食堂に残った僕と勝先輩と瀬戸先輩と竹枡先輩だったが、ただ待っているだけでは手持ち無沙汰だと薬品棚の鍵の扱いについて取り決めることにした。
もっとも、重要なことだろうので、あくまで僕ら四人だけで仮の案だけだし、後ほど残りの人たちもまじえて本決定する方針だ。
……その『残りの人』の中に、今現れたルズイさんを含めるかどうかも話し合わなければならないだろう。
あれほどの様子だった彼女、羽月先輩たちがなんとか落ちかせてコミュニケーションが取れる状態にできたとしても、
『実は僕らもテロリストに監禁されて殺し合いを強制されていて、薬品棚には毒になりそうなものがたんとあって、それが実際に殺人にも使われた。そして仲間は、すでにもう七人も亡くなっている』
などと明け透けに洗いざらい伝えてしまったら、また錯乱状態に陥ってしまうかもしれないからだ。
「そういえばー……」
と、おずおずとした口調で切り出したのは竹枡先輩だった。
「前、えーと二日目くらいだったかな?芳賀さんと、……霧生君と福添さんと一緒に、倉庫の中にある物品をリストアップしたときに、ダイヤル式のキーボックス、みたいなやつがあったんだー。薬品棚に鍵をかけて毒になりそうなものを取り出せないようにした後、これの中に鍵をしまって、パスワードを決めた人と管理する人を別にしておく、ってのはどうー?」
確かにそのやり方なら、誰か一人が管理する、といった状況は避けられる。あまり考えたくはないが、また事件が起こった際に『鍵を持っている人が怪しい』っていうことになったり、鍵を持っている人を狙って殺害する、という危険性は狭められるだろう。
だが、そうなるとその二人を誰にするか、という問題も出てくる。加えて、薬品棚の中には常備薬や応急処置セットのような日常生活の上でも使いうるものもあったはずだ。もし今後、何かしらそれらが必要な事態になったら、その二人が揃わないと対処できないといった可能性も出てくる。それは避けたい。
薬品棚に鍵をかけて毒物を取り出せなくする前に、あらかじめどれを棚の外に出して誰でも使える状態にしておくかも考える必要があるだろう。
「それは確かに一案ですが」
と、僕は今思い浮かんだ問題点を伝えた。
「うーん、確かにそうだよねー。この後にも決めなきゃいけないことはたくさんありそうだよねー」
などと丁々発止の議論を続けていると、
「みんな、もう大丈夫みたいだよ」
と羽月先輩ら厨房に残っていた先輩たちが、ジャージを身にまとったルズイさんを伴って食堂にやってきた。
「……みなさん、先ほどは取り乱してしまってすみませんでした。改めて、はじめまして。ルズイラクカと申します。留守番の留守に、居場所の居に、喜怒哀楽の楽に、花見の花、でルズイラクカです」
羽月先輩の後ろで、おずおずとした様子で口を開く留守居さん。先刻の錯乱した様子からはだいぶ落ち着いていて、言葉も淡々と紡いでいる風ではあるが、どこか怯えを抱いていることは否めない。やはり、どこかである程度の自由は与えられている僕たち以上に恐ろしい目にあったのだろう。顔が全て隠れるほどの長い髪で陰になってもあいまって、どこかまだやつれている様子にみえる。
「……こちらも、改めて、羽月聖来です」
そんな留守居さんに対して、自己紹介を返す羽月先輩。それに追随するように、僕らも順番に自己紹介を返す。
「あれ、一目くんは?」
「自室に戻りました」
一人、一目先輩だけいないことに気づいた羽月先輩の疑問を返す。
「……そうなんだ。あのねルズイさん、ここにいる人たちにもう一人、一目蔵人くん、って男子がいるんだ」
僕の言葉を受けて、羽月先輩は補足するように留守居さんに伝える。
「ねえみんな、私この後、留守居さんに施設とか部屋とか案内して来ようと思うんだ」
今後のことに関し羽月先輩も交えて話し合いたいこともあったが、まだ怯えの様子が残る留守居さんに付き添うことの方が優先だろう。それに全員で連行するように連れ立ちながら話し合っても留守居さんにいらぬ恐怖心を与えてしまうかもしれない。と、この場にいる先輩方も大体同じように得心したふうで、羽月先輩と留守居さんを見送った。
つまり、食堂に残ったのは、先ほどまでいた僕ら四人に加え、芳賀先輩と黒須先輩の六人、ということになる。
これは、薬品棚の管理について言及する機会かもしれない、と
「これはさっきまで僕らで話しあってたんですが……」
と竹枡先輩が出した案を芳賀先輩と黒須先輩にも伝えてみることにした。
「……そうやな、管理しておくべきやろな」
「うん、確かにね」
と二人とも賛同してくれた様子だったので、全員で保健室へと向かうことになった。
「あ、言い出しっぺだし、倉庫からキーボックスを持ってくるね」
「僕も手伝ったほうが良いっすか?」
「うん! お願い!」
