着たまま眠ってしまった制服を洗濯に出してから一目先輩と共に再び食堂に向かう。一応全員揃ってはいるが、ほとんど会話もない状況だ。食べてるものもめいめいで用意したのかそれぞれ異なっている。
……これでは外部からの接触があったこと伝えて安心してもらうにしても、モノクマにばれないよう自然にするには難儀しそうだ。『カメラのない浴場に誘って話す』以外の手段も考えなくてはならないだろうな。
しかし、僕らを含めて11人か……また、減ってしまったんだなあ。と思いながら全体を見渡すと、ちょうど黒須先輩と目が合った。そして思い出す。僕が部屋から出ていくときに、二度寝してしまった黒須先輩を起こさず、鍵をかけもしなかったことを。
先輩方を疑っているわけではないが、もし……もし、学級裁判明けの朝、という全員が疲労を抱えているようなタイミングを狙ってことを起こすようなクロがいるとしたら、鍵の開いてない部屋の持ち主、なんて絶好の狙い目だろう。このことは謝らなくては、と彼女の真正面の席に座る。
「……改めて、おはようございます。黒須先輩」
「おはよう。琴間君」
返してきた黒須先輩は、僕のことを琴間君と呼んできた。今朝、僕をエナちゃんと呼んだりして、少し幼児退行のような兆候があったのは一時的なものだったようだ。
「あの……今朝は起こさないで出ていってすみませんでした」
「あたしこそ……寝ながらおかしなこと言ってたよね、戸惑わせちゃってごめんね」
お互いに謝罪を交わす僕ら……ってこんなこと、喋ったら僕と黒須先輩が昨晩一緒に寝た、ということがバレてしまうじゃないか! こんなことを聞かれたら、誰かに、例えば岸和田先輩あたりに囃し立てられてしまうじゃないか! と思いながら彼女の方を見たが、心ここにあらず、と言った風に食卓の上に広げた資料や手帳とにらめっこしていた。なんだか締め切りに追われている記者のデスクをほうふつとさせるような状況だが、岸和田先輩なりに気持ちに整理をつける方法がこれなんだろう。今はそれぞれに、そういうものが必要な時だ。
「あーららこらら、『起こさないで出ていって』とか、『寝ながらおかしなこと言ってた』とか、いやらしいんだー! せーんせーに言ってやろ! ってボクが先生だったね!」
代わりに、モノクマが現れて僕らを茶化す。
「もう! 最近の若い子はオサカンですなあ! 男女15人、コロシアイ監禁生活、7日間。何も起きないはずがなく……っていうのは理解してるけど、キミたちまだ高校生、おっと高校生にもなってない人もいるんだからほどほどにしてよ! さすがに布団かぶって同衾されたりしたらのぞけないんだからね! ぶひゃひゃひゃひゃ!」
聞かされて、自分の顔が赤くなっていく感覚を覚える。黒須先輩とのことを冷やかされた羞恥から、ではない。こんな状況に追い込んでなお、僕らをあざけるような態度を取るモノクマに対する怒りから、だ。そんな思いのこもった眼差しを奴にぶつける。
「わあ、みんなそんな怖い目で見ないでよ! 今回もご褒美をあげに来たんだからさ! さらに地下に行く階段を開放しておいたからね! それと、亡くなったカディナサンと霧生クンの荷物ね! カディナさんは手荷物として持ち込んだラケットもあるよ! 夭逝した悲劇のテニスプレーヤーの遺品として将来プレミアがつくんじゃないかな! まあ君たちに将来があったらの話だけどね! じゃあねー!」
それだけ告げてモノクマは去っていってしまった。二人の遺品は、しばらくそこに佇むように残っていたが、
「……霧生クンの遺品は、ボクがもらっていいかな?」
と勝先輩が名乗りを上げた。
「……きっと、ボクと一緒にやった漫才の台本もあるだろうし。本当はみんなにも見せたかった漫才の、ね」
勝先輩の表情は、悔恨と覚悟が混ざり合ったようであった。きっと、学級裁判のルール上クロとはみなされなかったものの、アレルギーを持つカディナ先輩にソバを出した責任、それで霧生先輩をも死なせてしまった責任、というものを感じていて、霧生先輩が最期に言っていたように『一生引きずっていけ』という言葉に従うつもりなのだろう。誰からも反対の声が上がらず、その通りに引き取ることになった。
