ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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9レ中:第1R・予選第1

 時計が0を指す。一番後ろからおそろしい脚で早乙女さんが加速したウルサのボートは、最も速く、そして最も早くスタートラインを通過した。他の船よりかなり前に出たのを確認した次の瞬間、僕は少し右に舵を切ってから、大きく左に舵をきる。ボートは急に右へと傾く。

 スワンボートの舵は、一般的な船とは違ってオモテ側についている。だからこうやって一気に逆へと舵をきると、船体の後ろ側がついていけずに漂流してしまうのである。

 その結果として、僕達のスワンボートは急速に曲線半径を縮めた。当然速度も落ちる。

 

「何をしている!?」

「取舵、弱め! これで軌道に乗ったはずです」

「……確かに乗っているが、無茶をするんじゃないよ」

 

 そう文句を言いながらも、早乙女さんは増速を続ける。2番手はまだ後ろ、そのままコーナーを駆け抜けた。真横を見れば、2つのブイがちょうど重なって見える。軌道修正の必要はなさそうだ。

 

「確認、r150。徐々に取舵」

 

 6軸センサーが示す僕達の旋回半径は153m。少しだけ大きいけれど、まぁ許容範囲だろう。

 そして早乙女さんが速度を上げるにつれて舵をさらに強くしていき、曲線半径を同じ程度にとどめる。きっかりとターンしているスワンボートと比べれば、7割ほど航る距離が長くなってしまうこの作戦ではあるが、ならば他のスワンボートより平均速度を7割上げればいい。実際は相手側にはコーナリングの膨らみもあるから、おそらく5割ほどで十分だろう。実に単純な算数だし、早乙女さんははそれをできるという根拠を持っている。

 

「この航り方は、コーナーで減速する必要が全くない。急な加減速ができないスワンボートにおいて、常に加速し続けることができるというのは膨大なアドバンテージだ」

 

 というのが、早乙女さんの持論。

 なんだろう、決して間違ってはいないんだけど、どこかが致命的に間違っているような気がする……。

 

 ★

 

『6号艇ウルサ、大外からありえない速度でコーナーを曲がる! 速い、速すぎるぞ!』

「何やってんだあいつら……」

 

 成岩は、レースの惨状を見て頭を抱えていた。きれいなドリフトを決めてバックストレートへと入ったかと思えば、突然明後日の方向に爆走し、そして1周回ったときには大差をつけて独走。何が起きているのかはわかるが、成岩の脳はその理解を拒否した。

 

「でも良かった。山根君、元気そうじゃん」

「このまま、ファイト」

「お前らこれ見て頭痛くならんの?」

 

 成岩は2人にそう問いかけた。

 だがしかし、彼女たちの目には異常な光景は映っていない。ただ、ユニットメンバーがスワンボートで爆走している様子が目の前にあるだけで、成岩が頭を抱える理由は理解できていないのである。

 

「別に。合理的な作戦」

「独走してるならよくない?」

「良くねえし合理的でもねえよ。このスワンボートレースのルールはほぼボートレースのそれと同じだが、そこであんな動きをする奴は居ねぇ」

 

 成岩と2人の反応の間にある違い。それは、本物のボートレースを知っているか否かだ。佐倉も北澤も、ボートレースについての知識は全くない。

 

「行くんだ、競艇……」

「スクールん時の同期が今ボートレーサーやってんだよ」

「理解」

「あの航りが莫迦だってのはレースなんざ見ずとも、実際の競艇場を見るだけでわかるぞ」

 

 成岩は知っている。通常のボートレース場では水路幅はせいぜい100メートル強で、しかもホーム側は狭いのが一般的だ。円を描くような航行ルートを取ることなど到底できっこないのである。

 

「なんでこんなトンチキボートレースになってんだ……」

 

 そのぼやきが、スワンボートに乗る二人に届くことはなかった。

 

 ★

 

 高速でスワンボートを回し続けて、2週目のコーナーを曲がったころ、異変が起きた。

 

「早乙女さん、大変です」

「どうした」

「取舵、いっぱいです」

 

 舵を切ろうにも、もうハンドルが回らないのだ。

 これ以上加速すれば今の曲率では曲がれなくなり、曲線半径の値は大きくなってしまう。いや、この話をしている間にも速度は僅かに増え続け、既に曲線半径は160m近くまで膨れてしまっている。

 

「分かった、この速度を維持しよう」

 

 そしてそのままバックストレートで周回遅れのスワンボートを大外から追い抜き、最後のコーナーを通過。そのまま流れるように大外のゴールラインを突破した。

 

「面舵いっぱい!」

 

 ハンドルをめいっぱい回し、進路を右に取る。船体が40度ほど傾いてから横滑りして、スワンボートは急速に速度を落として停まった。振り返ってゴールラインを見れば、ちょうど2着3着のスワンボートがゴールラインを越えるところだった。

 

「どうやら心配はいらなかったようだね。本当に好調のようで良かったよ」

「言ったじゃないですか、大丈夫だって」

「ははは、この歳にもなると君の若さが羨ましいよ」

 

 そう言葉を交わしながら、僕達は残りの競走の邪魔にならないように離れて回り、出発した桟橋に戻って、残る予選の3レースの間一度体を休めることにした。

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