それからしばらくは、ぱっとしないランが続いた。中には12分台前半に乗るランナーもいたけれど、その逆に16分近くかかったり、あるいは最後の最後に勢い余って車止めに激突して失格になったり、果には脱線してその片道からやり直しになったり。だけれど、ホームにいる人の数はだんだんと増えてきて、その空気もどんどんテンションが上がっていくのが感じ取れる。それはやはり、皆が期待している彼が走るのがだんだんと近づいてきているからだろう。
第十二走者にして、最終走者――アオキジェット。シャトルラン最強と言われるそのノリモンが、まもなく1番に入線しようとしていた。
焦ることなく。落ち着いた様子で。ゆっくりと、本屋から歩いて旧降車ホームに姿を表せば、瞬く間に歓声に包まれる。
「いいなー……」
それを見て感じたのだろう。ふと、ポラリスがそう零すのが耳に入った。
「どうしたの、ポラリス」
「ねぇ、なれるかな? ポラリスも、あのひとみたいに」
そういうポラリスの顔は、少し影がさしている。
でも、きっとなれる。そんな気がして、返そうとしたとき。
「なれますよ、きっと」
ポラリスの反対側に座っていたロイヤさんが、そう、力強く発した。
「ねーさ……ロイヤ」
「貴女は未だ不完全で、足りなくて、始まったばかり。ですから、不毛の怨嗟ではなく、花が咲くべきです。
ロイヤさんのその言葉にも、どこか悲しげな、いわば懺悔のようなニュアンスが漂っている。それと同時に、まるで何かを誓うかのような、決意のようなものが、薄っすらと滲み出しているのが感じられた。
「……うん、ポラリス、がんばる」
「僕達も、君が輝けるように手伝うよ」
「えぇ。ですから、貴女はただ前だけを見ていればよいのです。……まもなく、出発の合図が出ます」
その言葉に1番線へと視線を戻せば、既にアオキジェットさんは入線を済ませ、旧降車ホームの先では駅員さんが赤旗を掲げている。
そして、観衆が静かになり、あたりが静寂に包まれたとき。駅員さんが反対の手に持つ緑旗へと入れ替えて掲げた。
「出発進行」
アオキジェットさんの声が響き、走り出したのが見える。一体何が最強たらしめているのだろうか。少なくとも、この起動加速はかなり鋭いけれどもメカマセンゾクさんみたいな理不尽なものではないし、道中の様子も特に述べることはないほどに普通だ。
だが、異変が起きたのは、東府中の場内へと進入しようとしたときだった。
「……えっ?」
思わず困惑の声が漏れる。モニターに、奇行が映っている。周囲では、同じような声と、慣れた人の歓声が混じってる。
「どうして、コサックダンスを……?」
そう、アオキジェットは走りながらコサックダンスのような動きをして減速しているのだ。そして東府中の基準線の真上で停ま……らない!
なんと言うことだろうか。そのままコサックダンスを続行し、後ろに蹴り出して府中競馬正門前に向かう速度を上げている! つまり、
「これだぜ! この走りだ! アオキジェットに方向転換なんて必要ねぇ!」
興奮した観客が、そう叫ぶのが聞こえる。そしてすぐに後ろ向きに走ってきたアオキジェットさんは府中競馬正門前に入線し、また前向きに東府中へと折返した。
そしてモニターに、この往復のラップタイムが表示される。
「凄い……! 後退してに走っているのに、タイムが変わってない」
「等速。これがアオキジェット号が最強のシャトルランナーと評される所以」
「なるほど……」
アオキジェットさんはそのまま8往復、復路を逆向きコサックダンスで走り切っていた。どうして逆向きからきちんと基準線をギリギリ超えて理想的な再出発ができるのかは本当に謎だ。だけど、最後に突っ込んでくるときはきちんとラインを超えて深いところまで突っ込んできていた――基準線を超えたタイムが記録になるからだ――あたり、確実に自在にブレーキを扱っているのは確かなようだった。
『停止位置、よし。記録、11分46秒84』
そして、出てきた総合記録は圧倒的だ。暫定一位であったメカマセンゾクさんの記録から10秒も縮めての堂々の優勝。ゴールインしたときから、表彰が終わりインタビューが始まるまで、歓声が絶えることはなかった。
だけど、その、インタビューにて。
アオキジェットさんは、また別の意味で観客を騒がせたのであった。
「将来的に海外挑戦して、2029年のRainhill Trialを目指すという目標は変わってない。だけど、今日初めてメカマセンゾク号の走りを間近で見て、このままシャトルランだけやっていればいいというわけではどうもなさそうだと感じた。だから。しばらくは、またワンウェイを走ってみたいと思う」
【府中S葉CS】SR王者アオキジェット、次走はOW挑戦へ
|
|
後ろ向きで府中競馬正門前に進入するアオキジェット号(記者撮影)
◆府中シャトルランタイムトライアル葉月チャンピオンシップ(40C✕2✕8、27日)
シャトルラン無敗23連勝中のアオキジェットと短距離ワンウェイ強者のメカマセンゾクの初めての対戦カードとなった注目の府中S葉CS。
メカマセンゾクは二番手でのラン、標準ペースより1分近く早い11分57秒43でゴールインし、後の走者に大きなプレッシャーをかけた。
しかし最終ランナー、アオキジェットは動じず自らのレース運びを展開。大歓声に包まれる中、11分46秒84の驚異的な記録でメカマセンゾクをねじ伏せ勝利を飾った。
レース後、アオキジェットはかねてよりの悲願である「将来的な海外挑戦の意向は変わらない」とするも、一転ワンウェイへの挑戦を表明。奇しくもメカマセンゾクと入れ替わる形となりそうだ。
【府中S葉CS】メカマセンゾク、勝利は「あってもなくてもどうでもいい」
【箕面記念】カツタダイスカイがV、短距離路線にも意欲
【環状線6耐】キューカンバーヒカリ、驚異の持続で距離伸ばす
【りくべつTT】また勝った!ネオトウカイザー、プロデビュー目前か
連載:帝王が語る今週のレールレース