そうだ、留守居さんに聞くべきことより先に、一目先輩以外がそろっているうちに今朝の77期生の先輩との連絡の内容についても伝えておくべきじゃないか。……途中で竹枡先輩が校則違反をしたアナウンスが流れてそのまま切ってしまったが有益な話は出来ていたはずだ。
露見する危険をおしてもかまわない、とは言われたけどさすがにここで口頭で説明するのは良くないだろうが、幸いなことに今まで薬品棚の再確認をしていたから、筆談を始めるのは難しくない。
「ところで、保健室にあるものについてもう少し確認しておきたいんですが……」
などと適当な言い訳を述べて紙とペンを掴んで、次のように書き起こした。
①今朝77期生の先輩と連絡を取ったところ、僕らを救出に移るための武力は揃っているとのことである。
②僕らの安全を確保するためにこちらから『実行に移して欲しい』という旨の連絡が来るまで待機状態にさせている。
③しかし、その武力の一部が方針を無視して先行してしまう危険性があるので出来る限り早くしてほしい。そのためには僕らが外部との連絡手段を手にしていることがある程度は黒幕に露見する危険をおしても構わない。
……おおむねこのような内容だったはずだ。と書く手を止めて全員に掲げて見せる。
『②についてなんだけど』
すると筆談で返してきたのは羽月先輩だ。
『実行に移して欲しいって連絡を最終的に下すのは、連絡手段を持ってる琴間くんになるんだよね?』
『そうなりますね』
『責任重大だよね? 大丈夫?』
なしくずし的に最初に連絡手段を手にした僕がその役目も追うことになっているが、確かに責任重大だ。ただの中学生である僕には荷が重いとも感じる。
『これは提案なんだけどさ、連絡役、私に任せてくれない?』
……これは意外だ。さて、どうするべきか。
……責任感の強い羽月先輩だからこその申し出であって、他意はないのだろう。
しかし今まで連絡を取っていて今から変更するのも不都合が出るかもしれない。
それに……羽月先輩をことさらに疑っているわけではないが、どうしても内通者の存在が鎌首をもたげる。やっぱり僕視点だと僕自身が持っていることがベストだ。
『いえ。引き続き僕がやります』
『うん。わかった。相談事があったら何でも言ってね』
こういう一言が心に沁みる。他の先輩方も得心してくれたようだ。他に連絡手段を持っておきたいと言い出すような人もおらず、つくづく先輩方はこのような苦境においても冷静だ。
それで、あまり長く話し込むのも怪しまれるかと思い、この場は解散になった。
夕食の時間に予定された留守居さん歓迎会(こんな状況に追い込まれて『歓迎会』というのも奇妙ではあるが)までは時間があるが、それまで何をするべきであろうか? と自室で考え込む。
どのようにしてモノクマの機能を止めるか、内通者を明らかにするか否か、それらをひっくるめてなにをどうすれば『自分たち監禁されている生徒の安全が確保できたので蜂起してほしい』という連絡ができるようになるのか。
解決しなくてはならないことは山積しているが、効果的な案などこれといった才能のない一介の中学生である僕にはそう簡単には思い浮かぶはずもなく、ただ悶々とするだけでだらだらと時間は過ぎていく。
そうこうしている間にも、それこそ今この瞬間にでも、僕らの安全を度外視した希望ヶ峰奪還作戦が実行されるかもしれないというのに。……才能がら一日の長がある堀津先輩も、考えをまとめてくれそうな岸和田先輩も、励ましてくれそうな手岡先輩も、もういない。
そうだ、『僕がモノクマをどうにかする方法を考える』と言っていた一目先輩とも話しておきたいが……と思い立ち、彼の自室に足を運んで呼び鈴を押してみたが返事はない。
はて、ならばどこにいるんだろう、この状況で一目先輩が行きそうな場所……といってもピンとくるところはない。まあ、一目先輩も食事はとるだろうし食堂で待っていればくるだろう、と思い足を運ぶことにした。思えば朝ゴタゴタがあったせいで朝食をとっていないし。
「ひゃーひゃー! また油が跳ねたー!」
「生地は高いところから落としちゃだめだよ。ゆっくり下ろす感じにしなきゃ」
食堂に足を運んだ僕の耳に、にぎやかな声が届いてきた。この声は勝先輩と羽月先輩か。なにやら甘いいい香りもする。このような状況でも楽しげに活動できていることは良いことだ、と僕も厨房へと入っていく。厚めの鍋を火にかけ、ボウルから黄色い生地の素を入れていっている……どうやら作っているのはドーナツかなにかのようだ。
