死ぬほど洒落にならない怪異達とガチバトルしています 作:ばぶ
怪異だなんて仰々しく言うものでもない、それは単なる法螺話に過ぎなかった。
今や昔とは違い、電子の海には様々な恐怖が溢れている。
異形の化物と出会った、山奥で得体の知れない影を見た、悪夢の中には何かが潜んでいる。
普段人はそれらを一笑に付しているが、本当の所はどうだろうか?
押し入れの隙間に、ミシミシと鳴る廊下に、暗がりの中に居るはずもない何かを幻視した事はないだろうか。
人が望んだから神は生まれた。
大衆が『いる』と信じれば。確かにそれはそこに『在る』のだ。
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「
『了解、それで?』
電信柱の陰に隠れるようにして前を覗き込む。夕焼けが逆光になって詳しくは確認できないが、赤いスーツに男と見間違う程の長身が数分前に
慣れないスーツに居心地の悪さを感じながら、手持ち無沙汰に首から提げている『
他にもあんな事やそんな事が起きた時には識別票として使ってくれるらしいが気分は迷子札だ。そして今自分が就いている仕事が
インカム越しに現在の状況と『何』を見ているかについて報告する。
「9割『口裂け女』ですね」
『中々の大物じゃない、面倒だなあ……オッケー、どうする? 花乃ちゃん向かわせようか?』
「花乃さん? 嫌だなあ、女の子に危ない真似させたら男が廃りますよ」
『最近の若者は格好良いねえ、まだ18歳とは思えないや。まあ何にせよあの子を女扱いしてもしょうがないよ。化け物からね、あれは』
「マスコミに聞かれたら叩かれますよ」
そう言いながら前方の怪異との距離を測る。今ならまだ気付かれていない、一目散に逃げ出せば振り切れなくもないかもしれない。
『言っておくけれど口裂け女程度の被害想定じゃあれは許可できないから、うかうかしてると嬲り殺されて終わっちゃうよ』
「分かりましたよ、早く花乃さん呼んで下さ、い……」
随分と離れていた筈の女がいつの間にか目の前に立っていた。でかい。遠目からでは分からなかったが2mはある。手には物騒な包丁のような錆びた刃物が握られている。大きなマスクのせいで表情は読み取れないが、その瞳は人ならざる者だと示すように深く淀んでいた。
「私、キレイ?」
生唾を飲む。この場合、否定するとその瞬間に襲い掛かられる。肯定するとマスクを外して「これでも?」と真っ赤に裂けた口を見せ付けながら襲い掛かってくるらしい。
つまりどう転んでも終わりと言う訳だ。バカかよ。
「あー……とてもお綺麗です、よっと!」
マスクを外すその一瞬だけ発生した間隙を縫う様に走り出す。
定説によれば口裂け女は100mを3秒台で走るらしい、直線は不利だと路地裏に飛び込む。薄暗くゴミや換気扇などで入り組んだ地形を有利に活かしながら走り抜く。
少しは離せたんじゃないかと後ろをちらりと見ると。
「キレイって、言ったじゃないイイィィ!!!!」
「ああああああ!?!?」
振り乱した手が服に触れそうになるほど近くにそれはいた。どうやら俺が全力で回した知恵を圧倒的フィジカルで轢き潰されているらしい。スーツの裾を包丁で刻まれつつも紙一重で躱しながらただただ全力疾走した。
『宮津君、ポマードだよポマード』
のんびりとした声がインカムから流れてくる。こちとら忙しいんだよ宮津って誰だ、なんて呆けた事を考えながらひた走る。
「……ポマード!?!?」
一拍遅れてそれが自分に対して向けられたアドバイスなのだと気付いた。
『ポマードって3回唱えると逃げていくらしいよ、口裂け女って』
「それ本当ですね瀬尾さん!? 信じますからね!?」
路地裏から転がるように大通りへと抜けた。帰宅ラッシュから少しだけ外れているのか通行人は疎らだ。これくらいなら後処理はどうとでもなる、そう息を大きく吸い込む。
「ポマードポマードポマード!」
「……」
此方へ今にも飛びかかってきそうだった口裂け女が足を止めた。わなわなと身体をただ震わせている。
怪異に物理攻撃は効かない。大衆の恐怖によって存在するそれらに銃弾が通る筈もないし、膂力だって人間が敵う筈がない。
ならどうやってその脅威を収めるのか、答えは簡単だ。
その逸話での退治方法、それをなぞれば良い。口裂け女にはポマードを、幽霊には塩でもぶつけていれば良いという訳だ。