「……ユーダイの書いた台本、あったらウチにも見せてな」
そんな勝先輩に、芳賀先輩がそれだけ伝えた。
「じゃあ、カディナさんの遺品は、あたしでいい?」
と、今度は黒須先輩。特に仲の良かった黒須先輩の申し出に反対の異を唱える者もおらず、彼女が引き取ることになった。
そうして、各々で片づけをし、調査に向かうことになったのだが、自然に浴場に誘うタイミングを失してしまった。
……そうだ、『外部からの接触がありました。もう少しの辛抱です。より詳しいことを知りたければ、自然な形で僕か一目先輩と浴場に行く機会を作ってください。監視カメラもあるので自然な形で』といったことを書いた手紙を、カメラの死角になるように渡していくことにしよう。
この程度の情報だけなら本当に内通者がいて、もし渡してしまってもまだ取り返しが利くだろうし、それに危険に巻き込まれるとしても、僕か『僕は君を責めたりはしない』と言ってくれた一目先輩だろう。そう決心し、ポケットに入れてあるメモ帳にこっそり手紙をしたためつつ、エレベータールームにある階段から新たに解放されたさらに下の階へと足を運ぶのだった。
まず訪れたのは、小さな本棚と、前の方に教壇のような机のある部屋だった。ボランティアで紙芝居や絵本の読み聞かせを行うようなこの部屋は、何と呼べばいいんだろうか? そういえば地元の図書館では『おはなしのへや』っていう名前だったな。確か児童図書コーナーの一角にあった。
「ある日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶらとお歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色のしべからは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへあふれております。極楽はちょうど朝なのでございましょう」
その教壇に立ち、朗読をしていたのは芳賀先輩だった。この内容は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』かな。そういえば、普段の印象で忘れがちだったが、彼女は『準・超高校級の図書委員』で、主に配信している動画の内容はこういった文学作品の朗読だったな。それにしても、関西弁でまくしたてるようないつもの話し方からは想像できない、透き通ったようないい声をしてるなあ。と腰を据えて聞いてみることにした。
「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」
台詞部分も、傍若無人な悪人がふと垣間見せた慈悲の心のようなものを短いながらも表現し、
「数限りもない罪人たちが、自分の上った後を付けて、まるでありの行列のように、やはり上へ上へと一心によじのぼってくるではありませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、しばらくはただ莫迦のように大きな口を開けたまま、眼ばかり動かしておりました」
この部分はまるでカンダタが乗り移ったかのように描写通り口を開けたまま目をぎょろぎょろと動かし、
「こらぁ! 罪人どもぉ! この蜘蛛の糸は俺のものだぞ! お前たちはいったい誰に聞いてのぼってきた! おりろ! おりろ! おりろぉお!」
そこは鬼気迫るようで、もし自分が蜘蛛の糸に一緒によじのぼっている罪人だったならば、その剣幕に手を放していたかもしれない。そう思わせるぐらいに真に迫っていた。
「その途端でございます、今までなんともなかった蜘蛛の糸が、急にカンダタのぶら下がっているところから、ぷつり、と音を立てて切れました」
すぐその後の地の文のところでは、先ほどまでとはうってかわって、一巻の終わり、といったものを言の葉に込めているような声で、
「極楽はもう昼になったのでございましょう」
そう、今までのことはとるに足らないささいなことでした、と言った風に締めた。その見事な朗読劇に、僕は自然と、拍手を送っていた。
「はい、芳賀愛のラブラブ図書委員チャンネル! 今日は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』でした! チャンネル登録よろしく!」