「ああ、こんにちは琴間君」
モノクマ柄のエプロンを生地や油で汚している羽月先輩が僕に気付いてそう声をかけてきてくれる。
「さっき留守居さんに案内してる時に話したんだけどね、留守居さんってドーナツが好きなんだって。だから歓迎会に作って上げようと思って、勝くんと一緒に練習してたんだ。こんな状況でも、好きなもの食べればちょっとは元気出るんじゃないかな、って思って」
隣で羽月先輩と一緒にいろいろな形のドーナツを揚げている勝先輩は、どこかウキウキしているようだった……第二の事件から全員が集まりうる場で料理の腕を振るう機会がなく、先日哀愁を漂わせながら一人で天ぷらを作っていたのとは大違いだ。やはり自分の才能のことで頼られるのはうれしいことなのだろう。
「せっかくだから琴間クンもどう?」
「はい、じゃあいただきますね」
と、勝先輩に勧められて、出来上がってるひと口サイズのドーナツを一つ。つまんで食べてみる。……うん、さすがは準・超高校級の料理人だ。砂糖をまぶしただけのシンプルな味付けでも、火加減や生地にも気を使っているのがうかがえる。何個でもパクパクいけてしまいそうだが、これは歓迎会に用意されたものであろうので一個で止めておく。コンロも使ってるし、僕の昼食はいつものように冷凍食品でいいかな。邪魔しちゃ悪いし、あたためをすませて食堂の方に持っていって食べよう。とレンジから取り出して食堂の方へと向かう。
「おお、おったおった。探しとったんよ」
すると、僕の姿を認めた芳賀先輩が近づいてきた。
「どうしたんですか芳賀先輩?」
「いや、大したことやないんやけどちょっとおしゃべりしよ、とおもてな」
と切り出し、
「うちの動画見たことある?」
「ええ、朗読劇とか見たことありますよ」
「ここから出られたらえなきんにも出て欲しいな」
「いいですけど、僕ってただの中学生ですからあまり面白いことできないと思いますよ」
「案外そういうこと言う子が取れ高ばっちり取れるねんな」
とか他愛のないことをまくしたててきて、僕もそれに応じる。……しゃべりながらもスマホに何かを打ち込んでいるので、真に伝えたいことはこちらなのだろう。そして入力が終わったようで、画面を僕の方へ向けてきた。
『かなり賭けになる案やとは思うけどな、ラブアパートのドアって鍵をかけられる上に銃弾を跳ね返す程頑丈なんやろ? そこならモノクマも手出しできない可能性があるんちゃうか? そのまま77期生の人に蜂起を実行に移して欲しいって連絡して安全が確保されるまで全員で立てこもる……っていうのはどうや?』
……なるほど。確かにそれなら全員に話をつければ今すぐにでも実行できる。早さを重視するなら一案だろう。だが……
いや、いざことが起こった際に黒幕がラブアパートのルールを遵守するとは限らない。それに、内部に毒ガスでもまかれたらひとたまりもないだろう。事実、岸和田先輩はそれで亡くなってしまったのだから。この籠城作戦は危険がある、と伝える。
『……うん、確かにそうやな』
芳賀先輩の方も納得してくれたようで、一つ頷くと、席を立って厨房の方へ向かっていった。
「あれ、せーらんとふじさんなに作っとんの? うちもまぜてな」
「うんうん、誰でも歓迎するよ」
どうやら調理中の二人に合流したようで、そのまま談笑しながらドーナツづくりに加わった様子だ。
さて、待てども待てども一目先輩は現れない。ここにずっといるのも手持ち無沙汰だと、先輩方に『一目先輩を見かけたら僕の部屋に来るように伝えてほしい』と言付けを頼んで自室へと戻る。
結局、一目先輩とは顔を合わせることができないまま歓迎会の時間になってしまった。とにかく食堂の方へ向かうとしよう。
「おや、予備学科志望君、今朝ぶりだね」
道すがら、一目先輩が話しかけてきた。……僕の自室に来ることもなく、このタイミングで会う、ってことは一目先輩は昼にも食堂に行ってないのであろう。一体どこにいたんだろう。
『明日に話をつける。他言・追及無用』
一目先輩のほうも僕がいぶかしげな視線を向けていることに気付いたようで、スマホを掲げてその短い一文を見せてきた。
……君のことだから受け入れてくれるよね、
とでも言いたげな目線と共に。
