毛玉にしてやる!」

 

 モルガナと本気で言い争うアルセーヌに蓮は辟易していると、話題の中心に居るマーラが口を開く。

 

「さまなー……」

 

「何だ?」

 

「我……合体素材にナってホシイか?」

 

 マーラの言葉に蓮は首を横振って、きっぱりと答えた。

 

「合体はしなくていい」

 

 悪魔はペルソナとは違い、種族であり、生命体だ。

 明確な自我を持つ生き物を融合させ、別の存在へと作り変える。その行為には強い忌避感があった。

 

「我……失敗作。生マ落チテ、必要とサれなかった……。ダガ、さまなーは必要とシてくれた……。モット役に立テルナラ、違ウ姿にナッてもイイ……」

 

「違うぞ、マーラ。お前は失敗作なんかじゃない。お前にはお前だけの長所がある」

 

 かつて、冤罪(えんざい)で犯罪者のレッテルを張られ、周囲から失敗作と蔑まれた蓮だからこそ分かる。

 自信をなくし、自分を貶す言葉が正しいとさえ思えたこともあった。

 だが、そんな自棄(じき)になっていた蓮に手を差し伸べてくれた人が居た。

 それが佐倉惣治郎だった。

 自分が将来歳を重ねても彼のようにはなれないと思う。だけど、彼からもらった優しさや想いを同じように誰かに与えられる大人になりたいと思っていた。

 蓮は片膝を突き、マーラを抱き締める。

 

「お前はお前のままでいいんだ。無理に違う何かになろうとしなくていい」

 

「さ、さまなー……」

 

 反目し合っていたモルガナとアルセーヌは、その様子を見て白熱していた口喧嘩を止め、まじまじと抱擁を眺めて言った。

 

 感極まったマーラは亀頭に似た頭部から涙を垂れ流す。

 妙にぬるぬるする涙を浴びながらも、蓮はべとべとになったマーラを優しく抱き締め続けた。

 

「感動的な台詞だが……絵面は最悪だな」

 

「それついては同感だ」

 

 初めて、モルガナとアルセーヌの意見が一致した歴史的和解の瞬間だった。

 

 

 ***

 

 

「ジョーカー……本当に悪魔合体はしなくていいのか? 恐らく、ギンザの悪魔はここよりも強い。仲魔を強化しておくに越したことはないぞ」

 

 そう蓮に進言するアルセーヌは先程までの冗談めかした雰囲気はない。

 真に迫る真面目な発言に蓮もまた己の心の内を吐露する。

 

「確かに名前の強化は必要かもしれない。だけど、悪魔合体は違う。ボルテクス界になった東京を見て、悪魔と会話して思った。ああ、こいつらは自分の意思があって、自分だけの個性がある存在なんだって。だから、それを無理やり奪うようなやり方はしたくない」

 

 甘いかもしれない。

 愚かかもしれない。

 けれど、雨宮蓮という男からそれを引いたら、きっとそれは彼ではなくなってしまう。

 

「強化なら経験を重ねて強くなればいい。他のサマナーがどうかはしないが、俺は俺の方針で行く」

 

「殊勝な心がけだと言ってやりたいところだが、“悪魔を使役する妙な悪魔”も存在していると聞いた以上は手ぬるいやり方は死を招くぞ」

 

 悪魔を使役する悪魔。

 それは仲魔探しの最中、野良悪魔から聞いた話だった。

 顔と上半身に葉脈にも似た刺青(いれずみ)があり、どこからともなく悪魔を呼び出し、従属させる力を持つ。

 得体の知れない悪魔。

 地下街に逃げ込んだ人間の女と何やら会話をしていたとも聞いたが、会話の内容まで盗み聞いたものはいなかった。

 その後、人間の女がどうなったのか、謎の悪魔はどこへ行ったのか。それ以上の目撃情報は出てこなかった。

 怯えたからだ。

 謎の悪魔の力に、その存在に、恐れをなした。

 だが、今のアルセーヌの口振りからして、その謎の悪魔のことを知っているかのようだった。

 蓮が追求すると、アルセーヌは隠しだてする様子もなく、あっさりと答える。

 

「知っているとも。アマラ深界で生まれ落ちたこの身には奴の存在が刻まれている。その者の名は──『人修羅』。創世の要にして、あらゆる世界や宇宙の輪廻転生を司る魔人の一人」

 

「『人修羅』……」

 

「人でありながら魔であり、魔でありながら人である。……まさしく混沌を象徴する存在だ。ここはそんな奴が跋扈(ばっこ)するボルテクス界だ。甘い考えなど捨てろ」

 

 人知を凌駕した悪魔すら恐れる混沌の存在、『人修羅』。

 そんな存在と遭遇しかねない状況だと知った蓮は、一瞬だけを目を(つぶ)り、アルセーヌを見上げた。

 己の半身でもあった、叛逆の魔人へ真っ直ぐに見据え、こう告げる。

 

「それなら俺は……怪盗だ」

 

「……どういう、意味だ?」

 

 蓮の放った言葉の意図が読み取れず、困惑を(にじ)ませる。

 だから、蓮は続けて言う。

 

「己が信じた正義の為に、あまねく冒涜を省みぬ者」

 

「!? その、言葉は……」

 

「お前が最初に俺へくれた言葉だ。俺はどこまでも自分が正しいと感じた道を突き進むだけだ」

 

 眼鏡の奥の瞳には強い意志と、断固とした決意が脈を打っている。

 アルセーヌは主の姿に言葉を失い……。

 

「……フッ……フハハハッハハハハハハハハ!」

 

 声を上げて笑った。

 今まで黙って見ていたモルガナが冷めた目で言う。

 

「なんだ、こいつ。急に笑い出したぞ」

 

 よくやく笑いが収まったアルセーヌは歓喜の情を抑えきれずに上擦った声で言った。

 

「そうか。そうだな! 我が主、叛逆の徒、雨宮蓮よ。その通りだ! 世界がどれだけ狭量で支配的でも自由を掲げ、正義を追い求める。それが怪盗だ! 忘れていたぞ、人の世の混沌がここにもあったことを」

 

 腕を大袈裟に振るい、芝居がかった仕草で語る。

 

「もはや何も言うまい。この叛逆の魔人・アルセーヌ。如何なる難敵が現れようと、全力を以て混沌の主の爪牙となろう」

 

「ありがとう。それじゃあ、今度こそ……ギンザへ向かおう」

 

 こうして、蓮は改めて仲魔との絆を深め、新たな地、ギンザへと向かうのだった。

 

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