夏合宿6日目。今日も2人種目が午前と午後に1つずつ行われる。ただ、僕は2つとも担当ではない。
欲を言えば昨日掴みかけたウェヌスへの道をたどりたいけれど、流石にユニットメンバーの活躍を見ないわけにはいかないのと、今日の午前に行われる「けん引」なる謎種目を見てみたいのもあって、僕はその会場である砂浜――昨日の砂浜だ――へと降りてきた。
するとその砂浜の上には、昨日は無かった場違いなものが1つ。貨車だ。なぜか線路もなく貨車が1両、そこにポツンと置かれているのだ。
流石に、ここまでされてこの二軸貨車が何なのかを察せないほどの莫迦はJRNにはいない。この第9種目・けん引、そのけん引するものこそこの貨車なのだろう。
そして、全ユニットの出場者が集まり次第開かれたルール説明で、その推測が正しいことが示された。けん引とは、この過積載のワラ貨車をこの砂浜の上で20.1メートルのけん引に要した時間を競う競技なのだ、と。そして例によって例の如く飛行は禁止である。
……いや、きつくない? 砂浜でしょ?
砂浜というのは、小さな粒の集まりだ。見た感じは固体だけれど、強い力を与えたときの動きはどちらかといえば液体に近く、粘着力は非常に弱い。
そんなところに強い力を与えたらどうなるか? 蹴れば足元の砂が舞い上がり、回せば空転地獄で、ちっとも前に進めやしない。かと言って、力を絞れば過積載のワラ貨車なんてものは引っ張っても動かないだろう。線路上では空転しそうな時には砂を撒いたりするけれど、それはすぐ下に硬いレールがあるからこそなのだ。
これ、そもそも動かせないユニットとかいるんじゃないかなぁ。少なくとも僕は自分がやれと言われても無理だと思う。
だからこそ、これを動かせる人がどうやってやるのかはかなり勉強になりそうだ。
そう思ったころ、走行順のくじ引きの結果が発表された。ウルサ・ユニットは4番目だ。じゃあ第1走者はどこかと言えば、ドラコ・ユニットの氷川さんと星野さん。
……うん、なにをやるのかもう察しがついてしまった。これはたぶん参考にならないね。
実際、彼らのけん引が始まれば想像していた通りの方法で難なく引ききっていた。なんかルールというか、前提条件を破壊してばっかだなこの人……。
次の走者であるタウルス・ユニットは、実にその10倍以上の時間を要してワラ貨車を引いていた。こっちは車輪を転がすことを諦めて、横向きに砂に差すという強引な方法を使っていたけれど、それでも動き出す前は数回ほど砂を掘っただけになってしまっていた。
「でも、濡れているから走りやすいはず」
「そうなんですかね?」
「カラッカラよりは、少し湿ってる方が跳ねない」
……なるほど。つまりは乾ききるより前に走れるユニットが有利になるのか。まぁでも、水ならすぐそこに大量にあるのだし、強引に引き寄せるユニットがこの先出てきたりするかもしれない。それもそれで何か違う気もするけれど。
そうこう話をしているうちに、3番目のユニットであるクラテル・ユニットが引き切り、4番目のウルサ、早乙女さんと成岩さんの走る準備に入っていた。ふたりともけん引用のロープをお腹にくくりつけて、ワラ貨車の前に立っている。
早乙女さんはいつも通りトランジットで姿が変わって、今回はトモが真っ黄色になっている。そして脚の周りには、ふくらはぎを囲むように数本の棒が爪のように下向きに備わっているのだ。
「何あれ」
「たぶんマルタイ*1の子」
「えぇ……」
ごめん、氷川さん。うちの早乙女さんも大概やろうとしてることが酷かった。これあらゆる地面での動きができるようにって種目で、地面を改造しろという種目じゃないと思うんだけど……。
目を反らして成岩さんの方に視界を向ければ、こちらも準備は万端だ。彼も同じようにトモを黄色くトランジットしている。たぶん色的にサラさん――ベーテクさんと同郷のノリモンで、たまにラボに顔を見せていた――だと思う。ゴムタイヤも見えてるし。
少しして、けん引の開始の合図が発せられる。
早乙女さんは爪を震わせながら地面に突っ込み、成岩さんは右足を強く地面に踏み込む。ロープがピンと張られ、わずかに時間をおいてゆっくりとワラ貨車が動き出せば、あとは意外にもスルスルと少しずつ加速しながらすすんで、あっという間に定められた距離の移動が終わってしまった。流石にドラコよりは時間はかかったものの、現状では暫定2位となるタイムだ。
あとは後ろのユニットのタイムによってのみ、順位が決定する。
だけど、それを見守っている間に、想定外の事態が発生した。
この場にいる全員の携帯情報端末から、あまり聞きたくない5点チャイムが響いたのだ。ただでさえ耳に残るものなのに、台数が多いと微妙にずれていて非常にやかましい。
端末を開き、内容を確認する。
長崎市からの、エリアメール。それは、長崎市街でのクィムガンの発生を告げるものだった。