第四章 (非)日常編1
「ストカリちゃーん! ストカリちゃんが集めてきてくれたみんなの秘密のお陰で三回目の学級裁判がすごくオモシロいことになったよー! ごほうびに今度会ったときになでなでしてチューしてあげる」
寮内で行われているコロシアイの様子を一望できるモニタールームで安楽椅子にかけながら、楽花はスマホに向かって猫なで気味の声で電話口の相手に誉め言葉を浴びせる。
『わーいわーい! かりん、らくかさんのなでなでとチュー大好きー!』
電話向こうのストカリちゃんと呼ばれた相手も、その申し出に無邪気な喜びの声を上げている。
「だからねだからね! 今すぐして!」
という返事がスマホを当てているのとは反対側の耳に直接聞こえてきた楽花は、「わあっ」っと小さく悲鳴を上げてしまう。79期生のなかでも特に諜報能力に長けた『超高校級のストーカー』須藤かりんの神出鬼没さは、そうであると知っていたところでなかなか予想がつかない。
「多分そろそろ電話がかかってくるかな、かかってきてほしいなって思ってずっと待ち構えてたんだよ! かりんの思った通りだったね! だったね!」
密着するほどの至近距離で、まとわりつくように懐いた様子を見せる小動物のようなかりんに、最初は驚いていた楽花。
「あらあら、やっぱりストカリちゃんはかわいいね」
しかし、すぐに持ち直し、宣言した通りに彼女をぎゅっと抱きしめて頭をなで、その額にキスをした。その様は、かりんが小柄なことも相まって、まるでペットを愛でる飼い主のようだった。
「えへへえへへー。らくかさんのなでなでだー」
心底嬉しそうなかりんではあるが、この毒気のない態度とは裏腹に、今監禁している『準・超高校級の才能』の持ち主の生徒たち14人に加え、単なる一般の中学生である琴間恵那樹の秘密ですら抜いてくるような恐ろしい能力の持ち主だ。……それこそ、自身も追跡に長けた才能を持ち、逆にそれを撒くスキルをも身に着けているであろう『準・超高校級の追跡者』堀津圭司を殺人鬼であると暴くほどに。
「おやおやかりん様、楽花様と仲のよろしいことでけっこうですなあ」
コロシアイを撮影している監視カメラからの映像を眺めていた『超高校級の印章士』の男子生徒はその二人のやりとりに眼をやりながらそんな感想を述べる。
「あれあれ、祥壱(しょういち)くんもいたんだ。祥壱くんもかりんのこと、なでなでとちゅーする? する?」
「いえいえ、僕はけっこう。眺めているだけで十分です」
「なんだなんだー残念だなー。なでなでとちゅーは大好きなクラスメートになら誰にしてもらっても嬉しいのになー」
そういって、かりんは心底残念そうに、祥壱の方に伸ばしていた両腕をひっこめる。
「それにしても、今回の事件には楽花様もずいぶんゴキゲンですね。瑞倉冠様が亡くなったときにはたいそう不機嫌そうでしたのに」
「……ま、ズイカムが私に次ぐカムクライズルプロジェクトにおける準成功例だったとはいえ、エノジュンが言ってたように一人の参加者に過度な期待をかけた私の方にも問題がある、ってのは確かだったからね。それよりせっかくの見ものなんだしコロシアイを楽しまなきゃね」
「うんうん。かりん、どんならくかさんも好きだけど、やっぱり楽しそうにしてるらくかさんが一番好き」
祥壱になでなでを拒否られて再び自分に抱き着いてきたかりんの頭を愛玩動物のようになでながら、楽花はそう答える。かりんもかりんで、楽花の伸びに伸びた髪をまるで猫がじゃれるかのようにもてあそんだり口に咥えてはむはむしたりしている。
「はむはむ……らくかさんのかみのけ……おいしい」
「私の髪は食べるものじゃないよストカリちゃん」
「あらら、怒られちゃった怒られちゃった」
「まあとにかく、前向きになってくれたようで何よりです。しかし、十日もたたずに何件も事件と学級裁判が起きてかなり堪えているようですね。このままじゃ全員自室に引きこもって動機にも行動を起こさない、なんて事態にもなりかねませんね。内通者はまだ健在ですが、他の参加者が部屋から出てこないようじゃお手上げです」