僕の拍手に、動画配信者ならではの挨拶を返す芳賀先輩。うーむ、まさに豹変。
「ってえなきんおったんかいな」
「ええ、すばらしい朗読でした。でもなんで急に?」
「……ま、景気づけにな」
そういう芳賀先輩の顔は、誰かを偲ぶような表情だった。彼女なりの調子を取り戻す手段がこれだったのだろう……芳賀先輩も、霧生先輩と仲がいい感じだったからな。
「それにここにある本棚、ちょっと調べてみたんやけど、せーらんが挿絵描いてるやつがいくつかあってちょっと見てみたくなってん。見てみる?」
そう言って芳賀先輩は今まで読んでいた『蜘蛛の糸』を僕に差し出してきた。そういえば、羽月先輩が描いたり挿絵を載せたりした本って読んだことないな、と思い、それを開いてみると……
先端に玉が付いた杖で殴られ続ける罪人。
火であぶられる罪人。
両側から迫りくる山に挟まれ潰される罪人。
針の山に串刺しにされる罪人。
牛頭馬頭に追われる罪人。
熱した縄に縛られ吊られている罪人。
大釜にゆでられている罪人。
塩を擦りこまれている罪人。
……とやたら地獄で責め苦にあっている罪人の姿がこと細かに描写されていた。確かに蜘蛛の糸は地獄を描いた作品であるのでこのような挿絵はある程度予想していたが、羽月先輩に抱いていたイメージとは全く異なっていた。まあそのイメージも僕が勝手に作り上げたものであるが。
「最近『本当は怖い絵本』みたいなのはやっとるけど、ここまでエグいのは意外よな。子供読んだら泣くんやない?」
同じような気持ちは芳賀先輩も抱いたようで、そう感想を漏らす。
「でももうちっと可愛らしい挿絵のもあるで」
といって指さした本棚には『ちびくろサンボ』『せかいのいじんシリーズ・ジャンヌダルク』『いろんなくるま・しょうぼうしゃへん』『いろんなくるま・ショベルカーへん』『はじめてのおりょうり・とんかつへん』『いたいのいたいのとんでけ』『はちさんのしゃかい』『うちゅうりょこう』といった絵本が並んでいた。『ちびくろサンボ』は原作者がいたはずだから挿絵だけとしても、これ全部羽月先輩が出版した本なのか。
とりあえず『ちびくろサンボ』を手に取って読んでみる。……挿絵は可愛らしいが、なんか虎がバターになっていくところの描写が生々しいぞ。強い遠心力によって身体中の脂分が……なんて、これもちょっと怖いな。と思いすぐ本棚に戻す。
この部屋にはこのくらいしかないか、と思い次の部屋に行こうと思い立つが、芳賀先輩にもメモを渡さなくてはならない。『蜘蛛の糸』を返す際に、しおりのように挟んで手渡すと、彼女の方もそれに気づいたようで、本を開きながらメモに目を通してくれた。そして、やや希望が生まれたような表情を返してくれる。よし、伝わった。
そして、本に印刷された『挿絵・羽月 聖来』という部分を指さしている。これは『羽月先輩にも伝えて良いか』と尋ねているのだろう。ジェスチャーで返してくれている、ということは大っぴらに話してはいけないこともきちんと理解してくれているな。この手紙は内通者に渡してしまってもリカバリーが利くよう具体的なことは書かず、全員に渡すつもりで書いたので首を縦に振って肯定の意を返す。まあもし僕が羽月先輩に直接渡す機会があったら二度手間になることも考えられるが、それは大した問題じゃないだろう、と思いつつ、部屋から出る。
芳賀先輩に難なく伝えることができたのは僥倖だった。この後、一目先輩から事情を聴いて『モノクマをどうにかする方法』を考えるフェイズに移ったときに、準・超高校級の図書委員である彼女なら図書室にある蔵書から適切な本を見つけだすことができるだろう。全員に伝えるつもりではあるが、早いに越したことはない。
と一歩前進した感覚をつかんでいたが……去り際、ふと、福添先輩や霧生先輩が受けたオシオキを思い出してしまったのは、地獄の責め苦に遭う罪人の挿絵を見たからだろうか。
次に訪れたのは、いくつか鏡が置いてあり、その前に大きなチェアが置かれている部屋。一見、また美容室かとも思ったが、よく見るとそれとはちょっと違うな。対面式のデスクもあるし、ネイルサロンとかメイクサロンとかそういった雰囲気かな? 向かい合って座っているのは竹枡先輩と羽月先輩で、鏡の前のチェアにかけているのが手岡先輩だ。
