その時、僕達はユニット部室でミーティングをしていた。
長く1回、短く2回、そして最後に長く1回。部室棟ことJRN4号館の放送設備がブザーを響かせた。
「……これは?」
「静かに。何かあったに違いない」
そう言うと早乙女さんは部室備え付けの内線電話をとり、スピーカーホンに切り替えた。
「もしもし、こちらウルサどうぞ」
『こちらJRN本部、クィムガン発生につき出動を要請したく、どうぞ』
「要請を了解、どうぞ。……みんな聞こえてると思うが、そういう訳だから今日の訓練は中止だ。今すぐ準備を」
出動要請か。
いつかは必ず来ると思ってはいたけれど、まさかこんなに早いとは思ってはいなかった。
「僕にはまだ早すぎないですかね」
「君と北澤君は他のトレイナーの邪魔にならなければ自由にやって構わないよ。それが初心者の特権というものだ」
『クィムガン詳細、発生地は神奈川県横浜市、9時44分に発生し10時コロ7分にラッチ展開済み。現場での無線周波数はサイクル……』
スピーカーから流れる情報をBGMに、出動の準備をはじめる。できれば車輪を削っておきたかったけど、ここでやってる時間は無さそうだ。削正キットを持っていくか。
★
JRNには、出動線と呼ばれている最寄りの駅からつながる線路がある。文字通り、施設内から緊急で出動する際に使われる線路だ。
僕達がそのプラットホームにたどり着くと、他にも要請を受けていたのであろう、いくつかのユニットが既に到着していた。そして僕達の後からも同様だ。
しばらくすると、轟音を立てながら不思議な形をした3両編成の列車が滑り込む。到着した6つのユニットが、3つずつに分かれて前後の車に乗り込むと、まもなく動き出した。
列車内とはいえ、この車には奥の2列分しか座席はない。だけれど、それは逆に好都合だった。各々クィムガンとのために最後の整備チェックができるからだ。流石に全員がそれを満足にできるほど広いと言うわけではないが、少なくとも座席が敷き詰められているよりはよっぽどいい。
「緊張しているかい?」
わずかに大きくなってしまった左の車輪を削っていると、早乙女さんがそう語りかけてきた。
「いや、なんでかわからないんですけど、逆なんです。驚くほどにリラックスをしているというか」
「そうか。ならいい」
そう言うと彼はこんどは北澤さんへと話しかけていた。まめな人だ。
手元の車輪に目線を戻す。
当たり前だけど、鉄道車両と比べてトレイナーの履く車輪は小さい。中には大きい車輪を好んで、直径300ミリを超えるような物を履いている人もいるけれど、それでも鉄道車両の半分未満の大きさだ。
だからこそ、僕達のほうが小さな誤差の影響が大きく出てしまう。同じ大きさの誤差でもその誤差が占める割合は大きくなるし、車輪の回転数だって当然多いのだから。おまけに僕達の走りは、車輪が常にレールの上を転がっているわけではなく、何度も線路にぶつけるのだから、車輪に与えるダメージだって大きい。
こうなると、頻繁にはかって都度車輪を削るしかない。片側にばかり負荷をかけるような莫迦な走りをした後ならなおさらだ。さもなくば、普通に両足の車輪をつけて走っているだけでも、右と左の進む速度が変わってだんだんとその位置がずれていってしまうだろう。
本当はこういった重要な場面では、きちんとした削正のなされている予備の車輪に交換できるのが理想だ。だけど悲しいかな、まだそんな贅沢ができるほどお金があるわけでもない。車輪はけっこう値が張るのだ。本来足のそれより更に二回りの程度小さい手首の、飾り程度で姿勢が崩れた時にしか使わない軽量化されている車輪を、強引にどう考えたって手に付けるには重すぎる足のそれと同じものにして予備代わりにしているトレイナーまでいるくらいには。
「……よし」
削り終わった車輪を靴にはめる。これで左右の車輪の大きさは揃った。そして、それと前後して、列車は速度を落としはじめた。
ピコン。ユニットのグループチャットに、本部から送られてきたクィムガンの情報が載る。列車は完全に停車するころには、それに目を通し終わっていた。動きは鈍く、きちんと正対していれば攻撃の回避は容易とみられる、か。
そして止まった列車から6ユニット、合計30人のトレイナーが降りて距離を取ると、列車はすぐさまJRNへと引き返していった。
『テステス、こちらドラコロケット。聞こえている者は挙手を』
ドラコ・ユニットのリーダーさんが無線でそう呼びかけ、残る29人が全員手を上げた。
複数のユニットが合同で行う場合、各々のコールサインはユニット名の後に派閥名を附すのがルールだ。だから僕の場合は「ウルサロケット」を使うことになる。
『まず我々ドラコとグルス、それにウルサノーヴル、カンケルパレイユ、プッピスサイクロ、ツカナノーヴルの14人がラチ内に入る。ウルサ、カンケル、プッピス、ツカナの残るメンバーは前のユニットがラチ外に撤退しだいその順で交代で入場だ。それでは、ご安全に』
「「「「「ご安全に」」」」」
2つの先行するユニットと、各ユニットの斥候担当は、そう言ってラッチをくぐっていった。外から見ているとトレイニングの光がなんとも鮮やかできれいではあるが、このラッチの内側に広がるのは戦場なのだ。
僕は気を引き締めて、ラッチに目を向けながら左手にクシーさんのチッキを構えた。