――どうしてこんなことになったんだよ。
イングランド中西部、クルー・ダービー線。べーテクは訳もわからぬまま、このローカル線を駆けていた。
(おかしいと思ったんだよ、どうしてセント・パンクラス駅じゃなくてユーストン駅から列車に乗ることになったのかとかね。アドパスくんはクルーという街に知り合いがいるから寄っていきたいとごまかしていたけど)
実際、クルー駅の横にはアドパスの妹である車が保存されており、彼女の言葉には
べーテク達がクルー駅に戻れば、何故か既にダービーで合流する手はずになっていた人のうち数人が到着していたのだ。だがしかし、ダービーへ向かうクルー・ダービー線の列車はキャンセルされている。その理由はレールレース、George Stephenson Cupの開催だ。
このレースは英国鉄道の父たるジョージ・スチーブンソンの名を冠したレースで、鉄道車両工場のあった町・クルーから、国鉄時代より続く鉄道車両工場が唯一残る町・ダービー、ジョージ・スチーブンソンが晩年を過ごした町・チェスターフィールドを経て、著名な蒸気機関車を数多く生み出した町・ドンカスターへと至るコースを走る、まさに彼の名を冠するにふさわしいレースである。
そして、べーテクがまさかなと思いながら残りの合流する予定の人がどこで待っているかを尋ねれば、ドンカスターで待っているというのである。
「アドパスくぅん?」
「安心して下サイ。登録は済ませてありマース!」
INNOVATECH。アドパスから渡されたゼッケンにそう自分の名前が書かれているのを見て、そしてそれが用意されているという事実に、べーテクは全てを理解したのだった。
「一応聞いておくよ、僕のぶんのドンカスターに行くきっぷは」
「ありマセン!」
「はぁ。走ればいいんだね?」
「理解が早くて助かりマース。あと、このレースこれからしばらくお世話になる方々も見てマースので」
「それはそれは怖いねぇ」
そして、準備をするべーテクを横目に、アドパス達はマンチェスター・ピカデリー駅行きの列車に乗り込んで、ドンカスターへと向かったのであった。
そして、レースが始まって今に至る。
(流石に悪目立ちはしたくないけれど、アドパスくんの顔に泥を塗る訳にも行かないからねぇ。とりあえず、中盤に差し掛かったら前の方でとっとと飛び出していった、あの目立つ水色の彼の数チェーン*1後ろにつけて、抜かれるたびにつける対象を変えながらゴールしよう)
だがここでべーテクは1つミスを犯した。彼のいた中団の集団と、彼がつけようとした水色のノリモンのいた先頭集団の間の距離はどんどんと長くなって、ストックオントレント駅を過ぎる頃には視認することすら能わなくなってしまったのだ。
(遅すぎるよ、この集団! あんまり目立ちたくはないけど、仕方ないね)
「行くよ、《ハイブリッド・アクセラレーション》」
ロングトン駅を通過してまもなく、べーテクは中団から抜け出して加速し、先行集団を追いはじめた。そしてダービー駅にたどり着いたころにようやく先行集団に追いつく。だが、それはクルー駅で見たものよりも遥かに少ないノリモンしか含まれていなかった。
分裂している。そう感じた彼はミッドランド本線に入って更にギアを上げて4速に入れる。そしてチェスターフィールド駅を通過して旧線へと入ったところでようやく先頭集団を捕捉した。しかし、そこにかのノリモンの姿はない。それすら引き離して、更に先に行ってしまったのだろう。べーテクはそう解釈した。
(これが、本場のレースか。なんだか、
そして先頭集団すらも追い越し、べーテクは全力を出してスウィンドン駅の小さな右カーブを鮮やかに抜け、ひとり最後の路線、スウィンドン・ドンカスター線へと入った。後ろの集団を引き離して、それが見えなくなってなお、かの水色のノリモンは彼の視界に入らない。
べーテクは気がついていなかったのだ。
そして、それを知らないべーテクは既に先頭にいるのに、存在しない先頭走者を追いかけ続けているのである。それに彼が気づくことは、ゴールであるドンカスター駅に到着、停止した時でなおできていなかった。
(……結局、追いつけなかったよ。さて、彼は……あれ、いない)
そうキョロキョロと辺りを見回すべーテクに、1人の男が近づいた。レース主催側の係員だ。その彼の言葉を聞いて初めて、べーテクは自らの大きな勘違いに気がついたのであった。
「Congratulations, The Innovatech! You are the FIRST TO ARRIVE!」
「えっ? あ……Thank you. It doesn't feel real yet.」
そしてドンカスターで待っていたダービーの人や、しばらくして到着したアドパス達に祝われながら、べーテクの出張の業務は始まったのだった。