ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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第七話 オペレーション・セイヴァー

「? 何してるんだ、アルセーヌ。早く行くぞ」

 

 シブヤ地下街から出ようとして、出口へ向かっていた蓮はアルセーヌが足を止めたことに気付いた。

 アルセーヌは地下街にいくつか並んだ小部屋の扉を眺めているようだった。

 

「ジョーカー。喜べ、近道ができそうだ」

 

 ……近道?

 蓮はその発言の意味を呑み込めずに居たが、アルセーヌはお構いなしに扉を開けて、小部屋の中へ進む。

 

「おい、待て」

 

 それを追って蓮もまた小部屋へと足を踏み入れた時、室内に見覚えのあるドラム缶に似た機械が目に入る。

 転輪鼓。

 かつて、新宿衛生病院で蓮が触れ、アマラ深界へと転移することになったきっかけ。

 まさか、シブヤの地下で同じものを見ることになるとは思ってもみなかった。

 

「何故、これがこんな場所に……?」

 

「どうやら、ここはターミナルのようだな」

 

 アルセーヌ曰く、ボルテクス界には転輪鼓が設置された空間がいくつか点在している。

 ターミナルと呼ばれるこの空間は、外部との時の流れが隔絶されており、それ故に並の悪魔は忌避し、侵入すら試みないのだという。

 

「何故、ターミナルに転輪鼓があるのかは私にも解らん。アマラ宇宙の意思の(おぼ)()し、とでも思っておけばいい」

 

「それがどうして、近道になるんだよ」

 

「まあ、見ていろ」

 

 蓮の肩に乗っていたモルガナがそう聞くと、アルセーヌは転輪鼓に近付き、無造作に表面へ触れた。

 淡い発光が数度瞬いたかと思うと、ターミナルの空間ごと激しく揺れが生じ、視界が真っ白く塗り潰された。

 

「何だ!?」

 

 再び、蓮の視界が正常に外界を捉えた時。

 

「うおっ、誰だ。お前ら!」

 

 ターミナル空間には蓮たち以外の人物が存在していた。

 襟足の長い、口回りに髭を生やした男。その男の名を蓮は知っていた。

 

「聖さん……?」

 

「あ? 何で俺の名前を……? いや、待て。よく見たら悪魔も居るじゃねぇか」

 

 聖はアルセーヌに気が付くと一気に顔色を変え、引きつった表情を浮かべる。

 だが、それよりも蓮は彼の言動に違和感を覚えた。

 

「俺のことを覚えていないんですか?」

 

「は? 俺はお前のことなんか知らないぞ。そんなことより、その悪魔何なんだよ。お前の連れか?」

 

 どうやら本当に聖は蓮に覚えがない様子だった。

 落ち着いて会話をするために、アルセーヌを部屋の端で待機させると蓮は聖へ話しかけた。

 

「東京がこんな風になる前、俺は代々木公園の入口であなたと話をしましたよ。月刊アヤカシって雑誌の記者で、氷川について調べてるって」

 

「東京受胎前のヨヨギ公園でか? 妙な話だな。俺があそこで会ったのはあいつだけだったぞ」

 

「あいつ……?」

 

「お前と同い年くらいのガキだよ。嘉嶋(かしま)尚紀(なおき)。って名前言っても分からないか」

 

 ……嘉嶋尚紀。

 新宿衛生病院で出会った無口な寝癖頭の少年の名前。

 

「いえ、知ってます。新宿衛生病院で会いました」

 

「新宿衛生病院? ……ああ、なるほどな。あそこに居たから東京受胎で死なずに済んだ訳か。強運だな、お前も」

 

「お前も?」

 

 蓮以外にも運よく生き延びた人間が居るような口振りに、思わず問い返す。

 聖は頭を掻きながら、話し始めた。

 

「その嘉嶋のことだよ。あいつも新宿衛生病院に居たおかげで無事に生き延びて……いや、あれは無事って言っていいのか? なんせ悪魔になっちまった訳だしな」

 

 氷川によって引き起こされた東京受胎。

 しかし、儀式の中心だった新宿衛生病院に居たごく僅かな人間だけは生き残ることができた。

 嘉嶋尚紀もその幸運な一人だった。

 ただし、彼の場合はその身を悪魔へと作り変えられていた。

 

「悪魔になった嘉嶋と俺は偶然合流できてな。今はこうやってターミナルに(こも)ってあいつのサポートに徹してるって訳だ」

 

「要するに危険なことをそいつに押し付けておいて自分は安全地帯でのうのうとしている、ということか」

 

 壁へ背を預けるように立っていたアルセーヌが口を挟む。

 その言葉には明確な侮蔑の感情が含まれていた。

 聖はアルセーヌがここまで理性的に言葉を話すとは思っていなかったのか、少々面食らった後、反論する。

 

「悪魔に何が分かる! このボルテクス界が生身の人間にとって、どれだけの危険な場所なのか! むしろ、感謝されるべきなのは俺の方だ! 右も左も分からない中、俺が的確な指示を出してやっているんだからな!」

 

「ほう。司令塔だから危険を他者へ押し付けて、安全を享受するのは当然だと? ふん、“心の怪盗団”が健在であれば、お前のような人間は真っ先に改心のターゲットだっただろうな」

 

 そうアルセーヌが吐き捨てる。

 聖はその言葉に対して、怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。

 

「“心の怪盗団”? 何だ、そりゃ? 悪魔の中で通じる符丁(ふちょう)か何かか?」

 

