第一ランナーは、走り出して1分半ほどしたころに東府中での折返しを済ませて、府中競馬正門前への最初のアプローチを仕掛けていた。回生ブレーキのインバータの音が、空気ブレーキのブレーキパッドが車輪を擦る音が観客席まで響き、観衆を沸かせている。
そしてスタートラインを少し超えたところで、彼は飛び上がってくるりとその場で回って方向転換をすると、すぐさま東府中へ向けて走り出した。この一連の流れはかなり完成されていて、思わず息を呑む程に美しい。僕は現場や訓練で似たようなことをやったことはよくあるけれど、ここまで美しくはできないと思う。
そしてそれを6回繰り返してから、8度目のアプローチ。今までの進入とは明らかに違い、やや速い速度で彼は府中競馬正門前駅に突っ込んできた。そしてまたけたたましいブレーキをかけながらスタートラインを通り越し……車止めの、すぐ手前でようやく停まった。
「停止位置、よし!」
『停止位置、よし! 所要、12分34秒56』
ランナーの喚呼とその復唱の後に、狙ったかのようなきれいな数字がアナウンスされる。そしてその記録にまたワァっとホームが騒がしくなった。ちなみに、近くでうんちくを撒き散らしていた中年男性の話によれば、このレースだと12分50秒を切ることができれば早い方に分類されるそうだ。
……いや、はやくないか?
この数字だけだとそれほど速くは見えないし、実際僕だって普通に走るのならその5倍以上は出せるけど、忘れちゃいけない、これはシャトルランなのだ。1/2マイル毎に停まって向きを変えなきゃいけないことを考えると、例えばわずか1/4マイルで倍の120km毎時まで到達して、同じだけの減速度で停まる……これでようやくそのタイムになる計算だ。
これだけならまだできなくもなさそうだけど、反復するとなれば話は別だ。基準となる地点より手前に停まりそうになったらブレーキを緩めなきゃいけないし、奥まで入ってしまえばその分走るべき距離が延びる。どちらもタイムが長くなる原因となりうる。それを15回も行うだなんて……。
「狂気?」
「否。この路線は馬車軌かと」
「違う、そうじゃなくて……」
真顔で的を外した答えをするロイヤさんは置いておいて、僕はホームに上がってきたランナーの方を見た。彼は酷く体力を消耗したようで、駅員さん二人がかりで今は使われていない旧降車ホームへと引き上げられている。そしていれかわりに次のランナーが旧降車ホームから降りて入線すれば、また周りは騒がしくなった。
「頑張れー! センちゃーん!」
「いい記録を出しちまえー!」
――メカマセンゾク。入線したのは、草色の装いに身を包んだ、メカマ軍団のスピードクィーンだった。
ゆったりと、スタートラインへと歩く彼女。だけど彼女を包むオーラは、明らかに先程のランナーとは異なるものだった。
そして、バサリ。代用手信号の手旗信号が振り下ろされた。
「出発、進行!」
その、掛け声が聞こえるや否や。彼女は――その場から、
いや、本当に消えたわけじゃない。恐ろしいまでのスタートダッシュを決めて、出発していったのだ。これが、
旧降車ホームに立っている、普段は広告を表示する液晶モニターが、追跡するようにカメラがとらえた東府中へと向かう彼女の姿を映し出す。
彼女は、笑っていた。忙しなく動く下半身とは対照的に、その笑顔が崩れることはなかった。そして東府中に向けて速度を落と……していない?!
そう思ったのも束の間。彼女は東府中の手前、右カーブにてくるりと
「何を」
「片側の車輪だけに空気ブレーキを作動、トルクを発生させ、その場で回転し前後入替。見事なブレーキ捌きです」
「えっなにそれ……」
そして車輪とレールの間に盛大に火花を散らしながら、東府中に入線するメカマセンゾクさん。彼女はまだ後ろ向きに進んでいるのにもう前へと走り出す動きを見せる。
そして東府中の2番線に設けられた基準線を越えたところで、まるでバネが復元するかのように府中競馬正門前へとロケットスタートを切った。
「はっやーい!」
「アレ本当に転向してきたばっかの動きかよ」
観衆の反応からも、彼女の動きが常軌を逸脱していることが窺える。
そしてその動きの秘訣は、同じ事を府中競馬正門前で折返しをする際、目の前の線路で間近に
「このモーターの音は発電ブレーキを使ってませんね。後ろ向きに進みながら、ノッチを……?」
なるほど、彼女は
そしてこの見事な動きを繰り返した彼女が8往復に要したのは、わずか11分57秒43。12分を切る、素晴らしいと言えるタイムで暫定1位へと躍り出たのだった。