前世から君を   作:等速ステイヤー

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漂流

 ラスト1ハロンで、その馬はもう一度加速した。

 

 ここまでトップをキープし続けていた、逃げ馬とは思えないほどの末脚だった。

 無茶な加速をしてまで影を踏もうとした『差し』に、その格の差と、規格外のスタミナを思い知らせて……

 

 

 

 2位との着差は……実に10馬身以上。

 このレースを本命に仕上げてきた強豪が少なかったとはいえ、あまりの強さに変な笑いが漏れてしまう。

 その原因だが、そういえば。

 この()が一番嫌うのは、自分の影を踏まれることだったな、と思い返した。

 

 たった今、日本最長の平地競争……ステイヤーズSの大幅なレコード更新を成し遂げた相棒、菊花賞馬。

 明日の新聞の一面を飾るには十分なインパクトだろう。

 そんな偉業を達成した、当のマークセレスト号は不満そうにいなないていたが。

 

(……これ、やっぱり余力残してるよなぁ。最長コースでこれじゃあ、日本の競馬ってこの()には短すぎるんじゃ……?)

 

 ここではない国で、彼女に騎乗する自分を想像して……

 ぶんぶん、と首を振って邪念を振り払う。

 

(そういうことを決めるのは、若輩の僕じゃない。そもそも僕、鞍上だし)

 

 超長距離レースに拘らなくても、今の走りが出来れば『盾』でも勝てる。

 未だに中距離以下は苦手らしい。

 けれど……

 

「そこを何とかするのが、僕らの役目だよね」

 

 運が良かっただけの凡人。

 偶然、名馬に見初められただけの人間。

 そんなことは僕が一番わかっている。

 この()が他の鞍上を許すなら、他の鞍上でも走るなら、きっと僕はこの場にいない。

 

 何とかする。

 そんな僕が、稀代の『天才』であるこの()に吐くには随分と傲慢なセリフだった。

 

(でも、僕らは一人じゃない。『陣営』は僕一人じゃない)

 

 勿論、いつまでもおんぶに抱っこなんて許されない。

 名馬の鞍上に相応しい、風格と力量。

 彼女が全盛期のうちに、その一端だけでも……絶対に身につけてみせるつもりだ。

 

 と、気合を入れ直す僕の肩に、マークセレスト号が頭を乗せてきた。

 いつも、彼女が甘える時の仕草。

 頭を撫でてやると、嬉しそうに頬擦りをしてくる。

 

(それにしても、こんなにおっとりしたいい()なのに……どうして他の騎手は乗せたがらないんだろう?)

 

 厩務員の爺さんはやれ一目惚れだ、お前に惚れたんだと言うけれど、馬が人に恋をするなんて……ねえ?

 傍の彼女にそう目で問いかけると、何か勘違いでもしたのか、不機嫌そうに鼻を鳴らして肩に体重を預けてきた。

 ……馬の頭って、すっごく重い。

 でも、僕には心地のいい重みだ。

 

 この肩にのし掛かっているのは、重圧だけ?

 そんなはずはない。

 だって僕は、この重みのために……

 

(なあ、マークセレスト号)

 

 いつか、君の横に堂々と並び立てる人に。

 

 僕はなりたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『……沖に先日墜落した、……ザーッ……行方不明のうち十三名が新たに見つかりましたが、……さんと……は未だ見つかっておらず……』

 

 

 

 

 

 

 

 生まれた時から、ずっと、ずーっと。

 この世界には、漠然と『何か』が欠けているように感じていました。

 グラスさんや会長さん風に言えば、画龍点睛を欠く、でしょうか。

 美味しいご飯、大切なお友達と競い合う日々。

 恵まれた才能と環境。

 非の付け所もない、幸せな日常。

 間違いなく、私は幸せでした。

 それなのに、それでも、何かが足りない……ずっとそう思っていたんです。

 

 でも、浜辺で眠っている、尾花栗毛のあの子を見たとき。

 その最後のピースが嵌まったような、そんな感覚がしました。

 それは一目惚れ、と言ってもいいのかもしれません。

 鮮やかだった世界が、ますます色づいていくような感覚。

 ……そして、妙な嫉妬心も。

 僅かに放心していましたが、彼女を介抱するスカイさんの姿にはっと我を取り戻して……

 

 

 

 

 

 カァ……

 カァ……カァ……

 

「あ、目え覚めた?身体がちょーっと冷えてるから、ちゃんと羽織っときなー?」

 

 いったい、これはどういう状況だろう。

 

「ありがとう……?」

 

 反射的にお礼を言って、掛けられていた毛布を体に巻きつける。

 肌寒いのは事実だった。

 気温はむしろ暑いぐらいだったけど、身体が酷く冷えていて声も随分うわずっているようだ。

 

 僕を介抱してくれているらしい二人は、緑がかった銀髪と、芦毛(・・)の少女。

 変わった髪色だけど、バンドやアートでもやってるのだろうか?