「……何だと? 心の怪盗団を知らない? 東京を(にぎ)わせるあの義賊の集団を」

 

 動揺するアルセーヌだったが、蓮もまたその言葉に疑問を抱く。

 聖が蓮と出会った記憶がないこともそうだが、少なくとも代々木公園で会話をした時の聖は確かに心の怪盗団を知っていた。

 本当に蓮が会った聖と同一人物か疑わしくなるほどだ。

 聖は不快そうに溜め息を吐くと、転輪鼓を弄り始めた。

 

「何か新たな情報が得られると思って話してやったが、もううんざりだ。お前らはお前らで好きにやってろよ」

 

「待ってくれ。まだ話が……」

 

 蓮が呼び止めようとしたものの、それよりも転輪鼓が発光し、聖の姿がふっと掻き消える。

 どうやらどこかのターミナルへ転移したようだった。

 

「あーあ、何やってんだよ。ペルソナもどき。お前のせいで大事な情報源がどっかへ逃げたぞ」

 

(うるさ)いぞ、猫。終わったことをグチグチと……ん? ジョーカー、どうかしたか?」

 

 アルセーヌはモルガナとの言い争いを中断し、顎に手を当て黙り込んでいた蓮の顔を覗き込んだ。

 どうかしてるのはお前だと揶揄するモルガナの顔を掴んで黙らせながら心配そうに見つめる。

 連は少し迷った様子を見せてから、自分の中の疑問を打ち明けた。

 

「何だか、俺の知っている聖とは違う人間のようなに感じた」

 

「ふむ。……本当に別人なのかもしれんな」

 

 すると、アルセーヌもまた間を置いてから答えた。

 

「どういうことだ」

 

「つまりだ、ジョーカー。奴はお前が出会った世界の聖ではないということだ」

 

 アマラ宇宙には複数の世界が同時に存在している。

 世界は単一ではなく、無数に並行しているものであり、そのどれもが交わることなく流れている。

 

「思えば不自然だった。何故、ジョーカーはアマラ深界に居た」

 

「それは氷川に襲われて、転輪鼓へ触れて……」

 

「その時点では東京受胎が起きていなかったのにか?」

 

「……あ」

 

 指摘されて初めて気付いた。

 最初に転輪鼓へ接触した時、まだ東京受胎は起きていなかった。

 

「加えて、デカラビアの発言を思い出せ。奴はこの地下に人間の女へ入っていたのは『カグツチが二十ほど煌天する前』と言っていたな。これもおかしい。ジョーカーが氷川と邂逅(かいこう)した直後に東京受胎が起きたとしても時が()()()()()()()

 

「そうか。あのカグツチは東京受胎が起きた後に生まれたもの。東京受胎が起きた時間と俺がアマラ深界へ着いた時間が合わない」

 

「そういうことだ。ここから推察できることは一つ」

 

 雨宮蓮は異なる世界の異なる時間から移動してきた、ということ。

 アルセーヌの推理を聞いて、蓮はハッと目を見開く。

 

「もしも……もしも俺が少し過去の並行世界から来たのなら……」

 

「元居た世界と時間に戻れたなら、東京受胎を阻止できる可能性があるということだ」

 

 蓮の言葉の先をアルセーヌが(つむ)ぐ。

 アルセーヌの手を振り払って、モルガナが目を輝かせた。

 

「それなら、杏殿たちを助けられるってことだよな!」

 

 こくりと蓮は頷いた。

 

「そうだ。そのためには、まず、俺たちが何をするべきか改めて話し合おう」

 

 ターミナル内を簡易アジトとして作戦会議を始める。

 最初に話を始めたのはモルガナだった。

 

「とりあえず、氷川がこの東京受胎を起こしたんだよな? だったら、氷川の計画を阻止すればいいんじゃないか? こんなヤバいことをしでかすような奴なら絶対に認知世界にパレスがあるはずだ。改心させよう」

 

 モルガナの提案にアルセーヌが待ったをかける。

 

「甘いな、猫よ。たとえ、氷川のパレスに入れたとして、のんびりオタカラを盗むような時間があるのか? 大体、奴は東京受胎前に悪魔を召喚できていたのだろう? イセカイナビを起動させる前に殺されるのが落ちだ」

 

「だったら、どうするんだよ」

 

「東京受胎前に戻り、氷川を守っている悪魔を倒して、物理的に計画を破壊する。これ以外にあるまい」

 

「野蛮な意見だな。やっぱお前、怪盗じゃなく、強盗なんじゃないのか?」

 

「誰が強盗だ! 私ほど怪盗の名が相応しい存在が居るものか」

 

 脱線しかけた話を蓮はまとめて軌道を戻す。

 

「とにかく、元の世界に戻って氷川を止める。ここがゴールとしよう」

 

 最終的にやるべきことは決まった。

 だが、そのためにやるべきことは山のようにある。

 

「転輪鼓を利用して元の世界に変える方法を見つける。それに元の世界で氷川に勝てるだけの戦力を揃える」

 

「氷川のことも調べておくに越したことはないと思うぞ。改心うんぬんは置いといても、敵のことを知っておいて損はないしな」

 

「転輪鼓の知識も奴が一番詳しそうだ」

 

 二人の意見に蓮は頷いた。

 

「なら、この世界での氷川を見つけ出そう。あいつも新宿衛生病院に居た。こっちの世界でも同じように居たなら生き残ってるはずだ」

 

 こうして、蓮たちはようやく見つけた小さな希望を胸に立ち上がる。

 目的は一つ。

 平穏な世界という失われたオタカラを取り戻すために。

 

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