「なんかつけたいパーツとかあるー?」
竹枡先輩が羽月先輩の手を取ってネイルペンを施しながら尋ねる。
「え? パーツ? これで完成じゃないの?」
羽月先輩はネイルに慣れていないようで、自分の手を珍しいものを見るような目で眺めている。
「違うよーこれはまだベース」
「えーそうなんだーどうしようかな」
「なんなら見て決めるー?」
けっこうかしましい感じでおしゃべりしてる二人。これはメモを渡すにしてもまずは一人でいる手岡先輩のほうがしやすいかな、と思って彼女の隣にかける。彼女も手元でペンを走らせていた。手岡先輩みたいなボーイッシュな雰囲気の女子がメイクするなんてちょっと意外……なんて思うのは失礼か。
「あれ、恵那樹もこういうのに興味あるの?」
と言って僕の方に顔を向ける手岡先輩。……最近多様性とかダイバーシティとかがもてはやされて、男性の芸能人とかでも化粧をしているような人も多い。それを否定する気はさらさらないが、あまり自分はしようとは思わない。
「すみません、自分でするのはちょっと……」
「そっかー楽しいのにな。ルアデコ」
「え? ルアデコ、ってなんですか?」
「ルアーデコレーションのこと。疑似餌にいろいろ塗ったりして改造するやつ」
手岡先輩の手元をよく見ると、ペンを走らせていたのは自分の手や爪にではなく、小さな魚の形をしたルアーに対して、だった。手の影になっていて見えなかった。『こういうの』っていうのは、メイクやネイルのことではなくルアーデコレーションのことだったのか。やはり、手岡先輩は釣りのこと優先なんだなあ。
「ルアーもラメ入れたり色変えたりすると、魚の反応も変わってくるからね」
「そうなんですね。ちょっと見せてもらっていいですか?」
「うん、ルアーならいいよ。針には気を付けてね」
手岡先輩から差し出されたそれを手に取る。きらきらしててなかなかきれいなものだなあ。なんだかアクアリウムの熱帯魚を連想する。眺めているだけでも結構面白いかもしれない。……そうだ、これを返すときにメモを一緒に渡せば監視の死角になるかもしれない。とルアーをかざしたり光に当てたりしながら、天井を見るのも自然なように意識しながらカメラの位置を探る。……これならうまくいきそうだ。
「手岡先輩、ありがとうございました」
と言ってルアーとメモを渡す。手岡先輩の方も気づいてくれたようで、体と手元で隠すように読んでくれた。そして小さくサムズアップ。先輩方みんな理解が良くて助かる。
「ねえねえ見て見て! 竹枡さんにすごいきれいにネイルしてもらったー! お姫様みたいでしょー!」
僕ら二人の元に、両手を掲げて見せびらかしながら羽月先輩がやってくる。手を見てほしいんだったら、こういう方法でメモを渡そう。
「きれいですね。その手、もっと近くで良く見せてもらえませんか?」
「いいよー、はい」
と言って、羽月先輩は甲を上に向けて僕に手を差し出してくる。その上に、すっとメモを載せる。しまった、女子の手に触れるなんてちょっと強引だったか、とは思うが羽月先輩も僕の意図を理解してくれたようで、ちょっとの間に文章を読み終えたかと思うと、手の甲をやや傾けてすっと袖の中に滑り込ませるようにしてそれを隠した。……なかなか器用なことをするものだなあ。
「きれいだったでしょ? 竹枡さんにも『羽月さんの手ってさー、すごいすべすべしてて小さくて可愛いねー。今まで触ってきた女の子の手でもトップクラスだよー』って言ってもらったんだー」
おそらく、今まで多くの女性の手に触れてネイルアートをしてきた『準・超高校級のビューティーアドバイザー』である竹枡先輩からそのように言われるとは、よほど良い手をしているのだろう。
「ついでに男の子の手のトップは瀬戸君なんだって。見た目だけじゃなくシャンプーのテクニックもヘッドマッサージのパワーもすべてが完璧なんだとか」
……そこはやはり竹枡先輩。のろけは忘れないんだなあ。まあ僕も洗髪してもらったときに『今までにしてもらったシャンプーのなかで一番気持ちいいなあ』とは思ったけど。