……一目先輩のことだ。なにか確信があってこうしているのだろう。と考え、そのまま連れ立って食堂へ向かう。
「あ、きたきた琴間くんと一目くん」
すでに食堂には僕ら以外の全員が集まっていた。どうやら各テーブルの上に置いてある料理を適当にとっていく立食スタイルのようで、すでに始めている人もいた。その輪に僕らも加わっていく。
「黒須さん……ってお姉さんみたいですよね」
先ほどよりだいぶ険のとれた穏やかな表情で、留守居さんが黒須先輩と話している。僕もそのような印象を抱いていたが、やはり黒須先輩はお姉さん気質なのだろう。
「えへへ、よく言われるんだよね」
本人も自覚しているようでそう返す黒須先輩。彼女もまたコロシアイ学園生活の中でだいぶ堪えていた様子だったが、多少なりとも笑顔が見れて良かった。
「ああ、こんばんは。ええと……」
「琴間です。琴間恵那樹」
僕の姿を認めた留守居さんが話しかけてきたので、自己紹介をする。
「琴間さん、ですねよろしくお願いします」
そう言って、深々とお辞儀する留守居さん。やたらと長い髪がばらっと顔にかかってしまったようで両手で整えなおしている。
「やっぱり長すぎて不便そうだよね」
「そうなんですよね……」
「美容師の瀬戸くんに頼んでみる?」
「え、美容師の方がいらっしゃるんですか?」
「ん、誰か僕を呼んだっすか?」
話していたら自分の名前を聞きつけたらしい瀬戸先輩が近づいてきた。
「ああ来た来た、この人が瀬戸くんで、準・超高校級の美容師さん」
「はい、瀬戸政直っす」
「瀬戸くんはみんなの髪、切ってくれたんだよ」
「ええ、やらせてもらったっす」
「……久しぶりに瀬戸くんにシャンプー、してもらいたいなあ」
瀬戸先輩と一緒についてきた竹枡先輩も話に加わってそんなおねだりをする。
「なんかこういうのって久しぶりだよね」
「……前回、途中で打ち切りになっちゃったからね」
「やっぱみんなで食事、ってええもんやな」
厨房と食堂を行ったり来たりして給仕しながら食べている勝先輩、羽月先輩、芳賀先輩もそんな会話を漏らしている。
夕食会は和気あいあいとした雰囲気で過ごすことができた。
「ねえ、琴間くんちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
散会のあと、話しかけてきたのは羽月先輩だった。
「ちょっと片付け、手伝ってくれないかな?」
いつも率先して行動してくれる羽月先輩の頼みだ、断るようなことはしまいと二つ返事で承諾する。
……のはいいのだが。
「……なにをどうしたらこんな風にできるんですか」
生地だったものと思しきものや油やらが床に飛び散って悲惨なことになっている。
「えへへー、ちょっと張り切り過ぎちゃった」
げんなりした表情を浮かべているのであろう僕に対して舌をペロッと出しおどけて見せる羽月先輩。
「勝くんには作るときに力を借りたのに片付けまで手伝ってもらうのも悪いかなって思って私がやっとくって言っちゃって」
フローリングワイパーを手に床をきゅっきゅとしながら可愛らしい言い訳を続ける羽月先輩。まあ二人でやれば早いだろうと、てきぱきと進めていく。一見してひどい状況だったが、一拭きで簡単に取れる汚れがほとんどだったので思いのほかすぐにきれいになった。
なんだか既に大量にごみが詰め込まれてるゴミ袋に拭き終えたシートを押しこんで一件落着、とばかりに一息つく。
「ありがとうね、琴間くん」
と羽月先輩。
「……ついでになんだけど、ゴミも捨ててきてもらっていいかな? 私この後厨房チェックしておくから」
「はい。そのぐらいならいいですよ」
と、ゴミ袋の中身を押してから口を結んで持ち上げ、厨房を後にする。
「あ、琴間チャン、お疲れっす」
ちょうど出たところで、同じようにゴミ袋を手に持った瀬戸先輩と出くわした。
「片付けしてくれてたんすか、サンキュっす」
と言って、空いている手を差し出してきた。
「ゴミっすか? ついでなんで一緒に持ってくっすよ」
「あ、じゃあお願いします」
先輩方はやっぱり気を回してくれているなあ。せっかくだからお言葉に甘えようと、ゴミ袋を手渡して自室に戻ることにした。
さて、そんなこんなで留守居さんを交えた夕食会も終え、就寝の準備も済ませてベッドに寝転がりながら人心地ついていると……
ブブー! ブブー! ブブー!
