夏合宿7日目。今日はなかなかにハードなスケジュールで、午前にはスワンボートレースが、午後にはリレーが入っている。午後のリレーは昨日のこともあって急遽5区制から4区制へと変わったから、一応そこで休みを貰おうとおもえば貰えるけど、そこの判断はスワンボートレースが終わってからだ。
「異変があったらすぐ言うように。まだ乗り換えは効く」
「昨日から何度も大丈夫だって言ってますよね?」
大村湾の桟橋の上で、僕は早乙女さんと二人スワンボートを前にしている。このスワンボート、2人で操縦するのが前提のようで、1人がペダルを漕いで推進力を得て、もう1人がハンドルを回して舵を取るタイプだ。これは予選と決勝で役割を交代しなければいけないルールなので、僕は予選では舵、決勝ではプロペラを担当することになった。
「なるべく君に負担のかからないような作戦にするつもりだ」
「それはどういう」
「凪で波もないから、左に曲線半径150強で曲がり続ける」
「なるほど」
ならばポラリスとのトレイニングだな。あの子の
さて、このスワンボートレースのルールであるが、そんなに難しくない。300m離れて設置された2つのブイの周りを3周回る早さを競うだけだ。
ただ、陸上競技と大きく違うのがスタートの形式だ。陸上競技では、スタートはスタートラインの前に停止してスタートの合図と共に動き出すのが一般的。だがこのスワンボートレースは違う。時計はスタートより前に動き出していて、定められたスタートのタイミングから1秒以内にスタートラインを越えることが要求されている。もちろん、所定のタイミングより早く超えてしまえばフライング、失格。遅れたら出遅れ、これも失格だ。
「この競技、考えられる2つある難所の片方がこのスタートだ。それを成功させるためには、自分の脚の生み出す加速度を正確に把握し、波や風の影響までもを考慮する必要がある」
「ちなみにもう1つの難所って」
「コーナリングだ。それを強引に解決するのが、先程君に伝えた作戦だよ」
なるほど。なるほど?
なんかおかしい気もするけど、とりあえずは早乙女さんの作戦に乗ってみよう。
レース前に実際のコースを2周
「感覚は掴めたか?」
「だいたいわかりました」
「OK、それじゃ戻ろう」
それから一旦種目参加者全員が集まり、出る予選レースをくじ引きで決める。予選は最初の4レースで、1レースあたり6組が参加する。そしてその後に順位別に6レースの決勝ラウンド、という流れだ。
くじ引きの結果、ウルサに充てられたのは第1レースの6号、つまり一番外側だ。早乙女さん曰く、この作戦を成功させるのにはベストとも言える配置らしい。実際のところルール上はもっと内側のコースを充てられても外に出ていくことに対するペナルティは1つもないけれど、スタート時にできる限り速度を出しておくためには一番最後のスタートになるここが一番いいのだという。
再び桟橋に戻って、スワンボートに乗りこむ。それから6つのスワンボートが航りだして、レースコースの手前の待機スペースをぐるぐると回る。まだ時計は動いていないけれど、レースは既に始まっている。ここからスタートラインまでの距離とスタートまでの時間とを計算して、狙ったタイミングに狙った速度でスタートラインを越える。スワンボートにブレーキなんてものはないため、速度を出しすぎてしまったらフライングまっしぐら、かといって加速を緩めればスタート速度が遅くなる。だからこそ、ここの逆算が重要なのだ。
「前のスワンボートの動きを見ておくように。次にプロペラを回すのは君だ」
今回は加減速に関しては早乙女さんに任せっきりで、僕は前を航る5隻のウェーキからずれないように舵を取っているだけだ。既に前の方ではできる限り内側のコースをとらんと競り合いが始まっている――ブイの横、スタートラインの150m手前にたどり着いた順でコースが決まるルールだ――けれど、そもそもインコースを攻めないので僕はそれを眺めているだけだ。
そうして内枠争いが確定したあと、最も外側の僕達は最高の条件でスタートできるよう、スタートからかなり離れて加速のための距離を取る。ルールでは、スタート時に内側のスワンボートはそれより1つ内側のスワンボートとの距離が離れすぎると降着となるが、一番の外側であるコースにはそんなルールはない。ゆえに、一番
スタート20秒前。目測で入るべき周回軌道をシミュレートして、スタートラインでの直線から最初のコーナーまで、緩和曲線を含めた各々の位置での曲線半径の推移を確認する。
「さぁ、行こうか」
スタート10秒前。スタート地点へと向かって早乙女さんが漕ぎ出した。