ドラコの人達と別れて、ウルサに充てられた部屋に戻ると、いつもの部室のように佐倉さんが何かしらの論理を組み立てていた。
荷物を取りにきただけなので、少しだけ言葉を交わして、キャリーバッグから回収してすぐに部屋を出る。向かう先は、海岸だ。
西彼杵半島の大村湾に面するリアス式海岸の上に作られたこの合宿所はそこそこ広く、近くにあるゴルフ場より少し狭い程度だ。海岸に降りれば、天然か人工かはわからないけれど、小さいながらも砂浜が広がっている。おそらくこの後のビーチバレーとかビーチフラッグスとかの会場はここだろう。
この砂浜に降りてきたのは、少し試したいことができたからだ。
昨日のことで路面凍結の発案者たる鮫島さんに軽く文句を言ったとき、あの決勝戦でやりたかったことができなくなってしまったお詫びとして、彼の持つトランジット・トレイニングに関する知識をいくつか教えて貰ったのだ。
まず1つ。どうもトランジット・トレイニング、流派というかお作法が複数あるみたいで、早乙女さんのアプローチと鮫島さんのアプローチはけっこう違っていたし、活用方法もかなり異なっていた。
一番大きいのは、
この違いがどこから生まれてくるのかといえば、トランジットをする相手の違いだ。早乙女さんの場合は目の前の相手によってトランジットをするノリモンが毎回毎回かわる。逆に鮫島さんは基本的に同じ組み合わせを使い、それでどうにもならないときに限って一部を差し替える。この違いが、先程の差に繋がっているのだろう。
そして今の僕の場合、どちらかといえば状況は鮫島さんの方が近い。なんせキールのクシーさんの他はまだポラリス
ただ、現状足し算も何もあの《桜銀河》をどうやって組み込めばいいのかは不明だ。それについては鮫島さんも「そんな物は自分で考えるんだヨォ」と教えては貰えなかったし、たぶん僕とクシーさんしか知りようのないことなのだろう。
だけど、そこで1つだけヒントをもらうことができた。それは
早乙女さんは、そもそもオモテをトランジットすることは少ない。駆動性能に直結するトモや、ウェポンを伴うスターやポートと違って、オモテをトランジットすることのメリットは
ただ、それは実戦面での話。さっきも言った通り、オモテのトランジットはモヤイを通じてノリモンと意思疎通ができる。そしてそれは、
つまりは、こうだ。
「失われし星の輝きよ、果てしなくなつかしい大地に最後の煌きを! ポーラーエクリプス号、この身に宿れ」
まずは全身をポラリスにトレイニングする。これから試すのは、鮫島さんが実証した逆トランジットというテクニックだ。通常の対応ではラッチを超える都合上、キールたるノリモンでトランジットを行うことはできない。だが、そもそもラッチを使わないのならそれができるという訳だ。
「地を駆ける神雷よ、青い光の超特急を導け! クシー号、このオモテに宿れ」
クシーさんのチッキを使ってトランジットをする。この呼び出しのフレーズ、すっと頭に浮かんでくるんだけど誰が考えてるんだろう……。本当に、ウェヌスって不思議だ。
そして僕は、今からそのウェヌスへの接続を試みる。このオモテのトランジットで。具体的どうすればできるのかはわからないけど。
なので、可能性がある行為を思いつき次第試すほかない。
まずは、《桜銀河》を使ってみること。
そう考えて、指先に力を溜める。
だけど、異変はその時に現れた。
「……あれ、
いつものように指先に力を込めても、《桜銀河》が打てる気配がしない。
なんでだ。そう思って右腕を見て、気づく。
――銀色。そりゃ出る訳がない。今回は、クシーさんをベースにしているんじゃなくて、オモテだけのトランジットだ。
気を取り直して口を開き、顎先に力を溜める。今度はうまく桜色の光が集まってくるのがわかった。
「《桜銀河》!」
やや下を向き、放つ。これぞ本当のロービームだ。
自分が放った光線が眩しくて視界を奪われる中で、意識を集中する。目指すは、遥か超次元の彼方、ウェヌスへと。
何だっていい。この《桜銀河》以外の、仲間を巻き込みにくいものであるならば、何かしら。
10分、数十分、いや、1時間。もっと長いかもしれないし、驚くほど短い時間しか経っていないかもしれない。とにかく、時間の流れすらも忘れて集中している中で。
『……! ……………………。 ………………!』
ふと、声のようなものが聞こえた。誰かが、呼んでいるのだろうか。
それを確認した次の瞬間、世界から音が消える。目を開ければ、《桜銀河》を打っている感覚はあるのに、広がっているのは真っ暗闇。
そして、その中には、一筋の光。
そちらの方へと手を伸ばす。次の瞬間、何かが割れるような感覚と共に僕は元いた合宿所の海岸へと戻っていた。
目の前には、伸ばされた左手。よく見ると、トレイニングが解けている。
……ああ、やってしまったみたいだ。僕は何をやったのかを理解した。自分で《桜銀河》の中に左手を突っ込んで、自分のシールドを割ってしまったみたいだ。
少し休んでから、もう一度同じことをしてみる。だけど、その日は二度とその声が聞こえることはなかった。