レース8つ分の休憩を挟んで、決勝の第10レース。
もはやなんか半分くらい決勝に出ているユニットが固定されているような気もするが、今回の決勝は1号ボートがウルサ、2号ボートにアクヮリウス、3号ボートのドラド、4号ボートがドラコの4ユニットでの戦いだ。
桟橋に降りると、ゴリゴリにトランジットをした早乙女さんが待っていた。
「君の調子が良さそうだから、プランAに戻そうか」
「プランA、とは」
「所謂ボートレースの航り方だよ」
つまり、普通に2つのブイを結ぶ直線と平行に航ってターンする、最短ルートをなぞるもので行くとのことだった。
「先に言っておくが、
「もちろん大丈夫です」
そもそも、あらゆる方向にたかだか3G程度の加速度がかかった程度で乗り物酔いをしてしまうようじゃトレイナーなんてやっていられないのだ。
「加減速のタイミングは指示する」
「承知です」
「それともう1つ重要なことがある。
……レースだよね、これ?
困惑していれば、早乙女さんは遠くを見た。その視線の先、ドラコのスワンボートをみれば、あの二人三脚のを発案した鮫島さんが。なるほど、このレースも絶対大変なことになるなこれ。
とりあえず僕もトランジットしてからスワンボートに乗ろう。あの狭さじゃ中ではトランジットはできないから。
スワンボートに乗りこむ。スタートの合図とともに、全力でペダルを漕いで航り出す。そしてそのまま手前のブイの周りをぐるっと回って、一番内側のコース確定させた。
ペダルを緩め、速度が落ちる。
ここまでは平和だった。
次の瞬間、急に強い追い風が吹き、前へと潮が流れ出したのだ。このままだと、フライングは必至だ。
「やはりな。来ると思っていた。だが君の思い通りにはさせんぞ、《遅時水》!」
右をアクヮリウスのスワンボートが流れていく中、僕達の乗るスワンボートは突然ピタリとその場に停まる。
「何が起きて」
「周りの水の
「つまりスタート数秒前に」
「そういうことだ。計算しておくので、スタートラインを切るまでペダルを漕がぬように」
時計を見る。スタート10秒前。右後ろでドラドが動き出したのが見える。5秒前。憐れにもアクヮリウスがスタートラインを越えてしまった。たぶん後でフライング判定で失格になるだろう。かわいそうに。3秒前。
「行くぞ」
《遅時水》の影響が切れ、時が加速しゴムのように前へと引っ張られる。そして0秒と同時にスタートラインを越える。何故か発生している――どうせ誰かがやったのだろう――渦潮を突っ切り、最初のコーナーに届く。そして早乙女さんの神業のようなハンドル捌きで横滑りしながら向きが180度変わる。
「さぁ、君の加速を見せてくれ」
ペダルを漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ!
ぐんぐんと対水速度が上がり、波を切る感覚が気持ちいい。だけど!
「この異常な逆潮!」
「そりゃ、先程まで強烈な真潮だったからな。向きを逆転させればこうなる」
「そりゃ、そうですけど!」
ペダルの回転数を上げ、必死で速度を上げようとする真横をあざ笑うかのように、外側をドラコのスワンボートが突き抜けてゆく。なんでこの潮の中で!
「あれはスーパーキャビテーション……。いや、それだけではないな! 面舵ぃ!」
「今そんなことをしたら」
「いいや、ようやく
スワンボートが外へ流れる。そして、そうなるにつれて
「私達はまんまと罠に嵌められた、
「曲がる前に気付けなかったんですか」
「無茶を言わないでくれ、首が邪魔で右前方は見えにくいんだ」
あぁそうだった! だいたいどうして前の視界が悪いスワンボートでレースなんてやってるんだ。
こうなったら!
「《ハイブリッド・アクセラレーション》!」
「山根君! もう切り返しが」
「えっ」
しまった!
早乙女さんから右前が見えないように、僕からも左前が見えない。故に、僕はブイを見落としてしまっていた。
だけど、発動した技は止まらず、僕の体が前へと押されるように力がかかる。結果、スワンボートは加速してしまう。
幸いだったのは、僕が右の席に座っていたこと。おかげで右側だけ加速したことで、スワンボートが勝手に左へと向いたこと。
「一旦落ち着こうか、私も君も」
早乙女さんの舵取りのおかげで、逸れずになんとか2周目に入って加速しながら一息入れる。
それからは特にアクシデントもなく、スムーズに潮の流れに対応したコースへと早乙女さんは案内してくれた。
だけど。あの一瞬でかなり引き離されてしまったドラコのボートには、最後まで追いつくことはできなかった。
「完敗だな」
「ですね。きちんと潮の流れを読めていた……」
いや、待てよ。
そもそもこの潮を起こしたのって……。
「分かっただろう? 自分に有利な場を作る。それがドラコの強さの理由の1つだ」
「なんか……理不尽というか」
「真の強者には、
桟橋に上がり、トレイニングを解いた早乙女さんの顔は、どこか悔しげだった。そして僕もまた、その気持ちは同じだった。
もっと、精進しないと。