『予備学科志望君は卒業試験の問題に解答することを第一に考えて』
そう記載された紙片が僕のポケットの中に忍ばされていたことに気づいたのは、部屋につくなり倒れ伏すように眠りに落ち、今がなんどきかもわからずに気だるく覚醒してからのことだった。
予備学科志望君、このような表現をするのは一目先輩しかいないだろう。
……『卒業試験』
この事件の首謀者である『超・高校級の才能の79期生』の才能を言い当てるというものだ。
昨日の裁判の後にやおら提示されたそれ。モノクマの存在と、岸和田先輩が初日に提示した印影から『超高校級のギャル』と『超高校級の印章士』までは当たりをつけることができた。しかし、岸和田先輩や一目先輩のように知恵が回るわけでもない僕は、どう考えれば答えを導き出せるか見当もつかなかった。
……そうだ、僕は外部との連絡手段を持っているじゃないか。77期生の先輩方と直接連絡が取れるスマホが。またしても状況が変化したことの報告(瀬戸先輩と羽月聖良の死と、羽月聖良が内通者だったということも伝えなくてはならないので気は重いが)もかねて、そこで尋ねてみればいい。と、ポケットを中を探ってみた。
しかし。
「……え、ない?」
身に着けている衣類すべてのポケットにすがるように手を突っ込んでみてもその感触がない。……部屋の中に置いておいたんだっけか? いや、裁判で部屋を開けている隙にモノクマに回収される危険性があるからと自分で肌身離さず持っておこうと決断したはずだ。それなのに……ない。
現状ほぼ唯一の希望といってもいいそれを、いくら僕でもうっかりで紛失することなんて絶対にありえない。間違いなく、誰かしらの、何らかの意図が働いている。
裁判前には間違いなくあったし、裁判中は誰かが僕のポケットからすり取れるほどに接近するような状況はなかったはずだ。おそらく、憔悴しきった状態で乗った、帰りのエレベーターの中だ。まず、紙片を忍び込ませるのと一緒に、一目先輩がスリ取ったものだと考えていいだろう。
こんな状況だ。作戦を逐一説明する時間も、首謀者側にばれないような方法もない。それに一目先輩のことだ。現状を打開するような策を講じての行動だろう。僕が追及することによって、一目先輩の考えが破綻するような事態におちいるのは避けるべきだろう。
しかし……ならばどうすればいいのだろう。一人で思い悩んでいても、ひらめきが舞い降りてくるようなことはない。
ただ、ぐるぐると形にならない考えと後悔が、疲労と空腹と口渇とも混ざり合って、浮かんでは消えするのみだった。
とりあえず、なにかしら栄養を取らなければ、とは思うが、食堂にも厨房にも、もはやいい思い入れがない。……カディナ先輩が亡くなり、羽月聖良が僕を殺そうと画策した、あの場所には。
そう考えながら一人、自分でもどのくらい鬱々としていたのかわからない時を過ごしていると、
ピンポーン
と呼び鈴の音が聞こえた。
誰だ?
