「おーい、山根、聞こえてるか」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
振り返れば、成岩さんが物凄い形相でこちらに走ってきていた。
「あ、成岩さん」
「『あ』じゃねえよこの大莫迦野郎! 昨日の今日で朝起きたら部屋に居ねえ、しかもチッキも端末も貴重品も全部部屋にあるのにお前の体と靴だけが無いって、こっちがどれだけ心配したと思ってる」
「え……あ、ごめんなさい」
しまった。
みんなが目覚める前には部屋に戻っておくつもりだったのに、気がつけば空はもうかなり明るい。
「わざわざこんなところまで来て、これだけ大量に足跡作ってるのを見る限り大丈夫そうだが、一応聞いておくぞ。体の方は大丈夫か?」
「体?」
手を開き、握る。背伸び。腕を振って脚を曲げ伸ばす。腕を回す。胸を反らす。体を大きく横に曲げ、前後に曲げる。ねじる。腕を上下に伸ばす。体を斜め下に曲げ、胸を反らす。旋回。ジャンプ。スクワット。深呼吸。
「見ての通り、絶好調です」
「昨日ぶっ倒れた奴の言動とは思えないな! まぁ部屋から脱走する元気はあるのはわかってたけどな。まぁ元気ならいい、戻るぞ。細かい話はメシの後だ」
「はい」
……うーん。なんか大事なことを忘れているような。なんだっけ?
「それで、君は何をしていたのかね?」
朝食の後、僕は布団の上で正座して4人に詰められていた。完全に僕が悪かったので文句はない。
「朝目が醒めて、ランニングを……」
「北澤君、彼がランニングを日課としていたという噂は、過去に君のもとに入ってきたことはあったかい?」
「一度も聞いたことない。スクールの時から」
そりゃそうだ。そんな習慣全くなかったし、入っていたとしたらそれはフェイクニュースだ。
「なんだかとても、走りたかったんです」
「嘘はよくない」
「待とうか、佐倉君。嘘だと決めつけるのもまたよくない。成岩君。彼を見つけたときの周囲の状況は?」
成岩さんは端末に1枚の写真を表示した。砂浜の脇の崖の上から、砂浜を見下ろすように撮影されたもので、波打ち際に僕が立っているのが写っている。
「残ってた足跡を見る限りじゃ、あのビーチに半日以内に入ってったのは山根一人だけ。それとは別に、大量に砂が抉れた跡が端から端まで一本連なって、まるで畑の畝のようになっていた。ま、しばらくすりゃ潮が満ちて波で均されるだろうがな」
「なるほど、そこを走っていたんだね? 何度も何度も」
8つの目線の先が、成岩さんの端末から僕へと移ってきた。
「そうですね、走る度に所要時間が短くなっていくのが楽しくて」
嘘をついてもしょうがないので正直に話すと、目線のうちいくつかは呆れたものを見るようなものへと変わった。
「ふむ……。ならば少なくとも、状況的には一人そこを走っていたというのは間違いなさそうだが」
「もしかして、リレーで負けたこと気にしてる?」
「うっ……」
グサリ。だってあれ、明確に僕が抜かれたのが敗因だし。気にしないわけがない。
「図星か」
「なるほど、理解」
「だって僕が抜かれなかったら勝ってたんですよ?」
「アタシの方が距離詰められてたよ?」
「そもそもなんで抜かれない前提で話ししてんだよ、無理に決まってんだろ」
「やってみなきゃわからないじゃないですか」
そう、成岩さんに反論したとき。
「……山根君」
普段よりも低い声が、早乙女さんの口から発せられた。
「あまりJRNを嘗めない方がいい。君たちの期は例年になく粒揃いで、君も
いつになく真剣な表情で、諭すように、ゆっくり、はっきりとそう告げられる。それに対して僕は言葉が浮かんでこず、「……はい」と返すのが精一杯だった。
「これは内部でのトレイナー同士での戦いなんだ。必ずしも勝てなくたっていい。もう少し、肩の力を抜いていい」
打って変わって柔和な笑みを浮かべて、早乙女さんはそう言ってくれた。
その言葉は、今まで聞いてきた教えとは、正反対のものだった。
「でも、本気でやらないと失礼だというのは、早乙女さんの……」
「もちろん、本気なのが悪い事とは言わないし、それで負けた悔しさを乗り越えることで得られる強さも当然ある。だからこそ、君は今朝抜け出した。違うかい?」
「……そうです」
「だが、それはやっている最中の話だ。始まる前や終わった後まで緊張していると、このスケジュールでは休まる時間が無い。すると自分が疲労していることにすら気づかなくなるし、昨日のようにまた倒れることになるよ」
それを言われると、反論ができない。
昨日倒れてしまったのは、紛れもない事実なのだから。
「そういう訳だから、今日明日は安静にしていなさい。明日の競技の観戦も駄目だ」
「いや、元気ですよ?」
「倒れても
「はいよ」
急に背中を叩かれ、僕はそのまま布団にうつ伏せに倒れこんだ。そしてすぐに腰の上に何かが乗る。
ぺたり。何かが太ももを撫でる。そして、ある一点で止まると、円を書くようにやや強く棒のようなもので押される。
少しくすぐったくて、膝から先がぴょこんと跳ねる。
「あの、何を……」
「やれ」
「はい」
瞬間、太もものその一点に思いっきり衝撃が沈み込む。
「えっ……¢£%#&□△◆■!?」
朝の合宿所に、一人の男の声にならない悲鳴が響いた。