二件の校則違反が発生しました!
ブブー! ブブー! ブブー!
二件の校則違反が発生しました!
ブブー! ブブー! ブブー!
二件ともダストルーム周辺です!
ブブー! ブブー! ブブー!
二件ともダストルーム周辺です!
と、今朝と同じようにけたたましいブザー音が部屋中に鳴り響いた。夕食会で少なからず肩の力が抜けた思いをして今まさに横になろうとしていた僕にとってはまさに晴天の霹靂、といったところで、着のままで部屋から飛び出す。
「……まさか!」
「なんや! 今度はなにが起こってんねん!」
「え、なんですかこれ!? なんなんですかみなさん!」
「あーあ、またなの?」
他の先輩方も同じ思いだったようで、お互いに出てきた人の顔を確かめて一瞬安心した表情をみせて一言二言交わしたかと思うと、『いないのは誰だろう』とでも言いたい雰囲気で顔をきょろきょろと動かす。
……まだ出てきてないのは、あの先輩と、あの先輩か。
不吉な予想を声に出さないために言葉少なのまま、僕らは連れ立って、アナウンスがあったダストルームへと歩みを進める。
「……大丈夫だよね。あたしもこうして大丈夫だったんだから」
「……そうや。きっと、そうや」
「……うん」
先輩方も悪い予感をかき消そうとするかのように、言葉を交わしている。
が……近づくにつれ、予感が実感をともなって訪れるような気がしてくる。そして、ダストルームへの曲がり角につくと、それが実際に嗅覚にも届いてくるようだった。いや、これは本当に嗅いだことのある匂いだ。
あのとき、瑞倉先輩の部屋でも、ラブアパートでも嗅いだ記憶のある……これは、血の匂い。
ここまできてしまうと、さすがに口数すくなになってきている。
そして、ダストルームへの入り口。
そこには、無数の槍に身体をつらぬかれて横たわり、身体中から今まさに出たのだと言わんばかりの鮮やかな赤い赤い血液をたらたらと垂れ流して息絶えている……
準・超高校級の絵本作家、羽月聖来先輩の姿があった。
「え……せーらん?」
そう引き絞るような声を上げたのは芳賀先輩だった。
「……なんで、なんや?」
傍らにしゃがみ込み、ただただ理解に及ばないように顔の筋肉をこわばらせたまま、羽月先輩の亡骸に目線を落としている。
「どうして……羽月さん?」
留守居さんも、ここに来てからなにかと世話をしてくれていた羽月先輩の突然すぎる死を受け入れられない様子で立ち尽くしている。
……だけど、僕たちは確かめなければならない。恐らくダストルーム内部で起こっているのであろうもう一件の校則違反の顛末を。
芳賀先輩らを尻目に、僕はダストルームの扉をゆっくりと開く。……そして中を覗き見ると、部屋中に赤い液体が飛び散っているのを目にしてしまった。
そして。
そこには、同じく……そう、たった今しがた目の当たりにした羽月先輩の遺体と、全く同じように、無数の槍に身体をつらぬかれて横たわり、身体中から今まさに出たのだと言わんばかりの鮮やかな赤い赤い血液をたらたら、だらだら、垂れ流して息絶えている……
準・超高校級の美容師、瀬戸政直先輩の姿があった……
「いやぁぁぁっぁあぁっぁあぁぁぁ! 瀬戸くぅぅぅぅん!!」
その姿を見るやいなや、竹枡先輩が悲痛な叫び声をあげ、膝から頽れるようにすわりこんでしまう。
「死体が発見されました!」
そんな竹枡先輩を意に介さない様子で、いつものように能天気な声を上げてモノクマがやってくる。
またしても二人、死者が出てしまった。
そんな凄惨この上ない、絶望的な状況に打ちひしがれている僕らをあざけるかのように一拍おいて、こう宣言するのだった。
「……のですが、今回は二件とも校則違反に対する制裁による死亡なので、学級裁判は行われません。さてさて、もうそろそろ10時になります。夜時間のうちに死体は片づけておくので今のうちにお別れでも済ませておいてくださいね。それでは皆さん、おやすみなさい。良い夢を……」
……は? こんな残酷な遺体と奇々怪々な状況を目の当たりにさせられて、さっさと寝ろ、というのか?
「っていうのもさすがに寂しいだろうし物足りないと思うので……今回は、特別に」