男子三日会わざれば刮目して見よ。そんな言葉がある。
スクールに所属していたあの別れの日。友人の綾部が唐突にこんなことを宣った。
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うじゃん? ならさ、500日くらいこの3人で連絡絶ってみようぜ!」
共に過ごしたスクールの日々はわずかに1000日強。今思えば、狂気の沙汰としか思えないような提案。
だけど僕達はその提案に乗った。そして連絡先をお互いに全て削除し、翌日揃ってJRNに入った後はそれぞれの道へと進むことになった。
僕はロケット。程久保はサイクロ。綾部はノーヴルへと。
そして、その日から500日が経った今日。
僕はまだ日の出る前の午前3時から、約束の地へと走り出す。
新府中街道を南へ。関戸橋を超え、多摩市に入る。約束の場所はもうすぐそこだ。
東京都多摩市連光寺。都立桜ヶ丘公園、ゆうひの丘。北側に開けたこの丘は、多摩川右岸でも有数の眺望スポットだ。
僕がそこにたどり着いたとき、そこには待っている人がいた。
「500日ぶりだね」
「久しぶり、程久保」
彼は程久保。生物に明るく、そして3人の中でここ桜ヶ丘公園によく訪れる友人だ。
僕達3人はスクールの頃はよく行動を共にしていたけれど、皆それぞれお気に入りの公園が違っていた。僕は稲城の稲城北緑地公園、程久保は多摩の桜ヶ丘公園、そして綾部は府中の武蔵野公園。それぞれ5km弱離れた公園だ。
だから3人で集まる時はそのどこか1つに集合して、逆にそうでないとき――この500日間もそうだ――はお互いそれぞれの公園で特訓を重ねていたのだ。
「変わらず元気そうで何より」
「そういう君もね。いくつかのルートから、君の活躍はわざわざ張っていなくても流れ聞こえているよ」
「えっそうなの……」
なんかそれはそれで恥ずかしいというかこそばゆいというか。一方的に情報はそっちにわたってるのか。
「で、言い出しっぺは一緒じゃないのかい」
「一緒なわけないでしょうが。僕とアイツとも連絡絶ってるんだからね?」
「そうだったね」
そもそも、約束の時間は夜明けの時刻だ。なぜ夏場なのにこの時刻にしてしまったのか、500日前の僕達を殴りたくなってくる設定だ。しかも連絡手段を全て滅ぼしてしまったのでリスケジュールもできなかった訳で。
それから3つ並んだうちの真ん中のベンチに掛けると、少しずつ空が白み始めて。
そして。
「待たせたな、お二人さーん!」
その懐かしい莫迦の声が東側から近づいてきた。
僕達は立ち上がり、彼を出迎える。そして彼のその姿に、僕は驚きを隠せなかった。
「おーっす! 久しぶりじゃねぇか、元気してた?」
「ははは、変わってないね、キミは……って」
「なんで一番元気そうな声を上げてる綾部が一番元気そうじゃない見た目してるの……」
やってきた綾部は、車椅子を転がしてゆうひの丘に現れたのだった。
「いや、キミどうしたのさ。その足は。骨折かい?」
「いんや、腱炎。去年の暮れかな? 訓練中にドジッちゃってよー。今はリハビリ中でさ、もう普通に立ったり歩いたりはできっけど、念を入れて車椅子生活よ」
「お、お大事に……」
社交辞令的にそうは伝えたけれど。見る限り綾部の顔に陰りはなく、この車椅子生活をエンジョイしているようだった。さっきの車椅子捌きだって、そりゃ見事なものだったしね。
「念のため聞いておくよ。どの腱をやっちゃったのさ」
……あ。こりゃ程久保の生物オタクのスイッチが入った奴だ。止めようかとも思ったけど、怪我まわりについてはかなりためになるし放っておこう。いつ僕が同じ怪我をするかもわからないからね。
「ん、アキレス腱炎」
「オーソドックスだね」
「と、長母趾屈筋腱炎に長趾屈筋腱炎」
「……うん?」
「それと、長母趾伸筋腱炎と長趾伸筋腱炎」
「ちょっと待とうか」
「それに長腓骨筋腱炎と短腓骨筋腱炎、あと後腓骨筋腱炎、ぜんぶ両足ともな!」
「主要な足の腱が全滅してるじゃないか。何したらそうなるのさ!」
「いやーちょっと走りすぎた」
「それちょっとじゃないよね絶対? しかも全部同時って、君は天才なのか莫迦なのかどっちなんだい」
そう言うと程久保は車椅子の上の綾部に掴みかかった。……って。危ない!
流石にこれは止めに入った。
「落ち着いて、落ち着いて程久保。綾部は一応怪我人だ」
「そうだぞ」
すると彼は少しだけむっとした後、ベンチに掛ける。
「……はぁ。まぁいいよ、この程久保の足じゃない。その足はキミの物だ」
「いや、骨は一度折れて治った方が強いって言うじゃん?」
「それ繊維細胞には通用しないって知ってる? ともかく、再発には気をつけなよ?」
「はいよ」
それから再び連絡先を交換してから、お互いに近況報告をしていると、少しして朝日が建物に当たるのが見えた。
「いやー、やっぱ綺麗だな、このゆうひの丘から見る朝日は!」
「約束があったから僕達ここには来てなかったもんね」
「……律儀な。この500日、こんな朝早くにはここに来ていないよ」
「ええっ! 勿体ない」
「だいたいここはゆうひの丘だよ? 似た景色は夕方のほうが好きだね」
「はぁ? つまんねー奴だな」
「つまらん奴で結構。君みたいな奇人と一緒にしないでくれ」
「何だと!」
……なんだか懐かしいな、この感覚。今のウルサとかの居心地が悪いわけではない……どころかかなり良いけれど、肩の力が抜けるのはだんぜんこっちの関係の方だ。
それからしばらく話したあと、またの再会を誓ってから僕達は桜ヶ丘公園を後にした。