「アタシ、キレイイイィィ!!!」
一瞬で空と地面がひっくり返る。骨が嫌な音を立てて軋む。叩き付けられた肺から一気に空気が漏れて呼吸ができない。死ぬ。通行人の悲鳴が何故か遠く聞こえる。
ポマードを嫌がるんじゃなかったのか? いや、もしかして。
『宮津君なんか凄い音したけど!?』
「げほ、瀬尾さんこいつ、派生、してます! 時間かけ過ぎたんですよ畜生が……!」
馬乗りになった口裂け女が俺の首を万力の如き力で締め上げながら、包丁を振り被る。走馬灯なんて上等な物はない。近所のラーメン屋のチャーシュー無料券使い忘れてたなあとか、よく考えたら借りたビデオ1ヶ月くらい返してないなあとか、己の人生の浅さを悔い改めさせるような回想ばかりである。
もしこの場を生き残る事ができたら真人間になろう。こんな物騒な仕事から足を洗ってラーメン食べてビデオ返して……真人間ってなんだよと意識が遠のく。
「テン……」
遠くからぽつりと声が聞こえた。
「ソウ……」
馬乗りになっている怪異が訝しげに辺りを見回す。
「メツ!」
突如空中から何かが落ちてきた。
衝撃と共にゴギンと鈍い音が響く。一拍置いて口裂け女が後ろへ倒れた。ぱっくりと割れたその額からは赤黒い血がチョコレートマウンテンみたいに噴き出している。
「ハイレタハイレタハイレタハイレタ」
「……瀬尾さん、花乃さん着いたんで多分もう大丈夫です」
『了解、10分後には処理班を到着させるから勝手に帰っておいで』
一息ついて状況を確認すると、異様な音を立てながら口裂け女が再び立ち上がろうとしていた。だがその足取りはふらついている。ダメージは確かに通っているようだ。
「テンソウメツ?」
こてんと彼女が不思議そうに首を傾げると、ハイレタハイレタハイレタハイレタと何処からともなく響く囁き声が辺りを満たした。それと同時に目の前の少女の顔が人間離れした獣のように歪んでいく。玩具を見つけた子供のように。餌を前にした狼のように。
『彼女』が女を象る怪異に負ける事は決してない。山の怪は女性に取り憑く、つまりそれらより確実に強い。そう大衆に認知されているからだ。
そこから先は語る程の事もない。骨のひしゃげる音と共に金属バットが怪異の頭を挽き肉へ変えていく様子を精細に述べる趣味もない。
「どっちが化け物か分かったもんじゃないな」
口裂け女だった物を足蹴にしながら息を吐く彼女の小さな背中を眺めながら、ぽつりとそう呟いた。夕陽に照らされながら返り血を拭う姿が神話の一場面のように映る。先程までの鬼神のような大立ち回りとは打って変わって、ただの少女にしか見えない。
「まあ、俺も含めてだよな」
どうにも手持ち無沙汰で首筋を掻きながら、不安そうにきょろきょろと辺りを見回す彼女に手を差し伸べる。こんな死と隣り合わせの仕事を続けているのは使命感だとか、生きる為だとかそんな下らない事じゃない。本当の所は死ねるものならいつでも死にたい。それでも今日も怪異達に食らいついていくのは。
「帰りましょ、花乃さん」
秋風が身に沁みる。
俺は今、恋をしている。
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SNSが普及し、世の中は一層豊かで便利となった。ただこの世界はそんなに甘くない、利益を得れば当然それ相応のデメリットも付いて回る。俺達が必死に潰して回っている『
始まりは何の変哲もない片田舎で起きた事件だった。
精神に障害を患った女による少年殺害事件。これ自体は特に注目する事もない人間による殺人だった。だが電子の海はそれを放っておかなかった。
犯人である女性が180cmを越える長身であった事。そして犯人が『上』の人間の親族であり、報道規制がなされた事。被害者が少年であった事。
愛すべき不謹慎な人間達はSNS上でまことしやかに囁いた。
あれは八尺様がやったんだ、と。
憶測は更なる想像を齎し、虚構が現実へと侵食していく。
発生を阻害する方法と駆除する方法だ。
けれどこの現代社会で世間に広く浸透した情報を規制し、処理するのは不可能だと彼らは結論付けた。
つまり駆除するしかない。そこで内閣府が臨時に設立したのが対怪異災害対策本部、通称