「……もしかしてもしかして、あんな動機を用意したかりんのせい? かりん、悪いことしちゃった? しちゃった?」
「いや、指示を出したのも使うって決めたのはエノジュンだし、これでコロシアイが停滞してもストカリちゃんのせいじゃないよ。安心して」
「えへへーかりんのせいじゃないならよかったよかったー」
しゅん、とあからさまにしょげた様子のかりんに楽花が励ましを送ると、すぐにぱあっと笑顔に戻って、頬を手に擦り付ける。
「まあ、さすがにちょっとテコ入れが必要な状況みたいだね。まあそれに関してはちょっと考えはあるけどね」
「考え、ですか。それはどんな?」
「らくかさんの考え、かりんも聞きたいなー聞きたいなー。きっとすごくオモシロい考えなんだろうなー」
「ずっと見ててわかったけど、あの子たち、結構全員面倒見がいいんだよね。最年少のコトエナくんにはみんな気をかけてるみたいだし、最初落ち込んでたタケベニちゃんにはみんな慰めたり励ましたりしてたからね。……だから、今あの子たちが苦境に立たされているとしても、目の前に自分たちより苦しんでいそうな人間が現れれば、助けるために何かと動いてくれそうだよね」
「そうだよねそうだよね。かりんもちょくちょく監視カメラからの様子を見てたけど、あの子たち、みんな良い子だよね。かりんも仲良くなりたいなーなりたいなー。特に美容師の政直くんのあたまごしごしシャンプー、気持ちよさそうだなーしてもらった子たちはうらやましいなー」
「まあ確かにそうですが、そんな人物で、かつコロシアイを盛り上げてくれそうな人に心当たりがあるのですか?」
「まあまあ、ちょっと待ってなって」
といって、楽花はかりんと通話状態のままになっていたスマホを改めて手に取り、別の相手にダイヤルする。
「もしもーしエノジュン? こないだはせっかくエノジュンが考案したコロシアイをツマラナイなんて言っちゃってさ、ほんとごめんね! あれからなかなかオモシロいことになってきてるじゃん! でも短期間で事件が立て続けに何件も起きちゃってこれから停滞しそうだから、テコ入れに私も参加していい? いいんだね? ありがと! じゃあね! 名前の通り戦場に出ずっぱりのイクムクちゃんにもよろしく言っておいてね!」
嵐のようにまくしたてたかと思ったら、あっさり承諾を得たようですぐに通話を終えた。
「そう! あの子たちより苦しんでそうな人間、それは私!」
「楽花様がですか? コロシアイを強いられてる子たちより苦しんでるどころか、コロシアイを眺めて悦に浸ってる楽花様なのに?」
じゃじゃーん、という効果音が似合いそうなほどに胸を張ってそう宣言する楽花を、笑う飛ばすかのように返す祥壱。
「まあ、うちらの中でテコ入れにコロシアイに投入するとしたら私しかいないでしょ。79期生の誰かだと顔を知られてる可能性も高いからね。その点、私は秘匿性の高いカムクライズルプロジェクトで才能を身に着けただけの予備学科だから面は割れてないし、別口でテロリストに監禁されて、酷い目に遭わされたのちにコロシアイに巻き込まれたかわいそうな被害者を装える。都合のいいことに、私にはそういうのを演じる役者系の才能も備わってるからね」
「まあ僕ら首謀者のうちで楽花様だけ面が割れてないっていうのはその通りですが、コロシアイで文字通り物理的に面を割られたりして死なないように気を付けてくださいよ」
「はははっ! 二回目の学級裁判でクロになっちゃった芸人のキリユウみたいなダジャレ言うじゃん!」
「えーえー、らくかさんコロシアイに参加しちゃうのー?」
楽花に向けて不安げな視線を送りながら彼女の髪の毛を引っ張りつつ、かりんはそう尋ねる。
「あらあら、ストカリちゃん心配してくれてるの?」
「うん、かりん、すごくすごく心配。色んな才能があるらくかさんなら大丈夫だとは思うけど、でもでも、もし死んじゃったらさ、らくかさんの死体、かりんがもらっていい? ちゃんと防腐措置して、毎日なでなでとちゅーして大事にしてあげるから」
