氷川さんの実証が失敗に終わった後。僕は彼らに野外炊事場まで案内された。個人的な手合わせのお礼にと、昼食を振る舞ってくれるらしい。
氷川さんは、ロケットの方では食堂部のそこそこ上の立場にいて、ユニットの仕事がないときは調理人として働いている人だ。給食用特殊料理専門調理師や管理栄養士とかの国家資格だって持っている。なので料理の腕は折り紙つきだ。
そして実際、氷川さんの調理の様子は、圧巻というより他なかった。ガスがないので薪で火力を調節しないといけないにもかかわらず、そもそも早すぎて手元の動きが見えない。というか、料理をするためだけにトレイニングして運動能力を上げている時点で何かおかしくない?
「厨房は俺の戦場なんだよ」
……考えを読まれているのか、口に出してすらいないのに答えが戻ってきた。その間も氷川さんの手は止まらずに動き続けている。祝日の朝にやっている早業料理番組めいて。
ちなみに、同席している中泉さんによると下手に素人が手伝おうとするとかえって時間がかかってしまうのだとか。この様子を見ていればなんとなくわかる気がする。
そうしてお出しされたのは、豪勢なフルコース。なんで設備が整ってる訳でもない野外炊事場でこんなの作れるんだろう……。
「いいんですか、こんな豪華なの」
「気にすんなって。半分は俺が作りたかっただけだ」
普段の食堂のメニューは新人でも間違えずに、量をきちんと作れるようきちんと考え抜いて設計しているので、策定した氷川さん本人にとっては少し退屈――でも、手を抜くことは決してしない――な料理なのだとか。そのわずかにたまっていくフラストレーションをたまーに出てくる限定メニューや
そして料理の準備が整う頃にはドラコ・ユニットの5人も全員集まって、揃っての昼食となった。
ドラコロケット、リーダーの氷川さん。氷と冷気を操り、近接戦闘では間違いなく最強の一角。
ドラコパレイユ、中泉さん。圧倒的な観察眼で戦況を把握し、ミドルレンジから的確に攻撃を叩き込む。
ドラコサイクロ、鮫島さん。早乙女さんと同じように引き出しを大量に持つ、最もトランジットの扱いに慣れているトレイナーの一人。4部位のトランジットを同時に操るクワトロヘッド・ジョーズの異名を持つ。
ドラコバランス、星野さん。僕と同じく遠距離タイプのキールを持つ人で、瞬間的な火力はかなりえげつない。当たれば。模擬戦だとわりと厳しいけど、クィムガンは図体が人間よりは大きいことが多いので現場では心強い。
ドラコノーヴル、松代さん。ドラコ・ユニットの紅一点で、キールのかの著名なメカマ軍団11姉弟のスピードクィーン、メカマセンゾク号と同じように、瞬間移動に例えられる爆発的な加減速の持ち主。
……うん、やっぱり。
流石は現状JRNの最高戦力とも言われるドラコ・ユニットというべきメンツだ。この中にまだ新人たる僕が混ざっていいのだろうか。
そりゃ、単独での爆発力じゃクシーさん由来の《桜銀河》は確かに並べていい程強いけど、その使い手たる僕がまだまだ未熟だ。
そう言うとウルサも大概じゃないかという声も上がるだろうけど、現状飛び抜けて強いのは早乙女さんと佐倉さんの二人で、成岩さんは平均よりは上程度、僕と北澤さんはまだ新人で
ポンポンポン。僕の気持ちを知ってか知らないでか、中泉さんが僕の肩を叩いた。
「肩に力が入ってるぞー」
「入らないわけないじゃないですか」
「1回、深呼吸してみなよ」
言われるがままに口から息を吐き出して、鼻から空気を取り入れる。
その瞬間、目の前の料理から漂うハーブやスパイスの爽やかな香りが鼻腔の中に広がって、自然と力が抜けていった。
「あ……」
「最初に食事に誘う時は、そういう香り付けをしている。落ち着いて楽しんでほしいからな」
氷川さんは笑顔でそういった。やっぱり凄いや、この人。
「ささ、冷めてしまう前に」
「「「「「「いただきます」」」」」」
料理を口に運ぶ。
見た目と反して、味付けのクセというか傾向は、毎週必ず一度はお世話になるJRNの食堂で食べているものと似通っている――よく考えてみれば当たり前だが――から、そこはかとない安心感がある。けれど、それを何倍も洗練させて、濃縮して、そして優しく包んだ、そんな感じの味だ。
「美味しい」
「そりゃよかった。……おっと、それ以上の言葉は要らんぞ、それを述べる口があるなら味わえ」
いろいろ言おうとしたら止められてしまった。
でも、口を通過する度に胸の奥があたたまるような、そしてなんだか幸せに包まれるような、そんな味だ。
気がつけば、僕達の前のお皿はいつの間にか空になっていた。
それから、しばらく僕はドラコのメンバーに混じって話をしていたり、少し相談に乗ってもらったりした。普段の早乙女さん達とはまた違った視点からのアドバイスを貰えたりして、とても有り難い。
そして、ここまでしてもらって申し訳ないからと片付けを手伝ってから、僕はドラコの人達と別れて休養日の午後に入ったのだった。