ミッション『スライムを討伐せよ!』 作:千枚仕掛けのラブソング
「……スライム討伐、だと?」
ここは、イングラシア王国のとある酒場。
仕事帰りの男達が酒を片手に騒ぎまくる、どこにでもあるような場所だ。
最近は景気も良い事もあってか店にある酒の在庫の消費速度も凄まじく、店主は嬉しい悲鳴を上げているだとか。
そんな飲めや歌えやの騒ぎの中、酒場の隅っこではこの場に似合わない話をしている男が二人いた。
「そんなもん、子供でも倒せるような最弱の魔物だぞ。自分で言うのも何だが、俺様は若手のホープと呼ばれているぐらいには実力があると思っているんだが」
狐の仮面を被った小柄な男が、酒ではなく水が入ったジョッキを片手に不満を漏らす。
彼は世間でいう悪の組織に所属しており、そこそこに裏の界隈では名が知られている若手の暗殺者だ。最近は軍事資金を横流しして私腹を肥やしていた貴族を暗殺させるなど、なかなかの功績を上げてる。
「いやなあ、俺もこの指令には驚いてんだよ
その様子を見て、対面していた出っ歯の男――――――――ジャキが困り顔で唸る。
ユキと呼ばれた男は、口をへの字にして。
「つか、何でスライムを討伐せにゃならねぇんだ。別にアイツら黙々と草食ってるだけだろーが」
「そのスライムは、どうやら異常な程の妖気を漂わせていた……らしい。正確な情報はまだ回って来てないが、最初にジュラの森に侵入したヤツがソイツに遭遇して恐怖のあまりトンボ返りしてきたようだな。そんで、次にジュラに入ったヤツは「ゴ、ゴブリン……が……スライムの…ぎゃああああああああ!?」と錯乱しながら帰還した。つまり、怪しいし後々メンドクサイことになりそうだから念のため殺してきてくんね?ってこと」
「え、なにそれこわーい☆…………なんでもないっす」
怖いモノを見た少女のように黄色い声を上げるユキは、ジャキからの微妙な視線を受けて恥ずかしそうに顔を背ける。
気まずそうに「あー」とか「うー」とか言った後、あっ!と光明を得たような顔をして……すぐに態度のデカい様子に戻る。
コイツ、いつまでその俺様キャラを進めるのだろうか。素が所々はみ出てるぞとジャキはユキの大根役者振りに呆れる。
そんなことには気づかず、得意げな顔でユキは言った。
「それにしても、スライムはないだろスライムは。もうちっと手ごたえのあるのが良いんだがなぁ、例えばリザードマンの首領を暗殺しろ、だとか。お前もそう思うだろ、ジャキ」
「まあ、そっちの方が現実味があるしな………実は、そのスライムが特異種だったりして」
「……スライムの特異種つったって、ゴブリンに毛が生えたぐらいのレベルだろ」
「だよなぁ」
溜息を吐くジャキを横目に、ユキは口元の仮面のパーツを外し、水を一気飲みする。
それに対して、ジャキはジョッキに残っていた酒をちびちびと飲んでいた。飲み方にも性格が出るのかもしれない。
「クーッ!やっぱこの店の酒はうめぇな、嫌なことを忘れさせてくれる……これはかなりの年代物と見るぜ」
「酒を飲んでいるフリはしなくていぞ。苦手なら素直に言え、別に飲めなくてもカッコ悪くねぇから」
背伸びしてんなぁとジョッキを呷るユキを見ていると。
その視線に気づいたのか持っていたジョッキをドンと机に置き、口元のパーツを付け直した。
周りがこちらを向く程度にはなかなかに大きい音が鳴ったのだが、ユキは気にしていないのか、言い訳するように話し始める。
……酒は飲んでいないはずなんだが。
「フリなんてしてねぇ。俺様は樽一杯の酒も飲める酒好きだからな。……な、なんだよその疑いの目は。……分かったよ、嘘吐いたのは認めるが俺様はあれだ、酒が苦手なんじゃねぇ。まだ酒を飲める年齢じゃないから飲んでないんだよ。親父が言うには大人になってからじゃないと『あるこーる中毒』とやらになってしまうらしいからな」
「暗殺者が言うセリフじゃねぇな……。ターゲットの貴族の首を抱えて作戦成功を告げに来た、あの冷静沈着な暗殺者はどこいったんだか……「は?」……いや何で怒る」
別に暗殺者でも言っていいだろと憤慨するユキを宥めて、上がった腰を下がらせる。
さっき飲んだのは水ではくて酒だったのかもしれん、そうジャキは心の中で毒づいた。
この男の担当になってから生活は楽にはなったが、いつ暴走するかも分からないじゃじゃ馬を操るには骨が折れる。
ストレスのあまりジャキの髪の毛が抜けていくのは必然ともいえた。
