レールレースは、そのほとんどが生きた線路を利用して行われる。廃線になってしまった跡地を使って行われるものもあるけれど、そういうものは決して多くはない。そもそもそういうところはアクセスに難があるので、観客が集まりにくいのである。
だが、しかし。生きた線路というのは、少なからず利用者がいる。レースの為に列車を止めれば、振替輸送にだってお金がかかる。それでもなおお釣りが来る参加費収入、入場料収入、グッズ売上そして経済波及効果があるからこそレースが開催されているのだが、だからといってあまりにも頻繁に行えば顰蹙を買うのは間違いがない。
ならば。アクセス性がよく、利用者も少ない。そして、運休させても代行輸送に困ことがほとんどない。そんな路線があれば、レースにはもってこいだ。
とはいえ、流石にそんなに都合のいい路線があるわけ……。
「すぐ近く、府中にございますが」
「そうなんですか?」
「えぇ、確か本日もレースを開催していたと記憶しています。実際に赴いて、その空気を感じるのもいいかもしれません」
彼女の言う都合のいい路線。それは、東府中の駅から伸びるわずか1駅、0.9kmの支線だ。普段は2両編成のワンマン電車がトコトコと往復するだけで、日中ともなれば乗っているお客さんの数が乗務員の数より少ないこともよくあるくらい。そもそも、終点の駅は10分も歩けば府中駅までたどり着けるし、特急や準特急は東府中を通過して府中に停車するのだから、朝晩のラッシュ時と競馬開催時を除けばほとんどお客さんがいないのだ。
そんな競馬場線、通称馬線は、間違いなく関東で最も多くのレースが行われる路線なのだという。というか、そもそもの成り立ちからして、レールレースではないが競馬というレースのために作られた路線である。その気合いの入りようといえば、線路脇に10チェーン毎に目印となる棒が立っていたり、スタートなどの基準となる線も常設のものだったりするほど。短い路線なので、行われるレースは全てタイムトライアル形式のシャトルランではあるが、それでもコアなファンも少なくないのだという。
そんな話をしながら、府中本町の駅から歩くこと10分。僕達は府中競馬正門前駅に到着した。大人2枚子供1枚の入場券を買って改札を抜ければ、だだっ広いホームには電車が停まっていて、その反対側には一部に観客の人だかりができている。
「駅のホームに屋台が出店してる……」
「比較的、よく見かける光景かと」
そうかなぁ?
そう思い、もう一度その屋台の方に目をやれば、隣にいたはずのポラリスが列に並んでいた。
「三元豚ロースかつカレーのマイルドをお願いしまーす」
「はいよー」
「なんでカレー……」
そもそもどうして催事の屋台でカレーを売っているんだ。そこは普通は焼きそばとかお好み焼きとかじゃないのか。
いろいろと疑問は絶えないけれど、まぁ普段の鉄道駅とは異なる雰囲気を醸し出しているということは存分に理解できた。
駅の電光掲示板を見れば、そこに記されているのは次の電車の情報ではなく、走るランナーの名前。普段はろくでもないことが起きたときにしか使われない運行情報のホワイトボードには、駅員さんお手製の応援イラストが描かれている。『府中
はぐれないように、ポラリスの手をしっかりと握ってホームの先の方まで行く。聞き耳を立てれば、人だかりの中ではワイワイガヤガヤとレースファン達が雑談をしている。
「オマエらは誰が勝つと思う?」
「やっぱり
「いいや、俺は見えざる足、メカマセンゾク号が上回ると思う。最近ワンウェイから転向してきた奴だから、まだシャトルランの場数は多くはないが、あの加減速はシャトルランでこそ輝くんじゃねーのか」
「確かに競馬場線
「だろ?」
「だがこうも短い往復だと、加減速のキレだけでなく、より手前で停まり折返すためのブレーキングのテクニックが重要になる。転向してきたばかりのメカマセンゾク号が、アオキジェット号程の役者足りうるだろうか?」
「確かに。ワンウェイじゃかなり深いところで停まるしな……」
ある者はこんな風にレースの予想をしたり、またある者はランナーの推しポイントを語り合っていたり。
そんな人の間をかき分けながら、ホーム先端付近の仮設ベンチに空きを見つけて3名並んでかけると、駅のスピーカーから接近放送のメロディーが流れる。
レースが、始まる。
線路の方を見れば、第一ランナーのノリモンがホームから飛び降り、そして入線してホーム中程のスタートラインの手前の位置に停まった。彼の目線の先、ホーム先端の代用手信号現示位置では、駅員さんが手に持つ二本の旗のうち、赤い方の停止信号を意味する旗を掲げている。
バサリ。駅員さんが掲げる旗を、進行を意味する緑色のものに変えた。タイムトライアル方式でのスタートの合図だ。それと同時に、ランナーが駆け出したのだった。