ダンガンロンパ・コンパチブル   作:こんぱち

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第二章 (非)日常編3

 忌まわしいエレベーター横の階段を下りて地階に訪れる。まず見つけたのは、図書室と銘打たれた部屋。入ってみると、書架に図書がうずたかく積まれた一室だった。小学校や中学校の図書室、背の低い子でも手の届くように作られたそれとは全く違った厳格な雰囲気がある。まるで何かで見た国会図書館の一室のようだった。

 とりあえず一回りしてみよう……と思うと、やや周囲をはばかるような声が聞こえてきた。近づくと、手岡先輩と堀津先輩が辞典のような分厚い本を広げつつ対面して会話している。……ここには僕たちしかいないのだから他の人らに気を使う必要はないと思うが、やはり図書館ではお静かに、というのが身に沁みこんでいるのだろう。

「タチウオは?」

「日中は水深150メートルほどにいるが、活発となる夜間には10メートルほどまで上がってくるので堤防からでも狙える。時刻は朝まずめか夕まずめ、肉食で獰猛なのでイワシなどの小型の魚や生きたドジョウなどをエサにする」

「正解! じゃあヒラメは?」

「砂場に潜む魚だからサーフからの遠投が有効。水底に沈むような重めのルアーでゆっくり地を這わせたまま巻いて誘うのが向いているな」

「これも正解! さすが圭司だね! じゃあアユは?」

「縄張り意識が強い魚なので友釣り。生きたままの鮎をおとりとして使う仕掛けの結びに慣れないうちはどぶ釣りもありだな」

 どうやら、手岡先輩が出題者、堀津先輩が解答者になって釣りクイズをしているようだ。

「堀津先輩も釣り好きなんですね」

「ああ。魚類の生態を入念に調べあげ、狙いじゃない外道の末に本命を釣り上げた時の快感はたまらないものがある。……『追跡者』としての仕事が入ってない時にはたまに行っているな」

 そう答える堀津先輩は、この監禁事件の犯人を推測しているときと同じ野心的な表情をしていた……この人、とにかく『追う』とか『追跡する』とかが大好きな人なんだろうな。それこそ『準・超高校級の追跡者』として希望ヶ峰学園に見いだされるレベルで。

「うんうん、そうだよねー。……でももう5日も釣りしてない。それどころか外にすら出れなければ陽の光も浴びてない……釣りの話をすればちょっとは気が紛れるかとも思ったけど逆にもっとしたくなってきた……ううう、海の波の音も川のせせらぎも風が肌に当たる感触もここにはない……あああ」

 まるで何かが切れた中毒患者のようにつぶやく手岡先輩。

「ごめん! 耐えられなくなってきた! ちょっと部屋でロッドいじってくる!」

 とだけ宣言して、風のように去っていってしまった彼女。そういえば『手荷物として釣り竿は持ち込めている』とは言っていたなあ。ちょっと忙しないが、この状況でストレス解消になるものがあるのは良いことだろう。

「さて、俺も俺たちを監禁している『本命』を釣り上げるために調査でもするかな」

 と、堀津先輩は図鑑を閉じて書架のほうに戻っていったのだった。

 

 ここは、教室のような作りの部屋だ。寮内にも授業をするために施設があるなんて、勉強合宿的なイベントにも使われるのだろう。そして教壇の上には出囃子……これはスマホから鳴らしているようだ……で登場した漫才師のように、霧生先輩と勝先輩が並んでいた。