オペレーターや事務員で構成された後方部隊。各地のSNSや密偵からいち早く怪異の発生を察知し、派生する前に人員を派遣して処理に当たるインテリ様。
自衛隊や警察から選り抜かれた実働部隊。怪異発生地点の封鎖や情報交通規制、対策が確立している怪異の対応に当たるエリート様。
そして俺と花乃さんのような訳ありの『駆除者』。派生の結果、常人には対応しきれなくなった怪異を撃退するのではなく殺す為に俺達は飼われている。
「しかしよく生きてたね、死んだかと思ってたよ」
「瀬尾さん、あれ派生しかけてたんですけど? 確認されて数日って話じゃなかったんですか」
ごめんごめん、そう言いながら顔の傷を消毒してくれる初老の男に文句を言う。頼りなさげに垂れ下がった眉とよれよれとスーツが哀愁を感じさせる。
そんな瀬尾と名乗るこの目の前の男性が俺の上司であり、ここの本部長だ。
こんなおっさんの双肩に日本の治安維持の一端が任されているのだと思うとくらくらしてくる。
「派生したって言ってたけどどんな兆候見せてた? 次に活かせるかもしれないから」
「弱点抹消でしたね、そっちにリソース割き過ぎて被害拡大や汚染には派生してなさそうでした」
「確認されてる分には4体目だったからね、口裂け女。認知されてる分、力は強いけど対策も多いからそれが妥当か」
基本的に既存の退治方法をなぞれば怪異は消える、本来ならわざわざ対策本部を作るほどでもない。
ただ、人の妄想には際限が無い。それが『派生』だ。
人から人へ噂が伝わっていくにつれ、その細部は歪んでいく。それに似た現象だが嫌になるほどたちが悪い。
発生した怪異は生まれた直後はそのまま噂通りの被害を起こし、噂通りの方法で退治できる。
だが時間が経つにつれてより凶悪に成長していく。どうしてどいつもこいつもそうなるのか、一度疑問に思って瀬尾さんに聞いてみた事がある。
「だって噂話には尾鰭がついていくものだろう?」
確かに、と納得せざるを得なかった。人は話を盛る生き物だ。
まあそれは置いておいて派生には概ね3つのパターンがある。
1つ目は『弱点抹消』。文字通り怪異に備わる弱点を自ら消してゆくクソッタレだ。ポマードと唱えても口裂け女は逃げ出さなくなるし、塩をぶつけても幽霊は消えなくなる。
対策方法が広く認知されている怪異に多い派生だ。わざわざこっちに振り切ってくる奴は地力が高いから長期戦になりやすい。
2つ目は『被害拡大』。基本的に怪異は少人数にしか被害を及ぼさないが、こっち方面に派生すると最悪だ。成長過程で数十人をターゲットとするようになり、育ち切ると街一つ壊滅させる場合もある。怪異第一号『八尺災害』もこの派生だ。
3つ目は『汚染』。これも広義の意味では被害拡大に近いのかもしれないが、後処理がより面倒臭い。怪異は大体自分の発生した場所付近を縄張りとしてその周辺に留まる。そのお陰で被害が出た時に迅速に処理しに行けるが、たまに文字通り自分の縄張りを汚染するタイプの奴がいる。被害拡大とは違ってそこまで広範囲に影響を及ぼす事はないが、そこは奴らのテリトリーと化す。
瘴気まみれの異界とも呼べるような空間で怪異とまともにやり合う事は厳しい。
他にも細々とした派生はあるが凡そその3つだ。なお複合型もいる模様。嫌になっちゃうね。
中には花乃さんみたいな例外もいるが、怪異は基本的に人に害を為す。どうして彼女が俺達に協力してくれるのか、誰も知らない。一つだけ知っている事があるのなら彼女が怪異第三号、ヤマノケとやらの被害者であり今もそれに憑かれているという事だけだ。つまり恐らく、彼女自身の自我は殆ど失われている。身体は俺と同じ10代後半だが、精神年齢では3~5歳程度だと予想されているらしい。なんだか急に自分が犯罪者のように思えてくる。
「テン、ソウ、メツ」
瀬尾さんと話し込んでいると独特のリズムと共にひょこひょこと花乃さんが歩いてきた。分類上は彼女も怪異とされているが、特例として対怪の施設内のみ自由な行動を許されているらしい。
きょろきょろと辺りを見回した後、俺の隣りに腰掛けてくる。
「好かれてるねえ、宮津君」
「モテる男は辛いですよ」
事実上俺と彼女はコンビを組んでいる。派生した怪異を単独で処理できるのは花乃さんしかおらず、そしてテンソウメツとハイレタとしか喋らず意思疎通が困難な彼女が唯一懐いているのが俺だからだ。
