ポラリスの走りは、一言で言うとかなりめちゃくちゃだった。
真横から見ればわかる。めちゃくちゃなフォームでどう考えても地面に力を伝えられていない。なのに体幹は全然ブレていないし、おまけに足の動きはとんでもなく速い。
はっきり言って意味がわからない。この常識外れの力こそが、ノリモンなのだ。
だけれど。
いくら常識外れの力を持っているからと言って、型無しでいい訳ではない。きちんとした型を得ることができれば、ポラリスはもっと速く走ることができる。
「なるほど。遠目に見るとただ速いだけだが、その実は素質に任せて基礎がなっていないタイプか」
「えぇっ!?」
「早乙女さん!? なんで並走してるんですか」
「悪いかい? 久々に成ってからきちんとした調整を受けていないノリモンを見て、トレイナーとしての血が騒いでしまってね」
視線をポラリスから外して早乙女さんに向ければ、その眼は見たことがないほどにキラキラと輝いていた。
近年ではトレイナーの役割というのは、対クィムガンとしての戦力としての面ばかりがフォーカスされがちである。しかし、このようにしてノリモンの力をより強く引き出しうる状態まで持っていくことこそが、トレイナーの
そして、この早乙女さんは数多くのノリモンとトレイニングしている生粋のトレイナーだ。なるほど、こう考えると今更ながらポラリスをウルサで預かるということを早乙女さんが受け入れたのも頷けるといえる。端っからこれが目的だったんだ、早乙女さんの!
「早乙女さん、一応言っておきますが……」
「はは、わかっているよ。君にもその経験は必要だ。だから直接は手出しはしない。だが、逆に言えば君はまだこの経験が無い」
「……わかりました」
ほらやっぱり。僕は確信した。早乙女さんは僕にこの役割の指導をしようとしているのだ。クィムガンへの対応の訓練と平行で!
こりゃ忙しくなりそうだな。そう思いながら僕はポラリスに意識を戻して、並走を走りきった。
「さてポーラーエクリプス号。走ってみてどうだったかい?」
「どうって……普通?」
ポラリスは首を少しだけ傾けてそう言った。
まぁそうか、本人にとってはそれが普通になっちゃうのか……。
「それが、君の感覚なんだね? じゃあ山根君、君の目にはどう映った」
「正直に言いますと、ポラリスの走り方はかなりぎこちないですね。どうしてそういう動きになるのかをわからないまま形だけ強引に同じになるようにしている風に僕には見えました」
「えぇーっ! うそぉ」
「きちんと見ているようだな、私も同感だ」
「というか、事前に傾向とか聞いてるのでそこも合わせてですけど」
「そうか。ならば、やってみなさい」
見様見真似でいろんなことを吸収しようとして9割くらいは上手くいくけれど残りの1割で根本的なミスをする。これはベーテクさんやアドパスさんから事前に聞いているポラリスの傾向だ。
たとえばアドパスさんから聞いた例だと、紅茶をいれるお湯を沸かすために水をポットに入れるとき、水の中に空気を混ぜ込むために勢いよく水を入れているのを、その理由をわからずに真似しようとして思いっきり零すわ結局斜めに容器の壁にあたって射流になってしまったので空気が入らないわで散々なことになったことがあったらしい。
そんな訳だから、この走るフォームについてもまぁどうしてこうなったのかはなんとなくわかった。
「そうだねぇ。ポラリス、今度は僕のジョギングに併せる形で、一回ゆっくり走ってみようか」
「わかった、やってみる!」
このポラリスの走り方では、速度が低いと上手く走れない。まずはそれを自覚してもらうところからだ。
僕は時速5kmほどでジョギングを始めた。ポラリスは後ろからやってきて、そして僕を追い越してしまう。
「ポラリス! 僕の隣を走るんだ」
「そんなゆっくり走れないよー!」
「僕より足も短いんだからできないわけがないよね?」
やっぱり。
ノリモンの中には、スプリントはできてもジョグができない者が少なくない。多くのノリモンにとって徐行とは、足を止めて車輪やプロペラをゆっくり回すことであって、足をゆっくり動かすことではないからだ。
早乙女さんの方をちらりと見る。彼は力強く頷いた。わかった、
「まずはジョギングできるようになろうね、いろいろ教えるから」
「はーい」
「まずね、腕のフォーム。肘は伸ばさずにできるだけ直角に。手はピンと伸ばすのじゃなくてだらんと力を抜いて。そして腕を振るときは真後ろに、斜めじゃない」
ポラリスの手を取り、その形を作りながらその体に刻み込む。足回りも同様に覚え込ませる。
そして一旦走らせてみてから、直っていないところをまた覚え込ませる。これを3回ほど繰り返したところで、ポラリスはようやくジョギングができるようになった。
「どうだいポラリス、違うでしょ?」
「……うん、走りやすい」
ポラリスは俯きながらそう答えた。
「なんか不満そうな顔してるけど、言わなきゃわからないよ?」
「ずるい」
「……え?」
「ズルいよー! こんな楽な走り方があるなんて、お兄ちゃんも富貴も真也も今まで秘密にしてたんだもん!」
だもんって言われても。
そもそもまともに走れない事を今まで知らなかった訳だし、速度を落とさずに走ってる分にはよく見てみないと違和感を感じなかったし……。
結局その後、もう一度本気で走ってもらったら本当に目に見えて速度が上がっていた。やっぱりこの子速い……。