「どーもぼうずーずです。今日は『皆さんの顔と名前を覚えて帰ります』」

 と両手を叩きながら自己紹介をする霧生先輩。……これは実際に漫才をしているようだ。

「逆ぅー!」

 とツッコミを入れようとして振るった腕を空振りさせて自分の頭を叩いてしまう勝先輩。

「……ピー、ガクン。エラーが発生しました。しばらくの間、先ほどと同じ、逆ぅー! というツッコミしか返せません」

 すると、勝先輩は機械がエラーを起こしたような声をあげた。

「ああしまった。うちの相方たまにこうなっちゃうんですよ。仕方ないからこのまま続けていきますね。昨日までの五日間、『日土金木水』と使って」

「曜日の順番が逆ぅー!」

「ドライブして」

 と言ってハンドルを握る動作をして前を向きながら後ろに下がる霧生先輩。

「進行方向が逆ぅー!」

 即座にツッコミを入れる勝先輩。

「47都道府県オブ日本全国の」

「順番が逆ぅー!」

「ごめんごめん。47『県府道都』オブ日本全国の」

「逆にするべきところが逆ぅー!」」

「名物を販売しているアンテナショップ巡りに行ってきたんだよ。五日で全部の県の店に行くのに抜けがないように『んをわろれるりら』順に行ってきた」

「五十音が逆ぅー!」

「でもガソリン代とかコインパーキングが思ったより高くて財布が空になったから何も買わないで帰ってきた。貧乏なお笑い芸人って辛いね……」

「自虐ぅー!」

「ビンボービンボービンボーダンス」

「一発ギャグぅー!」

「車に向かって歩いてたら、強面のあんちゃんと肩がぶつかって『おうどこ見てんだこら』って因縁付けられたんですよ。いやぶつかってきたのはそっちだろって思って、カチンと来て懐から銃を取り出して『おめーがどこ見てんだ』って脅し返したんですよ」

「ギャングぅー!」

「微妙に違うツッコミができるように戻ってきてるな。叩けば直るかな。えいえい」

「加虐ぅー!」

「こうなったら、これを使うしかない。これを飲め」

「ゴクン。『なんでやねん』『あほちゃうか』『そうはならんやろ』。おお治った。ありがとう。ところで今飲ませてくれたの何?」

「単なる菓子。偽物の薬を飲んだらプラシーボ効果で治ってくれるかなって」

「プラシーボ……? 偽物の薬……? つまり……偽薬ぅー!」

「ああしまった。戻ってしまった。もうやってられんわ。ありがとうございました」

「もうやってられんわで締めるのは基本ツッコミのほうなのに逆ぅー!」

 

 ……一席終わったようで、僕はとりあえず二人に拍手を送る。

「ああ、琴間クンか。どうだった?」

 と勝先輩が感想を求めてきた。

「息ぴったりで本当に漫才コンビかと思いましたよ。もしかして勝先輩って料理人だけじゃなくて芸人の才能もあるんじゃないですか?」

「まあツッコミの僕のセリフは『逆!』って言葉がメインで覚えることはそう多くなかったからね」

「それでも上手でした。でもなんでいきなり漫才なんかを?」

「……それは」

 と今度は霧生先輩。

「……どうすればカディナを励ませるか考えたらな。芸人である俺にはこれしかない、って思ったんだよ。初日も俺のギャグを気に入ってくれてるようだったからな。だから、勝にツッコミを頼み込んで相方になってもらった。動画配信者で場慣れしてて、関西弁で漫才にピッタリそうな芳賀にも頼んだけど、あっちはあっちでやりたいことがあるらしいからな」

 ……確かに、今朝のカディナ先輩を見るに、何かしらの手段で元気づける必要があるだろう。一目先輩に止められても、それだけではめげない霧生先輩の芸人魂のようなものが垣間見えるようだった。

 

 ここは、……トレーニングルームかな? バーベルとかダンベルとかルームランナーとか、ジムにありそうな器具がそろっていて……

「はぁっ……はぁっ……」

 黒須先輩が端のほうにあるエアロバイクを息を弾ませながら漕いでいた。その顔はまさに兎の上り坂、と言ったように晴れ晴れとしている。『準・超高校級の釣り師』の手岡先輩が先ほど禁断症状が出るほどに釣りを求めていたように、『準・超高校級のロードレーサー』である黒須先輩もまた、自転車で運動することを渇望していたのかもしれない。

「琴間くん、いいところに来た! そこにある飲み物とって!」

 黒須先輩に指示され、そのペットボトルを受け取った黒須先輩は、漕いだまま器用に飲み干すと、中腰の前かがみになり、ラストスパートをかけるように、より力強く漕ぎ始めた。パネルに表示されている速度は……