「ねえねえ紅、あたしもちょっと興味出てきたから教えてくれないかなあ? あたしのほうからも教えてあげるから!」
「いいよー、手岡さんも結構ネイルとかすると化けると思うなー」
と手岡先輩が竹枡先輩に声をかけた。『あたしのほうからも教えてあげる』って言う部分、ちょっと声色を変えていたな。これは僕に向けた『紅にはあたしの方から伝えておくね』という符号ととってもいいだろうか。中々順調に進んでいるなあ。さて、次の場所の探索に向かうか、と、マニキュアを眺めながら話し合う手岡先輩と竹枡先輩を尻目に部屋を辞すのだった。
擦りガラス窓がはめられた怪しげな赤い扉だが、この部屋は何だろう、と扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは。
「は? 回転木馬?」
そう、部屋の真ん中には二台の回転木馬。その中央には丸いベッド。奥の壁にはハートマーク。左手には薄いレースカーテンのみで仕切られた滑り台付きの風呂場、右手の部屋の壁には鞭やロウソクやその他もろもろ妖しいものがかけられ、十字の磔台のようなものまである。それには趣味の悪いことに血が跳ねたような模様までついている。そして、部屋中に漂うアロマのような甘い香り。
学校の寮内に存在することがそぐわないような色っぽい部屋。
だが……そんな部屋の雰囲気とは相反して、それ……『血の付いた十字の磔台』を目にしてしまったとき、あの光景がフラッシュバックするように脳内に再生されてしまった。
そして連鎖するように……
……くそ、なんでだよ。羽月先輩の絵本の地獄の挿絵を見たときは全然平気だったのに。あの血なんて、本物の血じゃなくてただそういう模様ってだけなはずなのに!
ああ、僕は、先輩方みんなに外部から接触があったことを伝えて少しでも元気づけなくてはならないのに。と思いつつも鼓動が止まらない。しゅー、しゅー、と自分の呼吸の音がやけにうるさく聞こえる。仕方ない。少し落ち着くまで待とう。幸い、ベッドはそこにある。横にさせてもらおう。
『ラブアパートへようこそ! この部屋はちょっと特殊だから初めて来た人には説明させてもらうよ!』
急にモノクマのアナウンスが入った。
ああ、くそ! お前の声を聞かせないでくれモノクマ!
と布団を頭からかぶり、耳をふさぐ。……その姿勢のまま、まるで雷が怖くて鳴りやむのを待っている子供のように、自分の身体が平静に戻ってくれるのを待った。
『……とまあ、こんな感じの部屋だからうまく使ってちょーだいな! コロシアイに使うのも良し! 逆に新たな命を授かるために使っても良し! なーんてね! ぶひゃひゃひゃひゃ! さてさてこれでおしまい!』
ああ、これで少なくともモノクマの声からは逃れられる、と少し安心した瞬間……
『ラブアパートへようこそ! この部屋はちょっと特殊だから初めて来た人には説明させてもらうよ!』
と、再び最初から再開されてしまった。
「おい! ベッドにいるのは誰だ!」
ほぼそれと同時に、僕に声をかける声。誰か入ってきたからまた始まったのか。これは……堀津先輩か。僕は上体だけ起こし、できるだけ『それ』……『血の付いた十字の磔台』を見ない様に、壁を指さした。
「くっ、モノクマのやつ、なんてものを……」
そう苦々しくつぶやいて、堀津先輩は水を汲んできて僕の元に持ってきてくれた。
「蛇口で汲んだものですまないが、飲むか?」
僕はそれを受け取って一気に飲み干す。ああ、これだけでもかなり落ち着いた。
「……ありがとうございます。堀津先輩」
「琴間、辛いならばあまり無理はするな。俺たちもまだ大人とは言えない歳だが、お前は一番年下なんだからな。……少し部屋に行って休んだらどうだ。なんなら送ってやろうか?」
「ええ、そうさせてもらいます」
今のようなひどい状況の自分が探索したところで、足手まといになるだけだろう。下手に意地を張るより、素直に従っておいた方が先輩方のためだ。堀津先輩と一緒に、自室へと向かっていく。道すがら、メモをこっそりと渡す。幸いほぼ密着するように支えてもらっているので、すっと渡すことができた。そんな僕に、堀津先輩は『お前は強い奴だな』とでも言いたげな目線を送ったのだった。