鳥満絢太は、頭を抱えていた。
超次元の謎を解明するには、人の活動できる期間は余りにも短すぎる。彼ももう、既に定年退職に向けた準備を始めなくてはならない年齢なのだ。
「認知し得ぬものというのがこれほど厄介だとは、この研究を始めた頃は思いもせんかったのう」
「急にどうしたんです、博士」
そのボヤキに、ナリタスカイが答えた。
鳥満の研究室には、若い研究者もいる。彼らの能力が劣っているかといえば、決してそうではない。例えばこのスカイも、一桁世代の優秀なノリモンのひとりだ。
だがしかし、後をノリモンに完全に託してしまっては、人間でしか認知できぬ、あるいは問題にならぬ領域の研究は取り残されてしまう。それが鳥満の懸念でもあった。
「のうスカイ、私は間違えてしまったのかもしれんのう……」
「何を?」
「ラッチじゃよ。あの頃は周囲への被害がこれで無うなると思っとった。じゃが今となってはそれで引き起こしたトレイナーの不足、トレイナーへの配置転換、そして肉体的あるいは心理的外傷によるJRNからの離脱。今でこそトレイナーの絶対数が増えたゆえ持ち直してきとるが、私等当時ですら前線に立つのが怪しうなってしもうた老いぼれと今の若者世代の間がごっそり抜け落ちてしまっとる。その原因を作ったのは、紛れもなくこの仕様でのラッチを世に送り出した私じゃよ」
「……博士、あんたらしくないぞ。嘆いても過去は変えられない。だからこそ、より良い未来を作るべく努力すべきだ、そう言って俺達を励ましてくれたのはあんたじゃないか」
「そうじゃったな……」
スカイに宥められ、鳥満は顔を上げた。
(今の私にできることは、私がここを去らねばならぬその時までの間に、超次元の謎を1つでも多く明かすことじゃ)
「すまんのスカイ」
「何かあったのか、博士らしくもない」
「うむ。興味深い名前を聞いてな」
鳥満は胸ポケットから時計を取り出し、そのウォッチフォブの蓋を開けた。
そこには、小さな長方形の厚紙が一枚。
「それは……」
「私のキールたる相棒のチッキよ」
「へぇ。一度お目にかかりたいね」
スカイは無邪気に、悪気なくそう言った。
だが、それを聞いた鳥満の顔には、影が差さっている。
「私だって君達には会わせてやりたいと思っとるが、
「……すまない。……ん、
「難しい、で合っとるよ。私は彼が亡うなっとるとは思っとらん。いつかは必ずや」
そう答えると、鳥満はそのウォッチフォブを握りしめ、目を閉ざした。スカイはそんな博士に、かけるべき言葉を見つけることができずに、ただただその様子を見ているほかなかった。
そうして、少し、だがスカイの感覚では遥かに長い時間が経ってから、鳥満は口を開いて語りだした。
「君がJRNに来るよりも前……いや、車として生まれるよりも前の話じゃ。クィムガンが発生し、いつもどおり彼が対応に向かうのを見送って、それっきりじゃ。戻ってきた他のノリモン達に話を聞けば、彼がSバーストの直撃を受けて以降その場から消え失せたのだと。それっきり、今なお行方はわからぬまま」
「……すまん、俺の配慮がなかった」
「いいんじゃ。彼はまだ生きておると、私は信じとる。それが例えこの次元の外側であろうとも」
スカイは理解した。散々文句を言いつつも、鳥満がこの道に進んだ理由を。
鳥満はその行方を追うつもりなのだ。超次元の彼方へと消えた親友を。そしてそこへと向かう術を探さんとしているのだと。
だがスカイもまた、超次元を追う研究者なのだ。それがどれだけ難しいことであるのかも、理解できてしまっている。
そして、またもやスカイは、かけるべき言葉を見失った。
「博士……」
「今でも時折夢に出るんじゃ、彼がの。その夢枕で、私と彼はお互い知り得ぬ話をする……そこから着想を経て、研究が進むことも多々あってのう」
「それは、本当に夢なのか? 彼がモヤイから送ってくるものでは」
「私にも分からない。じゃが、ただの夢でない蓋然性が高まってきとっての。この度そこでしか聞かぬ彼独特の言い回しを、別の筋から聞くことができた。それは偶然なのじゃろうか?」
「言い回し?」
「うむ。彼は夢の中で自分が今いる場所を
「また独特なネーミングセンスで……」
「じゃろ? じゃから確信したのじゃよ、その名をつけたのは間違いなく彼じゃと。そして、先程の興味深い名前というのは、まさにこのどこでもないゾーンのことじゃよ。この前理事長から伺った話……ラチ内での行方不明となった事象。その原因もSバーストじゃろうと推測されとる。して、その行方不明となったトレイナーというのが、サクラのおるユニットのメンバーでな」
「もしかして、この前俺が案内した彼か?」
「その彼じゃ。昨日電話口で話を聞くことができたのじゃがな、Sバーストの後、彼は
「……もしかして、そいつが。俺にはそんな愉快な名付けをする奴が複数いて、しかもそんな場所にいるとは思えない」
「君もそう思うか」
そう言うと鳥満はウォッチフォブからチッキを取り外して、そのチッキへと語りかけた。
「のう、私等は案外もうすぐまた会えるのかもしれんの、