「時速64㎞……?」

 これは自動車の制限速度よりも速いじゃないか。そういえばロードレースの大会は女子でも東京から静岡間の高低差の激しい150㎞を4時間以内に走破するぐらいらしいから、平均時速は40㎞を切るとしても、瞬間時速だとそのくらい出ていてもおかしくないのかもしれない。何かで見て『鈍行電車と同じぐらいじゃないか』って驚いた記憶がある。

 しかし、僕が漕ぐママチャリなんて大体……えーと、よく行く場所にかかる道のりと時間を計算すると……時速13㎞ちょいぐらいしか出せてないというのに。機体や環境の違いや瞬間的に出せる速度だからこそ、というのもあるのだろうが、それでもなお黒須先輩のフィジカルは計り知れないものがある。

「よし、軽く40㎞! 体は大してなまってない!」

 そう言いつつも、ウイニングランのように流し続ける黒須先輩。……40㎞が軽くなのか。

「さすが黒須先輩ですね……こんな状況なのに」

「うん、悩んでも仕方ないから、とにかく動いて、汗を流してすっきりする! カディナさんのことも気になるけど、頭の中のもやもやが吹っ飛べばなんかいいアイディアも湧いてくるでしょ!」

 気丈に言い切ると、黒須先輩は再び強くペダルを漕ぎだし始める。

「そういえばさ、カディナさんの『サウスポーサービススナイパー』みたいな二つ名ってかっこいいよね、あたしにもなんか欲しいけどなんか思いつく?」

 とは振られても、黒須先輩が自転車に乗っているところは初めて見たので、これと言っていいものが思い浮かばない。……えーと、黒須先輩はヨーカンが好きで、卓球のラリーもうまくて、面倒見が良くて……お腹も引き締まってて肌質もきれいで、パンツは黒のメッシュ、履いたら素肌が透けるぐらいの……いやこれは忘れなくちゃ。忘れろ、忘れろ、忘れろビーム! ……よし、黒須先輩のお腹とパンツのことは忘れた! ……だけどこれと言って思いつかない。

「すみません。いまいちピンとこないです」

「じゃあ考えといてね! 楽しみにしてるからね!」

 それだけ告げると、黒須先輩は再び自分と自転車だけの世界に入り込んでしまったかのように、ランを続けるのだった。

 

 のれんがあるここは……浴場かな? 中に入ってみると、籠が置かれた棚が並んでいる。見立て通りのようだ。個室にお風呂はあるけど浴場があるのはありがたい。しかし……入口が一つ、脱衣所が一つってことは……

「まさか混浴なんて……ひゃああああー!」

 ……と入浴した様子もないのに顔をのぼせたように赤くしている竹枡先輩が、僕の内心を代弁するように叫んでいる。

「ビューティーアドバイザーさんのご期待には沿えないけど、まあ男女日替わりで入れ替わる、ってのが妥当だと思うよ」

 と一目先輩が冷静なツッコミを入れる。

「なっ……どうしてあたしが瀬戸くんと混浴するって期待してるってことなのー!?」

 竹枡先輩の反論も、どこか日本語としておかしいし、瀬戸先輩の名前まで出してるし、わかりやすい人だなあ。

 とりあえずこの二人はスルーして浴室の方にも足を運んでみると、全員で入ってもまだ余裕がありそうな湯船のほか、サウナルームと水風呂も備え付けてあり、どこか豪華なホテルの大浴場を思わせる作りになっていた。

 うーむ、さすが希望ヶ峰学園、風呂にまで抜かりがない。サウナで汗を流せばこの状況に対する重圧も多少は和らぎそうだが……まあ男女の順番も含めて、これは集まったときにでも議題にしようか、と脱衣所に戻ると、一目先輩だけが残っていて、きょろきょろと何かを探しているかと思ったら、急に僕の方に近づいてきて、スマホを掲げた……そこにはこう書かれていた。

『この場所には監視カメラがない。もし重大な何かを話すとしたらここがいいかもしれない』

 それだけ見せると、一目先輩はすたすたと出ていってしまう。……相変わらずつかみどころのない人だが、この状況を打破するための調査は率先してしていることが分かったことは収獲かもしれない。