……向かう途中に数分だけ、僕らの中から竹枡先輩と瀬戸先輩が一旦倉庫へと足を運ぶということがあった。
薬品棚と言っても、様々なものがある。
まずその中から、ばんそうこうや常備薬のような、日常生活でも使う可能性が高いものだけをより分けて、誰でも使えるように外に出しておくのと、毒薬のような事件にしか使われなさそうなものを選別する作業……それと並行して、まさかとはおもうが、そのまさかの事件が三件も起こってしまった現状を鑑みて、『三回目の学級裁判のあとから今まで』のタイミングに持ち出されているものがないかを確認することになった。
「包帯も必要になるかもしれないっすね」
「やけどとかのした時のために軟膏もいつでも取り出せる状態にしておきたいな。ボクは料理もするからね」
「……睡眠導入剤って外に出しておいたほうが良いかな。……やっぱりこんな状況だし眠れなくなっちゃうかもしれないけど、最初の事件のことを考えると危険なような気もするしどっちがいいだろう」
などとリストと照らし合わせつつ、全員で話し合いと確認を重ねながら、棚の中に残すものと外に出して置くものを決めていく。
「あれ、みんなここにいたんだ」
ちょうど完了しつつあるころ、羽月先輩がやってきた。
「あれ、留守居さんはどうされたんです?」
「……少しだけ一人で横になりたいって、自室にこもってる。ちょうど一つだけ開いてた個室が留守居さんのものになってるみたいで、最初に着ていたモノクマちゃんの着ぐるみの中に留守居さんの電子生徒手帳もあって、それで開け閉めできるような部屋があったから、そこで」
僕からの質問にも予想していたようで、羽月先輩は淡々と答えてくれた。
さて、竹枡先輩の案ではこの後、『毒物だけになった薬品棚に鍵をかけ』、『その鍵をパスワードを設定できるキーボックスにしまい』、『パスワードを設定した人とは違う人がそのキーボックスを管理する』という手筈になっているが……さてどうしよう。
誰かに押し付けるのも気が引けるし、だからと言ってこの場で立候補する人が現れたら、例え全くの悪意が存在しない申し出だったとしても『……まさかトリックに使うのでは』という疑念を抱いてしまう可能性も否めない。先輩方も同じように考えている様子で、なにかを言い出そうかそれとも誰かの提案に乗ろうか、出方をうかがいあっている様子だ。……このままではらちが明かないだろう。僕は意を決して……
「公平に、じゃんけんにしませんか?」
と切り出してみた。
「え? じゃんけん? なにか決めるの?」
と羽月先輩。そうだ。留守居さんに付き添っていた羽月先輩にはこの後の手順について説明していなかった。保健室に来たのだってみんなを探してたどり着いただけのことだった。なので、簡単に伝える。
「そうなんだ、……うん、鍵をかけるのも、鍵とキーボックスの管理の方法も、じゃんけんで決めるのも賛成するね」
とすぐに得心してくれた。他の先輩方もそれで納得してくれたようで、どこか悲壮な面持ちで拳をかかげ、じゃんけんの構えをとる。
「じゃあ、いきますよ。まずはキーボックスのパスワードを決める役です。負けた人、でいいですよね……じゃんけん」
僕が音頭を取ると、めいめいで手を出す。七人でのじゃんけんだったが、一回で敗者が一人に決まった。
「……僕ですか」
「……じゃあ、これ」
と、竹枡先輩が未開封の状態のキーボックスを僕に手渡してきた。封を切り、説明書を読みながらパスワードを設定する。……数字は、同じ数字の繰り返しも連番も避けたほうが良いだろうと、なんとなく浮かんだ『11037』にした。
「じゃあ、これを入れて、閉まったらそのままあたしに渡してね。」
その間に薬品棚も施錠したようで、黒須先輩が鍵を手渡してきた。どうやらキーボックスの管理は黒須先輩に決まったようだ。
鍵のかかった薬品棚を眺め、ふと、初日一緒にここで作業をした瑞倉先輩のことを思い出してしまう。……はたして、リスト化作業はむしろ彼の死を早める要因になってしまったのではないか、疑心暗鬼のもとになってしまっただけなのではないか、という疑問が浮かんでしまう。無論、瑞倉先輩は良かれと思ってやったことなのであろうが……いや、余計なことを考えるのはよそう。
「留守居さんのことなんだけど……」
数刻の間、なんとなく押し黙ってしまった僕らの沈黙を破ったのはまたしても羽月先輩だった。
「落ち着いたらね。きちんと顔を通しておきたいみたいで、今日の夕食のときには食堂に来れるそうだから、みんなにも集まってほしいんだ」
「ええ、わかりました」
そういえば、留守居さんからは名前と、どういう字を書くかぐらいしか聞けていない。食事をしながら話し合えれば、少しでも彼女の気持ちを和らげるかもしれない、と、僕たちは了承の返事を返した。