これ以上酒関連の話をしても怒るだろうから、元の話に持って行くことにする。
「それで、結局指令を受けてくれるんだろうな?」
「……一応聞くが拒否権は?」
「拒否権はあるが、その瞬間ウチの上層部が雇ったエリート暗殺者に一生追いかけられることになる」
それはもう拒否権がないのと同じことではとユキは頬が引き攣る。
といっても先程のように逆ギレするわけではない、裏社会ではこんなことは常識であるからだ。
死ねと言っているような指令が下されることもあるし、朝起きたら指名手配犯として騎士団に追われるハメになっていてもおかしくはない。
ユキはあきらめた様に重い息を吐くと、ジャキに尋ねる。
「……そのスライムの場所はどこだ?」
「おお!受けてくれるか!」
「バカ、聞くだけだよ」
その言葉に『これが異世界人のいうツンデレというものか』と思いながら、ジャキは懐から一枚の紙を取り出す。
それを受け取ったユキは納得の声を上げる。
「なるほどねぇ、さっきの話で大体予想は出来たが、やっぱりジュラの大森林だから報酬も跳ね上がるってわけか。それを差し引いてもこの報酬金は異常だが」
「最近は暴風竜が消失したなんていう噂も流れてるし、守護神の消えた森の勢力図がどうなってんのかも知りたいんじゃねぇか?」
「一理あるな」
「ただでさえ『閃光の勇者』の台頭で世話辛い状況なのに、暴風竜にも手を回さなきゃいけないとは。……人員が足りなくなりそうだな」
そんな会話を交わしながら指令内容が書かれた紙を胡散臭そうな目で眺めていると、突然ボッと紙に火が燃え移る。
別段驚くことはなく、その光景を二人は黙って眺めつづけていた。
いつからか導入されたこの『なお、この紙は読み終わると同時に灰になる』という機能にはすっかり慣れてしまっている。
帝国から大量に紙を密輸してるからといって、貴重な紙をこんな風に使い捨てるとは組織の財源がよほど豊かなのだろうか。
以前本部を訪れた際には雨漏りが酷かったのだが、アレはわざとなのかもしれない。
燃えていく指令の紙の内容を読んでいくと、ユキはあることに気付いた。
「……討伐対象であるスライムの特徴は、言語を喋ることができ知能が高い可能性があるだと?……スライムって喋れたのか、初めて知ったぞ」
「いや、普通は喋らんからな?」
驚愕の事実に目を見開くユキの勘違いを訂正しながら、酒を運んでいた店員に向けて酒を一つと注文する。
店員の気前のいい返事をもらった後、お前もいるかとユキに尋ねるが無言で足を踏まれたので追加の注文はしないでおく。
「まあ、どのみち断っても俺様は命を狙われることになるんだし、受けるしかねぇだろこれ。まったく、なんでこんな裏組織に身を置いてしまったのか後悔でしかない……」
ユキが肩を落としてげんなりする中。
ジャキはふとボスに言われたことを思い出した。
「そういや、人型の魔物って美形が多いらしいぞ」
「……俺様が調査に行かなかったら、人類に被害が及ぶかもしれんからな。俺様としては拒否したいが、ジュラの大森林の調査は絶対事項だろう。任せておけ、俺様に攻略できない森など存在しない」
酒が届いたころにはもう、指令の紙は灰になってしまっていた。
「……ああそれと、その件のスライムの配下にゴブリンがいるらしい。これは悪魔で上層部の客観的な予想だ。確実性に欠けるが、その可能性がないわけではないというのを理解してほしい」
「ゴブリン?それはまた、スライムの次に弱そうなのがいるな。……スライムの配下ってことは、ゴブリンよりもそのスライムの方が強いってことか。二番目のヤツの証言が確かならだが、特異種の可能性がますます高くなったな」
「だがまあお前なら簡単にこなせるだろ。指令内容に若干の疑問はあるが俺達は黙って指令を遂行するだけだしな。死んだら死んだで、所詮そこまでだったってわけさ」
「違いねぇ」
ぎゃははははと笑い合った後、ユキはおもむろに席を立ってポケットから数枚の硬貨を机に置いた。
それを見たジャキは一瞬驚いたものの、すぐに可愛そうな子供を見る目でオリを見る。
そんな視線にユキはやれやれと頭を横に振ると、キメ顔でこう言った。
「フッ、相棒に金を払わせるなんてゲスなことは俺様はしないぜ……それじゃ、お散歩がてらジュラの森に行くとしますかね」
ジャキの可哀そうな子供を見る目は、救いようのない子供を見る目に変わったのだった。
次回、『暗殺者死す』
デュエルスタンバイッッッ!