リニューアルオープン当日。
僕達は、お客様を迎える前の最後の仕上げをしていた。
「陳列よし、POPよし、バックヤード在庫準備よし! 品出し班終わりました!」
「OK! レジ班は」
「バーコードリーダー動作確認、釣銭準備、決済端末通信確認、配布クーポン準備全てOKです」
午前10時の開店まであと4分。店内での最終チェックが終わり、後はもう迎え入れるだけだ。
僕はレジに立って、時計と入口を何度も交互に見つめていた。
そして、その時がやってきた。
部屋に流れるラジオが、1秒おきに音を発し始める。そして、長い音を鳴らすと同時に、時計の長い針がまっすぐと真上を指して。
ついに、新生購買部の、入口の扉が開けられた。
「いらっしゃいませ」
入ってくる方たちに、仲間とともに同じ声をかける。普通は入店早々にレジに直行するような客はいないし、ましてやリニューアルオープンの日ならなおさら。なので少しの間はこうやっているだけだ。
だけど、そんな時間も数分で過ぎて。
何せあれだけ店内に入ったんだ、一度レジに列ができ始めると途切れることはなくバーコードを読み、金額を伝えてお金をやり取りしたり、決済端末を操作したりしてからレシートとクーポンを渡す。その繰り返しになる。空いている時は鬱陶しいとすら感じる、こっちで金額を伝えてから小銭を探し出す客のその時間だけが、皮肉にも今は逆に僅かに休める貴重な時間になった。
尚、その間にレジ列が伸びるので結局休めないのではというド正論は禁止である。せっかくセルフレジが新しくできたんだからそっちも使ってくれないかなぁ……。
1時間弱ノンストップでレジを打ち続ければ、ようやくレジ列が解消し、業務に余裕ができる。そこで一息つこうとしたところで。
「よろしくお願いしまーす」
カゴいっぱいの商品を持ったお客様がレジにやってきたのだった。結局休めない。
でも、そんな購買部での業務が、どこかまた懐かしくもあった。
そして、11時を回ってしばらくした頃。その見知った顔がやってきたのだった。
「いらっしゃいませー」
「すみません、563位のアイツを3つください」
「むりだよ」
「えー!? 山根と俺ちゃんの仲じゃん」
「何しに来たんだよお前」
まず入店してまっすぐにレジに直行する時点でおかしいよ。コンビニみたいに収納代行とかやってるわけじゃないんだから。
前営業日のクレームとかも考えられなくはないけれど、今日はそもそも再開が久しぶりで今更言いに来るわけがない。
「えっ……? お客様にそんな言葉遣い……」
「冷やかし目的なら帰ろうな。僕は忙しいんだ」
なんで綾部は被害者面してるんだ。
話を聞いてみれば、前を通ってそういえば僕が購買部にいることを思い出して入ったらいたから話しかけたとのこと。
「気持ちは嬉しいけどさ。……まぁ、後30分もせずに休憩入るからそれまではカフェテリアでまってて」
「そうか、業務中ならしかたねーな」
どう考えてもレジに立ってる時点で業務中だろうという常識は、綾部には通用しないようだった。
なお、さすがに何も買わずにカフェテリアにいるのはまずいと思ったのか、休憩までの間にゴボウを一本お買い上げしていった。最初からそうしようね。
そして休憩時間に入りカフェテリアに向かうと、綾部はそのゴボウを生のままボリボリと丸かじりしているところだった。
僕はその向かいに座り、彼が食べるのを一段落させるのを待ってから話しかけた。
「さすがにゴボウをそのまま丸かじりしてる人は初めて見たよ……」
「お前だってよく大根とか人参とか丸かじりしてたじゃねーか」
「せめて洗おうね」
「いいじゃねーか」
いや、普通に土ついた皮ごと食べるのは良くないと思うんだけど。確か地場の有機野菜しか扱ってないから農薬は大丈夫なはずだけど、後でお腹を壊しても知らないよ……。
「そういえば、もう車椅子はいらないの?」
「おう。今月の頭にもういーだろって話になってな」
「そりゃよかっ……いや、そもそも一体何してあんだけ腱をやっちゃったのさ」
「ん? いや、修行の一環で片足でうさぎ跳びしながら高尾山登り降りしてたらさ、筋肉痛だと思ってたのが実は腱炎でよー」
「片足で、うさぎ跳びして、高尾山……?」
何やってんだこいつ。
「ほら見ろよコレ。去年の今頃の俺ちゃんの足」
そう言いながら携帯端末をいじって綾部が出したのは、まるで虫に刺されたかのように足の一部が膨らんで真っ赤に腫れ上がっている写真だった。
うん、ここまで悪化してりゃ車椅子生活になるわな……。本当に何してんだこいつ。
「で、それやってなにか得られるものはあったの」
「療養中ノーブルの事務仕事やっててそっちの要領はかなり良くなった」
「僕は君には事務仕事任せたくはないね……」
何考えてるんだコダマさん。かなり忙しいって言ってたから猫の手でも借りたかったんだろうけど。
「失礼な。仕事はしっかりやるのが俺ちゃんだぜ?」
「だったら現場出る訓練に支障きたすような怪我を初期段階で気づけずに悪化させないで」
「ぐぅの音も出ねえ」
そう、まるで数年前までのスクールの休み時間でしていたような話を続けていると。
「はは、本当に君たちはスクールの時から変わってないっすね」
これまた懐かしい、忘れかけていた声をかけられたのだった。