 

「……みんな揃ったか?」

「いや、まだテニスプレーヤーさんがいないみたいだけど?」

「……カディナさんからの伝言です。『必ず元気を取り戻しますから、しばらくのあいだ一人にさせておいてください』……とのことです」

 昼食の時間になり、僕らは食堂に集まった……カディナ先輩を除いて。

地下一階にあるのは、『図書室』『教室』『トレーニングルーム』『浴場』であること、エレベーターホールにさらに下に行く階段があることを確認しあった。……薬品棚のような明白な危険物のあるところはなく、むしろ僕らが喜びそうな設備ばかりだが、油断してはいけない。ダンベルのような凶器にもなりうるものもあるのだ。

 報告会が終わり昼食に入る。手岡先輩がさばいてくれた高級魚の炙りや刺身だ。……さすがにたまに食べてる100円の回転寿司に乗ってるようなやつとは質が違う。

「……それにしても、カディナさん、心配だよね」

 舌鼓を打ちながら、つぶやいたのは羽月先輩だった。

「すぐに……とは行かなそうだけどさ、カディナさんが戻ってこれたら……パーティーしない? こんな状況で……もういない人もいるけど、もし、……いや『もし』じゃない。日常に戻れたら、クラスメートになるんだからさ、よろしくおねがいします、の意味を込めて」

 羽月先輩は、そう提案を続け、それに賛同の声が上がっていくのだった。

 

 

――――

 

 

「エノジュン? ちょっとエノジュン? あんたがいってたコロシアイなんちゃらってやつ、ツマラナイ結果に終わったじゃん? ほんっとシツボーしたよ!!」

 ロングヘアー……というよりは、散髪をしてなくて伸びきった髪で清潔感がない、といった見てくれの女子生徒は、電話先の相手にいら立ちをぶつけるような口調をあげている。「えへへー、絶望的だね」、とか、「一人の参加者だけに勝手に過度な期待をかけたあなたの方に問題があるのではないですか」、とか電話口から帰ってきて、さらにイライラが増したようで、乱暴に通話を切る。

「おや、ご機嫌斜めのようですね。楽花様。読みが外れたからってそんな声をあげて、天下の留守居 楽花(るずい らくか)様が、まさかご自分でご自分のご機嫌を取る才能は持ち合わせておられないのですか?」

 いつのまにか部屋に入ってきた希望ヶ峰学園の制服を着た少年が、まさに慇懃無礼、といった風にそうたずねる。

「……あんたはなにしに来たの? 期待かけてたズイクラカムルがコンパチにすらならなくて荒れてる私を煽りに来たの?」

「まあ、そういったところですね。幸いなことに僕の推しは生き残ってくれてるみたいなんで」

 と、少年は、楽花と呼ばれた女子生徒の隣にかけ、モニターに映る寮内の様子をニヤニヤと眺め始める。

「あんたいきなり記者の岸和田って子にバレかけてたもんね。『希望ヶ峰学園の重要人物』か『印影を偽装できる人物』か……ってどっちにしたって当たってるじゃん! 追跡者の堀津って子が立ててためっちゃたくさんの仮説の中でもあんたは『間違いなく何らかの形で関わってる』っていうのは確定してるみたいだよ?」

「……まあ超高校級の才能の僕らが有名だということを差し引いても、いきなりバレちゃいそうになるなんてびっくりしましたよ。その二人も注目してますが、でも今の推しはその子たちじゃないんですよね。……ほら、予備学科入学志望のあの子ですよ」

「あの子? 琴間って子?」

「そうそう。あんなに学級裁判で活躍するなんて予想外でしたよ」

「そういえばなんであの子わざわざ呼んだの? 何の才能もないただの中学生でしょ?」

「いや、僕ら79期生の皆様が大嫌いな大嫌いな78期生の『超高校級の相談窓口』の日向創先輩のことを『尊敬してる人』なんかにあげてますからね。みんなで相談して『???』枠で外部から誰かまねこう、ってなったときにちょうどいいから彼にしようってことになったんです。皆様、足手まといとか第一犠牲者になると予想してたのですが、これは中々番狂わせなことになりそうじゃないですか」