……その時に、留守居さんに聞いてみたいことはあるかな、と自分の中で考えを巡らせてみたときに、ふと、『ルズイラクカ』という名前が『カムクライズル』を(ムだけ抜いて)逆から読んだものであること、動機ビデオで見せられた瑞倉先輩の秘密の映像の中で見たカムクライズルプロジェクト、そしてそのプロジェクトにおける人体実験の準・成功例である瑞倉先輩に『カムクライズル』をばらした『ズイクラカムル』という名をつけたこと、瑞倉先輩のほかにもう一人『準・成功例』と呼ばれる人物が存在することを思い出したのだった。
……これは、なにか関係があるのだろうか、これは、留守居さん本人に聞いてみるべきだろうか? いや、それとも……。
――――『一目蔵人の自室』
「ははあ、トレード、ですか?」
一目の申し出に、モノクマは気の抜けたような声でおうむ返しをする。
「そうそう。トレード。まあ、『監禁されて外部とも連絡の取れないお前が何を出せるんだ』、って思ってるんじゃないかな?」
相手に先んじてあえて自分が言い出した提案にダメ出しをする一目、交渉のイニシアチブを握らせようとしない、したたかさのようなものがあった。
「まあ、現金も、現物も、不動産もあまり交渉のタネにならないことは理解してるよ。おそらく日本円だけでなくあらゆる通貨の価値は暴落しているだろうし、現物には接収や輸送に人員をさかなきゃいけなくなるし、不動産は登記上の所有者なんか関係なく必要なら不法占拠すれば良いだけの話だからね」
「へえ、そのことも理解した上での申し出ですか。それで、結局、何を出せるんです?」
「じゃあ、ちょっとここでそっちでも考えてみようか。君たちのようなテロリストが欲しがりそうなもので、監禁されている僕でも出せて、現金でも現物でも不動産でもないものって、なーんだ?」
まるでなぞなぞを出す子供のようないたずらな口調で、一目はモノクマに問いかけた。
「はいはーい! かりんは蔵人くんと仲良くして欲しいでーす! 監禁されて圧倒的に不利な状況なのにトレードを申し出る蔵人くんのその度胸、すごくすごーく気に入っちゃったー!」
モノクマの声は、ボイスチェンジャーで今まで通りの声に替えられていても、別の人物が答えたとすぐにわかるものだった。
「……って、ああ! つられて答えちゃった! 反省しなきゃ反省しなきゃ」
「あれ、印章士くんだけじゃなくてストーカーさんもそこにいたんだ? さすが79期生の先輩方、仲がよろしいことで」
「うんいたよいたんだよ。みんなのこと大好きだからずっと見てるんだ。で、私たちが欲しがりそうなものってなにかななにかな?」
「うん。ストーカーさんと仲良くするだけで交渉に乗ってくれるならありがたいんだけど、こっちが用意したのはね、交渉権、なんだよね」
「……交渉権? それって誰と、どんな交渉をする権利なのかな? 労働者が使用者に環境を改善するように交渉する権利とか、甲子園とかで活躍した野球選手に入団してもらうように交渉する権利とかとは違うよね?」
「そうだね。僕が出せる交渉権の相手は、恐らく君たちも欲しがっている武力……それも、伝説の傭兵集団」
「……フェンリル、ですか」
「それってそれって、フェンリルのことー?」
一目がその枕詞を声に出したのをさえぎるように、祥壱とかりんは、はもるようにその集団の名を述べた。
「さすがは印章士くんにストーカーさん、すっとその名前が出てくるなんて博識だね。やっぱり、元フェンリル所属のクラスメートがいるだけあるね」
その『お前ら79期生の中の戦刃むくろがフェンリル所属であったことも知っているぞ』といわんばかりの言葉を返す。
「伝説の傭兵集団、っていう仰々しい枕詞って言ってもね、対価を受けとって業務をこなす営利団体であることには変わらないんだよね。もちろん頭に『伝説』なんてつくハイブランドの傭兵集団だから一見さんお断りで交渉窓口はせまいけど、まあ、そこは『準・超高校級のトレーダー』として、交渉権は取得しておいてるんだ」
「……交渉窓口なら、こちらにも元フェンリル所属のむくろ様がいますが」
「いや、元フェンリル所属だからといって無条件に交渉権があるわけじゃないよ? そこは従業員だからと言って株主総会に出れるわけじゃないのと一緒だよ? 特にこういう武力集団って、現場の人間を議決の場に参画させることを嫌うと思うなー」
「……」
自分を高く売るために出すべき情報は出し、相手からの指摘は訂正していく一目。
「さてさて、この申し出に興味を持ってくれたのなら、細かいところ詰めていきたいし、書面での条件提示もしたいから、モノクマ越しじゃなくて一度顔を合わせてお話しできる場を設けてほしいんだよね。……なんなら、交渉権だけでなく、実際に『フェンリルを買う』まで任せてくれても良いからさあ」