ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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10レ中:アドバンテージ

 北澤さんがやってきて、残り20mほどまで近づいたとき、僕は前を向き、右腕を突き出してモーターを回し、走り出した。

 

「ラスト、お願い!」

 

 北澤さんの姿はまだ視界に入っていないけど、右腕に金属の棒が押し付けられる感触で、タブレットが僕の腕にかかったことがわかった。

 次の瞬間、右から北澤さんが視界に現れて、ブレーキを掛ける音がした。

 

 さっき見えた、鮫島さんとの間にあった距離は僅かに60m程度。この差をたった2キロ半先のゴールまでに使い切らなければ、僕達の勝ちだ。

 普通に考えれば、クシーさんのスピードとポラリスの加速度が出るならそれほど難しくはない。だけど、今回の相手は松代さんなのだ。一時たりとも気を抜くことはできない。

 受け取ったタブレットを首に掛け、強く、強く一歩を踏み出した。

 

 まず飛び出して、フルノッチで加速。早いうちから個別でエンジンを立ち上げて、更にトルクを強めて加速!

 そして緩やかな左カーブを抜けると、次に待ち構えるのは上り坂だ。

 上り坂というのは、加速度にかかるデバフだ。重力加速度に勾配の余弦をかけた分だけの加速度が後ろにかかりつづける。それだけじゃない。鉄道も人間も、前に進むために静止摩擦力を使っている。これは生み出せる力に上限があって、その閾値を超えると滑ってしまって加減速ができない。上り坂はこの閾値すらも奪ってくる。

 ならばどうするか? 僕の答えは、これだ。

 

「《ハイブリッド・アクセラレーション》!」

 

 坂の手前の平坦な区間の終点まで、加速に用いる時間を稼ぎ、そして上り坂に入る直前でこれを使うことで、最も高い速度で坂を登ることができる。スタート時ではなくここまで技の使用を温存した理由がこれだ。

 坂を駆け上り、上りきったところでギアを上げる。次にやってくるのは左カーブ。空気ばねを膨らませてしっかり地面を掴みながら加速する。カーブではどうしても外側の足にかかる力が大きくなってしまうから、こうやって車輪さえまっすぐ接地できてしまえば回転数を少し上げて無茶をしても簡単に加速ができるのだ。

 そしてそれすらも抜けて直線区間をかっ飛ばして、次の左カーブで確認をと後ろを振り返ったとき、僕はここまで確認を怠っていたことを後悔した。

 

 僅か20m強、後ろに迫る緑色の人影。まだスタートから3割ほどしか進んでいないのに、みんなが稼いでくれたアドバンテージは三分の一まで減ってしまっていたのだ。

 カーブを抜ける。ここで仕掛ける。下り坂に入った僕は、一旦ノッチとエンジンの()()()0()()()()()()()

 

「ここまでありがとう、ポラリス。トモオモテ、()()()()()()()()()!」

 

 滑走中の僕を青い光が包み、次の瞬間僕の全身は統一感のある黄色へと戻った。トランジット・トレイニングは、する時こそかの光の改札機の中で静止する必要があるが、解くときはそうではない。僕はそれを、高速向けのノリモンをベースに低速向けや中速向けのトランジットをして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と解釈した。高速域においてはポラリスよりクシーさんの方が加速余力があるから。

 ただ、懸念はモーターやエンジンが動いた状態ではトレイニングを解けないこと。だからこそ、この下り坂を利用したのだ。

 

 後ろの反応はわからない。だけど、やること自体は変わらない! 切り替えたクシーさんの脚で、僕は再びノッチを入れる。加速。加速、加速!

 そして、数百メートル進んで次のカーブに入るとき。もう1度後ろを確認すれば、彼女はなお同じくらいの間を開けて食らいついてきていた。

作戦がうまく行ったのか、行っていないのかはまだ判断できないし、焦るべきか安心すべきかなどわからない。だけれど、この20mのアドバンテージを維持できていることと、彼女がクシーさんのスピードに対応できていること、この2つの事実は間違いなくここにあるのだ。

 

 次なるカーブ。ポラリスとのトレイニングほ終えたから、この区間での強引な加速はもうできない。だけれど、スピードが出ているからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()はできる。体をめいっぱい内側に傾けて、左手の車輪を地面に転がす。脚の車輪が、外側へと滑るか滑らないかの境界線上ギリギリのラインを攻めて、このカーブを抜け出す。まだまだまだ、行けるはず。

 

 だけど、感じる。

 

 電気機関車のようにウォンウォンと唸りをあげるモーターの音を。それが車輪へと伝わり、大地を震わせる音を。

 それはポラリスやクシーさんからは絶対に出ない音。モーター自身の振動は、車軸には伝わらない構造になっているから。

 それが、右後ろから徐々に、徐々に近づいてくるのだ。

 

 次の、最後のカーブに入るとき、後ろをちらりと見てもそこには松代さんはいなかった。前を向いても視界にはまだ入っていない。ならばどこだ。右後ろすぐ、僕の体自体が死角を作る領域以外ありえない。

 カーブを抜ける。前をちらりとみれば、そよ直線の先にはみんなの待つゴールライン。だけどその時始めて、前を向いているにも関わらず、松代さんの姿が視界の隅に入った。

 

 ――行かせはしない。

 

 その姿は、僕にそう語りかける。だけど、その言葉はそっくりそのままお返ししてやる!

 フルノッチで車輪を回し、脚を回して前へと進む。もう後は直線だけ。()()()()()()()()()()()()()()()()。進行方向に頭頂部を向け、目に映るのは地面だけ。

 

 勝つのは、僕だ。僕達だ。

 

 モーターが唸りを上げる。喉から言葉にならない慟哭が付き上がる。

 目線の先を、白い直線が一本だけ、通り過ぎた。

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