このコロシアイ生活が始まってからこのようなことは初めてだ。呼び鈴が部屋内にいるとこんな音で聞こえるんだということ自体、たった今知ったぐらいだ。どうせ部屋に一人でいても僕にできることはなにもない。万が一、鳴らしたのが悪意のある相手で、刃物か何かの凶器を携えて待ち構えているのだとしても、もうそんなのどうだっていい、ぐらいの気持ちで、起き上がってふらふらと扉に向かってカギを開けると。
「……おはよう。琴間くん」
そこにいたのは勝先輩だった。
「これどうぞ。食堂に来た様子はなかったみたいだし、何も食べてないでしょ」
と差し出してきたのは、ラップに包まれたおにぎりと、ペットボトルのお茶だった。
「……本当は急須でお茶の方が良かったんだけど、ちょっとずつふたを開けたり閉めたりして取っておけるようなやつの方が便利かなって。おにぎりにはシャケ、具に入れておいたけど、まさかアレルギーとか、はないよね?」
そのような部分にまで気を回している勝先輩。カディナ先輩の直接的な死因がアレルギー反応、アナフィラキシーショックだったことはやはり勝先輩も相当心に残っている様子だった。
「……ありがとうございます」
そんな勝先輩の優しさに、ただ感謝の言葉が自然に口から洩れ、僕はペットボトルのお茶を一気に、あおるように、飲んでいった。
「何本か持ってきたから、遠慮なく飲んでね。でも苦しいようならちょっとずつ、ね」
「……はい」
「それと、申し訳ないんだけど、琴間クンにお願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「今朝、ボク以外食堂の方に来てないみたいなんだ。これからちょっと一緒にさ、みんなの部屋に回るのについてきてもらえないかな? どうも女子の部屋に一人で行くの、気が引けちゃってさ。芳賀さんも、竹枡さんも、黒須さんも、留守居さんも、こんな状態だしさ。男子の一目くんの部屋にはさっき行ったけど、反応なかった」
そう言って、勝先輩はぺこりと頭を下げた。
「いや、もちろん無理に、とは言わないよ。ここにきてからほぼずっとだけど、あんなことがあったばかりで心労もひどいだろうからね」
「いえ。ぜひご一緒させていただきます。……僕としても他の先輩方も、心配ですからね」
そう答えて、僕は着衣の乱れを整えて、連れ立って部屋を出る。
「……それと一つ、確認したいことがあるんだ」
そんな僕に、先ほどまでの柔和な表情から打ってかわって、神妙な顔に変わった。そして、一枚の紙片を僕に差し出して見せた。
『料理人クンは卒業試験に解答することを第一に考えて』
「これってさ、一目くんから、だよね」
僕が受け取っていたものと同様の紙片を勝先輩も受け取っていたことに驚きを覚えた。それと同時に、『自分だけで卒業試験の解答を抱え込まなくてもいい』という安堵を。
「実は僕のポケットの中にも同じようなものがありました」
正直に、自分も同様の紙片をおそらく一目から受け取っていたことを打ち明け、直接手渡して見せる。
「やっぱり、琴間くんも受け取ってたんだね。一目くんが推理が得意じゃない僕だけにこういったものを渡すっていうのはちょっと考えにくかったから、もしかしたらそうかなって思って」
といって、勝先輩は大きく、一呼吸した。
「……これは手岡さんと話したことなんだけど。もうずっと前のような気がするけど、たった数日前のことなんだよね」
ここで予想外に出てきた手岡先輩の名。
モノクマが岸和田先輩に渡した秘密によると、ここに来る前から殺人犯であった堀津先輩とかかわりがあり、遺体の処分に携わっていた人物とのことだが、そんなもの正直、いまだに現実感がない。あの天真爛漫で少年のようだった手岡先輩が。
「ボクと手岡さんで厨房に用意された食材の魚を一緒に調べたことがあったでしょ? その時に、一般流通に乗らない魚があったんだ。これは僕と、釣りの才能があってあの『おさかなのテビシ』、株式会社テビシの後継ぎを目されている、……いや、いた、手岡さんで確認したことだから間違いない」
僕が今は亡き手岡先輩に思いを馳せているのを尻目に、そう自身の見解を述べる勝先輩。その口調はまるで探偵のようだった。
「モノクマは『今までで明らかになっている情報で全員にたどり着けるようになってる』って言ってたでしょ? だから、卒業試験の答えのうちの一つに、漁業関連の流通にかかわる才能の持ち主はいると思うんだ」
そして、そう結論付けたのち、また穏やかな顔に戻った。
「ボクでも、こんな感じで推理できるんだから、芳賀さんも、竹枡さんも、黒須さんも、留守居さんも、何かしら気付いていることがあるはずなんだ。僕らにこうやって指示を出した一目くんにも、きっとなにかしらの策がある……だから、この卒業試験に解答できたからってさあどうなる、ってことはさておき、みんなで力を合わせれば、きっとたどり着けることがある。それは間違いないよ」
そう述べる勝先輩の言葉には、かすかにだが希望が含まれている、そんな気がした。
他の先輩方の部屋に向かう足は、希望もなく起き上がった時より、ずっと軽いように感じた。
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一目蔵人の部屋。
「ふふ、あなたとは是非一度直接お話して『トレード』してみたかったんですよ。『超・高校級の幸運』77期生、狛枝凪人センパイ」
「おや、今日連絡くれたのはキミなんだね。『準・超高校級のトレーダー』一目蔵人クン」