「私とはうってかわって楽しそうだね……私としてはツマラナイことになったからもう興味ないし、なんか気に障るから今すぐ監禁してるやつ全員、逃がすなり皆殺しにするなりしてコロシアイなんちゃらを終わらせてやってもいいんだけど? 監禁しておくにも人員も費用もかかるしね」

「それって他の79期の超高校級の才能の皆様を出し抜いてでもそうしてやる、って宣戦布告ですかぁ? まあ僕程度なら簡単に、それこそこの場でも始末することも可能でしょうけどね」

「ま、実際する気はないけどね。あんた含めてどいつもこいつも一筋縄じゃあかなそうだし」

「僕はハンコ彫るのが得意なだけの人畜無害な少年なんですけどねえ」

「……人畜無害な少年が服の下に銃なんて持ち歩かないと思うけど?」

「おやまあ……ばれてましたか」

 そう指摘されると、少年はいたずらをとがめられた子供の用に、てへっと舌を出しておどけて見せた。

「まったく。その彫った偽造ハンコのほうも、どれだけの人をだまくらかして物資を集めて、施設を収めて、人を動かしてきたんだか。実際今回の作戦の貢献度なら、あんたはトップクラスだよ」

「世の中ペーパーレス、脱ハンコが叫ばれて久しいですからねえ。通用するうちにどれだけ通用するか、ってことをただ試したかっただけなんですが……思いのほかおおごとになってしまいましたねえ。大口取引には現金ではなくまずハンコ、っていうのは知ってましたが国家規模でもそうなんですねえ」

 その口調に反省や後悔といったものは全くなく、むしろここまでのことをしでかすことができた自分の能力に酔っている様子だった。

「ほんっとあんたいい性格してるよ……『超高校級の印章士』なんて地味でツマラナイ肩書のほかに何かあったんじゃない? 多分事前情報なしに黒幕がそんな才能だったら『え?』ってなるよ」

「おほめに預かり光栄。でも世の中ハンコの力を侮りすぎなんですよ。ちょうど今みたいに国家の威信を揺るがすようなことにつながりうるのに、ハンコの偽造そのものだけではあって懲役5年程度ですからね。……今回の件が失敗して僕らが逮捕された場合、おそらく実行部隊長のむくろ様が最高刑になるでしょうね」

「イクムクちゃんねー。まあ暴力的な部分はあの子にしてもらっちゃってるからねー。ちょっと残念なところもあるけど暴動を主導させたりして戦場にいたら、超高校級の軍人ってだけあってまさに無敵ね。逆に相性最悪な状況は多分、今まさに『準・超高校級の才能』の子たちにやらせてるような推理系クローズドサークルデスゲーム、とかじゃないかな。いきなり校則違反とかしちゃいそう」

「その見立てには同意ですが……なんですそのイクムクちゃんってのは」

「だって江ノ島盾子をエノジュンって呼ぶならそのお姉ちゃんの戦刃むくろはイクムクでしょ……イク、ムク、ってなんか卑猥な響きで気に入ってるんだけどな」

 そう言って、楽花はゲラゲラと下品な笑いをあげる。

「まあ、他人をどう呼ぼうがあなたの勝手ですが……盾子様とむくろ様は僕たち79期生に絶望のすばらしさを教えてくれた方ですから、敬意に欠けてるのはどうかと思いますよ。僕も自分の才能を自分の思うがままに使えるようになれたのはあのお二方のおかげなのですからね。多分他の79期生も『準・超高校級の才能』なんて制度のせいで自分たちの価値が揺らいでるところを救ってもらったのですから」

「付け込まれた、んじゃなくて?」

「ま、そうとも言いますね。僕の場合は自分から付け込んでもらいに行ったようなものですが」

 指摘された印章士の少年はけらけらと笑う。そこには、他人に敬意を払うような殊勝な態度などはみじんも感じられなかった。


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