 ……そもそもなんで僕は、この少女たちに介抱されているんだろう。

 それに二人ともすごく可愛いし、いい匂いも……

 ええい、今は鎮まれ煩悩よ。

 

 邪なそれを振り払うみたいに、辺りを見回して……当たり前の話ではあるけれど、ここが見慣れた天井じゃないことに気づいた。

 僕が寝かされていたのは、木でできた長椅子。

 痛くないように、下にはバスタオルが引かれている。

 海の家だろうか?

 外からはいつになく強い潮の香りと、赤赤とした夕陽が差し込んでいるのが見えた。

 目の前で七輪が焚かれていて、香ばしい焼き魚の香りが漂っている。

 てさっきまで、魚を焼くのに使っていたのだろうか。

 僕が暖を取れるように用意してくれたみたいで、優しさが身に染みる。

 

「あの、色々ありがと……へくちっ」

 

「あっ大丈夫?セレちゃーん、ティッシュ持ってきてくれるー?」

 

「はぁーい」

 

 どたばたと奥に消えていく芦毛の少女。

 それと入れ替わりに、長身で銀髪の女性が入ってきた。

 モデルばりの美人だが、しかし。

 手に持っている秋刀魚が妙にミスマッチだ。

 

「……ふぉお!はぐっ……むえぇはへはっ……んっ、……ようやっとお目覚めみてぇだな!朝焼けより先にアタシのご尊顔を拝める幸福を……」

 

「はいはい、今は夕方でしょ。それと、この子のお目覚め一番乗りはこのセイちゃんとセレちゃんだからねー」

 

「うおー!先越されちまったか!枕元で秋刀魚焼いたら熊でも起きると思ったのによー」

 

 ……失敬、ミスマッチだと思ったけど、そうでもなかったらしい。

 この性格に秋刀魚はよく似合う。

 中ばそのテンションに圧倒されながら、しかし彼女の言っている言葉の意味が今ひとつわからない。

 まだ意識が混乱してるみたいだ。

 

「おっと、焦げたら勿体ねえ!こうなったらアタシの腹ん中に緊急避難だ!でしたっけ?」

 

「うわー、一々よく覚えてるねえ……セイちゃんはツッコミで精一杯ですよ」

 

 そうこうしているうちに、ティッシュ箱を持った芦毛の少女が帰ってきたようだ。

 僕の前にかがむと、彼女は取り出したティッシュを差し出してきた。

 

「はい、お鼻自分でかめますか?」

 

「それぐらいは流石に……」

 

 そして、彼女が顔を近づけてきたことで、鈍感な僕でもようやく気づけた。

 ……あるいは、今まで気づかないふりをしていて、それが限界になったのか。

 

 ぴょこ、と頭の上で揺れる『既視感のある』物体。

 それに目が釘付けになった。

 

「あ、頭の上のそれ……」

 

「え?私の耳がどうかしましたか?」

 

 少女の感情に対応してか、困惑したように揺れている動物のような耳。

 ぱたぱたという音に思わず目を向けると、腰のあたりから伸びる毛の束……これは、尻尾!?

 

「えっ、えっ……!?」

 

「どうしたどうした!敵襲かあ?」

 

 敵襲!?これ以上情報量を増やさないでくれ!

 思わず頬を引っ張るが……普通に痛い。

 もしかして、夢じゃないのか?

 

「今のお前、タヌキに化かされたみたいな顔してるぜ?……え、耳?尻尾?なぁに言ってんだよ

 

 

 

 ーーお前にも、同じのがついてるじゃねーか」

 

 え?

 

「えぇぇええええ!!!!?」

 

「どわひゃあああ!!!!?」

 

 思わず出た大声に自分でもびっくりして、目の前の芦毛の子と一緒に飛び上がる。

 頭の上に手をかざし……ありえないものに触れる。

 感触もしっかりあった。

 そういえば、確かに音の聞こえる位置も変だった。

 聞こえる自分の声の高さも……いや、まさか。

 

「えっえっ!?あるっ……!?……ない!!?」

 

「ちょ、ちょっと!いきなり何してんのさ!落ち着いて……」

 

 拝啓、父さん、母さん。

 

「……い」

 

「あん?お前、『あ』の次の音がどうしたって……」

 

 僕、ケモ耳の女の子になったみたいです。

 

「意味わかんないよおぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『ザ……ザザ……捜査は難航しており……はい、二冠馬スティア……が姿を消し……凱旋門……生存の可能せ…………マーク……残ね……ザザ…………ザ……

 

……プツッ』




おまけ
マークセレスト
芝A ダートD
短距離E マイルE 中距離D 長距離A
追い込みG 差しG 先行C 逃げA
スピード-5% スタミナ+30% 根性+5%

ファタ・モルガーナ
残り200m以降で影を踏まれそうになると
もう一度スパートをかけて速度がすごく上がる
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