まるでペットを飼いたいとねだる子供のように無邪気に、かりんは楽花に告げるのだった。
――――
「……やっぱりどっちルートでも一長一短あるよね」
電話番をしながら、大綱として上がっている二案の資料を読みつつ狛枝凪斗はそうつぶやいた。
希望ヶ峰学園77期生、78期生の『超高校級の才能』の持つ人脈を活かし、武力は集まってきた。ベストな状況でぶつかれば、例えテロリストのうち、モノクママスクをかぶった暴徒の指揮にあたっているのが79期生の『超高校級の軍人』戦刃むくろだとしても、決して引けをとらないだろう。
だが……人が多く集まればやはりそこには意見の対立が生まれるのは世の常だ。現状、異なる二つの意見が台頭しているのだ。
一つが、監禁されている生徒の安全を度外視してでも、迅速に希望ヶ峰学園を奪還しテロリストに対して一旦の勝利宣言をしたほうが今日本中で起きている暴動も早期に鎮静化する。だから今すぐにでも行動を起こすべきだという意見。
もう一つが、テロの被害者を見殺しにするような作戦を実行するような組織だということが知れ渡ってしまったら今後一般人の協力を得にくくなってしまう。事を動かすにしても慎重に進めていくべきだという意見だ。
リーダーである77期生の十神白夜(彼が本当は名前も戸籍もない、『超高校級の詐欺師』であることはもはや生徒内では公然の秘密となっているのだが、テロリストと対峙する上で十神白夜を公称していたほうがなにかと都合がいいのでそうと名乗り続けている。合流した78期生にいる本物の『超高校級の御曹司』である十神白夜もそれを半ば黙認している)が掲げる方針としては、『誰も死なせはしない』『一人として犠牲者は出さない』ということなので、実力行使は監禁されている生徒の安全が確保されてから、ということになっている。
しかし、集まった武力の多くは、九頭竜組所属のいわゆる筋者や、暮威慈畏大亜紋土の暴走族といった血の気の多い者たちだ。『準備は整っているが安全が確保されるまで待機』という状況をいつまでも維持できるとは限らない。
現状、それぞれのトップの『超高校級の極道』九頭竜冬彦、『超高校級の暴走族』大和田紋土が過激派を牽制しているが、最悪過激派の一部が全体と足並みを揃えず蜂起して敗北、こちらの武力が削がれた上に監禁されている生徒を危険に晒す、といった事態も起こりうるだろう。ここは九頭竜、大和田、両名の才能にかけて抑え込んでもらうしかない。
それに加えて、人の話をよく聞いて的確に答えを返す能力に長け好意を抱かれやすい78期生の『超高校級の相談窓口』日向創も、穏健派過激派、両派の意見調整に当たってくれている。
加えて、監禁されている生徒たちにも、モノクマへの対処を迅速に講じてもらう必要があるが……ここでもまたジレンマが発生する。
外部との連絡手段があることに気づかれても良いからとにかく早くするよう指示を出すのか、あくまでばれない様に秘匿性を重視して策を練ってほしいと指示を出すのか。
連絡の頻度を増やして密に情報交換をしあうのか、それとも必要最低限で済ますのか。
こちらからも連絡するのか、あくまであちらからの連絡を待つのか。
決断しなければならないことは山積している。いきなり状況が変化しうる有事なので、そのあたりの判断も稟議を得ることなく電話番が行い、引継ぎ資料を作成することになっている。
「……どうすれば一番希望が輝くようになるかなあ」
心底楽しそうに、狛枝は一人ごちる。……引継ぎ資料さえ残せば、決断はその時の電話番に一任されている。ならばせいぜいこの役得を最大限利用させてもらおう。なんなら、そうすることが希望がより強く輝くんだったら、共有した情報を資料に残さないでおいたり、嘘の情報を紛れ込ませることだって厭わないけど。
……どうあれ、自分がした決断こそが、希望が最も輝く選択に違いない。なぜなら、自分には幸運がついていて、自分がそう願っているのだから、と彼はそう確信していた。
