《桜銀河》を攻略した。
氷川さんは今、確かにそう言った。それが事実だとすれば、たいへん喜ばしいことだが……。
「……ここ数ヶ月、早乙女さんが何度も何度も試して、無理だったそれを、ですか?」
「あぁ。とは言っても、理論を組み立てただけだから実際に通用するかはわからなくてな」
「それで暇そうな時間に、と」
チッキを取り出し、トレイニングする。話を聞いた限りじゃ1時間もせず終わりそうな案件だし、とっとと終わらせて部屋に戻らせてもらおう。
「協力してくれるんだな」
「早乙女さんが言っていたんです。仮に《桜銀河》と似たような技を使ってくるクィムガンがいても対応できるよう、その対策は確保してある程度周知させておくべきだって」
「なるほど、早乙女らしいな」
「すでにもう十数回ほど早乙女さんに同じことさせられて慣れてるんですよ……」
氷川さんは「あー……」と言葉を浮かべ、苦笑いしながらeチッキシステムの端末を弄って、僕に続いてトレイニングした。
そしてお互いに少し、数十メートルほど離れた次の瞬間、氷川さんの
『テステス、こちらドラコロケット。準備でき次第《桜銀河》を打ってほしい』
氷川さんから無線が入る。
……たぶんあの空間が変になっているところにいるんだろうから、とりあえずそこに向けて打ってみるか。
「行きます、《桜銀河》」
桜色の光が伸びていく。すると次の瞬間、僕は今まで見たことのない現象を見ることになった。
《桜銀河》が、曲がっている。まっすぐ歪みに向けて打ったはずなのに、その奥では明らかに少しだけ右斜め前に進んでいるのだ。
一体、どうなってるんだ? そう思って歪みに《桜銀河》を向けながら、その曲がっている地点を見に行こうと右へと左回りに動いたそのとき。
『ちょ、タイムタイムそれは無理……あっ』
悲鳴のような無線が聞こえて、《桜銀河》の光線が曲がる角度が急に変わって甘くなった。慌ててブレーキをかけて停まってから《桜銀河》を止めれば、そこにはトレイニングの解けてしまった氷川さんが。光線が曲がる様子をきちんと見てみたかったのに。
「どうして曲げるのをやめてしまったんですか?」
「軽々しく言うな……。波の反射ってのは角度に敏感なんだよ」
「全然攻略できてないじゃないですか」
「真正面からのはできてただろ?」
確かに、真正面からとはいえ《桜銀河》を曲げられたのは初めてだ。
どうやってやったのかと聞けば、それはとても単純な原理で、波の性質をうまく使ったのだという。
2つの性質の異なるものの中を波が通過するとき、その前後において波の進む速度は普通は変わる。氷川さんは温度の違う空気の塊を作ってこの状況を作り出したらしい。
そしてこの進む速度の比を相対屈折率と呼ぶらしいのだけど、これの逆正弦関数で導かれる角度より小さな角度で境界面に当たると、波はもう片方のものに入らずに全て反射してしまう。これを全反射と呼び、自然現象では蜃気楼とか不知火とかの発生メカニズムがこれなのだとか。
なので、さっきのように急に当たる角度を変えられると、冷えた空気との境界を再び作り直すのが当たる角度が変わっていくのに追いつかなくなってしまう、ということらしい。
「わかっててやった訳じゃなかったんだな」
「単純に曲がるところを見に行こうとしただけですよ」
「まっすぐ近づいてくれや……」
だって斜めから見てもよくわからないし。
それを告げると、氷川さんは「それもそうか……」と納得してくれたようだった。
ラッチを開けるために出場すると、外で待っていた中泉さんが僕を見るなり爆笑していた。ひどい。
ラッチを開けながら話を聞けば、氷川さんと賭け事をしていたようで、どうやら僕が出てきたことで中泉さんの勝ちになったらしい。勝手に人の行動で賭け事をしないでもらえますかね……。
「で、キミはどうやって勝ったんだい」
「なんか打ちながら走ってたら壁を突破していました」
「あーやっぱりまた相手を固定で想定して対策立てたんだ。アウトレンジ相手でそれで何度か痛い目見てるのに」
話を詳しく聞けば、氷川さんは前々から遠距離攻撃相手にどうも苦手意識を持っていたらしく、たびたびこうやって演習などで同席した新しいパターンの遠距離使いを呼んでは個人的に手合わせをして穴を塞いでいくつもりなのだとか。
対遠距離攻撃のセオリーは、その遠くからくる攻撃をいかによけたり受け止めたりするかだ。だが中泉さんによれば、氷川さんは肝心の相手の動きの想定が甘いらしく、前にプッピスの虹ヶ丘さんを呼んで手合わせしたときも、弓矢対策はきちんと盾を用意していたのに流鏑馬めいて走りながら盾のないところに打たれて負けたらしい。さっきのとほとんど同じパターンじゃん……。
「まぁ、ぼく等は5人で1ユニットだから、極論全員が全てに対応できる必要はあんまりないんだけどね。ぼくだって、できないことだらけだし。ねぇ、氷川?」
「お前はそれを自覚してるんならもう少し努力したらどうだ」
「えー」
開けたラッチから出てきた氷川さんが、そう釘をさした。