愛の力? 両想い? そんなものであればどれほどよかったか。
焼菓子をもそもそと食んでいる彼女の口元を拭っていると、オペレーターの一人が緊迫した面持ちで走ってきて瀬尾さんに何か耳打ちする。
「……宮津君、悪いんだけど『殿堂入り』だ。頼めるかな?」
殿堂入り。
怪異と一つに括れど、その実態は様々だ。その話が流行った時期、拡散に使われた媒体、大衆からの認知度。それによって危険度が大きく上下する。その中で最も恐ろしいのが《洒落怖》だ。某匿名電子掲示板でまことしやかに囁かれ続けてきた怪奇の温床。口裂け女も認知度は高く危険な怪異である事に変わりはないが、ネット発の怪談は拡散性でも派生のしやすさでも従来の口伝てや書籍で伝えられてきた物を大きく超える。
その中でも特に出来が良く著名な怪談のいくつかをネットでは『殿堂入り』と称していたらしい。八尺様、ヤマノケなどなど。
それに
「何号ですか?それに早めに処理できるならそうしたいですけど、そもそも場所が絞れないと」
「それについては心配いらないよ、第二号だ」
「二号って言うと……きさらぎ駅ですか?なんで今頃……」
怪異第二号、きさらぎ駅。
八尺様の次にその存在を観測されると共にそれと並んで一般人への知名度を誇った、まさしく殿堂入りの怪異。
だが大きくなり過ぎた名前は持ち主自身すら殺す事がある。
SNSが発達するにつれ、昔ネットの片隅で読んだきさらぎ駅に自分も迷い込んだ! と名乗り加工した画像をアップする者が続出した。その中には当然本物もあったのかもしれないが、悪貨は良貨を駆逐する。人々が偽物に飽きると共にきさらぎ駅自体の信憑性も落ちてゆくのは当然と言えただろう。
こうして対怪が整備される前に無関心な群衆の熱狂によってきさらぎ駅は生み出され、殺された。
だからこうして今も疑問に思っている、なんで今更現れた? と。
「確認したのはつい先程だけれど……余程上手く潜伏してたらしいね、偵察と連絡が取れなくなってる」
「……派生済みかもって事ですか?きさらぎ駅なんてデータ全然ないんですけど」
「まあ十中八九『汚染』だろうね」
「ですよね~~~」
きさらぎ駅はその場所自体が怪異である性質を持つ、早い話がゴキブリホイホイのようなものだ。故に弱点なんか消す必要もないしわざわざ自分から被害を拡大する必要もない。よって考えられるなら縄張りからの外敵排除の為の強化、汚染だろう。
「それで花乃ちゃんはどうする?連れて行ってもいいけど」
「今回は女相手じゃなさそうだし留守番しててもらいますよ。じゃあ行ってきますね、花乃さん」
置いて行かれるのだと分かったのか、隣に座る彼女が少しむくれた。この胸の高鳴りは何なのだろうか。恋なんて高尚な物じゃない、獣の傷の舐め合いかもしれない。
「多分中に喰われた偵察や民間人がいるだろうから生きてたら救助を、それと今回は使用許可下りてるよ。殿堂入り相手だから、そうは言ってもなるべく使わない方が賢明だと思うけれど」
「了解了解」
本部を出る直前、画面と睨み合っているオペレーター達から花乃さんに向けられる物と同じ畏怖、嫌悪、信頼に満ちた視線を背にひしひしと感じた。嫌われ者は悲しい。
指定された駅に向かうと、外からでも分かるほどの異様な気配が満ちていた。顔面蒼白の職員に案内され、手配されている電車に乗る。乗客は自分ただ一人。
先に状況を聞くと、一般人も合わせて数十人は行方不明になっているらしい。基本的に怪異は人に危害を加えると更にその凶悪さを増す。
単なる法螺話だったそれが、造物主に牙を剥く事によってその存在をより確立させられるからだ。恐怖は恐怖を呼ぶ。
数十人と言えば相当手こずる、けれど不思議と怖くはなかった。ただ一つ嫌な事があるとしたら花乃さんを独りぼっちにしてしまう事だ。だから死ねない。一定の間隔で揺れる車内で、灯りが不規則に瞬き始めるのを確認すると目を閉じる。
ネクタイを締め直す。息を吐く。ノイズ混じりのアナウンスががら空きの車内に反響する。
『次は……
「──は?」
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怪異第二号、
怪異第十三号、
電子の海で生まれた原初の異界で今、己の存在証明を懸けた怪異達の闘争が幕を開ける。