そう悦に浸っている狛枝の耳に、トゥルルルル、と呼び出し音が届く。ちょうどこんなタイミングで連絡が来ることもまた、彼の幸運を裏付けるものだろう。通話開始ボタンを押し、はいとだけ告げる。
「琴間です」
電話口の相手の口調は、声を抑えていることを差し引いても消沈しきっている様子だ。あまりいい報告ではないのだろう。
「どうしたんだい? なにか変化があったのかい?」
「……また、犠牲者がでました」
そう搾るように声を出し、その名を告げた。『準・超高校級の釣り師』手岡漁子、『準・超高校級の記者』岸和田安美、『準・超高校級の追跡者』堀津圭司の三名のようだ。寮内ではコロシアイを強制させられているとのことなので、この三人の中にも加害者、被害者の関係もあるのだろうが、琴間はそれを言い出すことはなかった。
(……それにしても)
と、狛枝は電話口の相手である琴間恵那樹本人について思案を始める。この子は希望ヶ峰学園になんらかの才能を見出された高校生ではなく、単なる学校見学会に来て巻き込まれただけの予備学科志望の中学生だったはずだ。なのに『この状況において、最も希望を輝かせる相手にうけとってほしい』という願いを込めたスマホが彼の手に渡り、今こうして自分たちと連絡する状況になっている。と、いうことは、彼こそがその相手なのだろう。……それを本人が望むか望まないかにかかわらず。
だったら、と、彼にも少し行動を促すような情報を提供してみよう、と狛枝は思い立つ。彼は表向き穏健派で通っているが、その実、希望と希望がぶつかり合う展開が起こることを心待ちにしていたのだ。
「……良い情報、と悪い情報があるんだけど」
と、少しありきたりな、だけども興味を引かせるように切りだし、相手の反応を待つ。琴間は一つ、大きく呼吸をした後、「……はい」とだけ応えた。
「希望ヶ峰学園奪還のための武力は、もうほとんどそろっているんだ。好機があれば、今日にでも動かせる状態だよ」
「そうですか」
琴間のこの言葉はやや希望を含んだものだったが、すぐに再び低い声になり、「それで、悪い情報って何ですか?」と聞き返してくる。
「実は……僕らの中でも君たちの安全を確保するよりもとにかく迅速に希望ヶ峰を奪還するべきだという意見が上がってきているんだ。君たちが危険にさらされることを承知で、その上で君たちが犠牲になることを厭わずに、ね」
「……そんな」
狛枝が提供した悪い情報に、琴間は再びどん底に落とされたかのような声をあげたが、すぐに持ち直した様子で会話を再開する。
「それで、僕たちはどうするべきでしょうか」
「モノクマを機能停止させることがベストだろうけど、むこうも監禁維持の要となるモノクマをそう簡単に停止させられるようにはしてないはずだよね。もしそれが難しそうなら安全だと言える場所に全員で籠もるのも一つの手かもしれない。とにかく、こっちはもうほとんど準備ができているんだ。そっちから『無事に安全を確保したので行動を起こしてほしい』っていう連絡さえあれば、即座に対応できるよ。……こちらとしても出来る限り早くそうしたいから、多少相手側に情報が漏れるリスクを押してでも、情報共有と対策に努めてほしい。……最初十神くんが伝えた『出来る限り慎重に行ってくれ』っていう方針とはまるっきり逆になっちゃうけど、状況が変わったからね」
「ええ。わかりました」
琴間の返事とほぼ同時。
ブブー! ブブー! ブブー!
とやや遠くからけたたましいサイレンのような音が耳に届いてきた。電話越しでもこんなにはっきりと聞こえるのだから、その場にいる琴間にとってはかなりの騒音だろう。……こんな異常な警告音が鳴るなんて、電話中にもかかわらず寮内で何か重大な事件でも起こったのだろうか? まさか、外部との連絡手段を使って通話していることがばれたのか?
「琴間くん? 大丈夫? なにかが起こったのかい?」
その音に狛枝の声はかき消されたようでなかなか応答はなかったが、鳴り終わったタイミングで、今日一番、狼狽した様子の声で、このように返ってきたのだった。
「……竹枡先輩が、校則違反を犯してしまったようです」