安慶名秦流は、ノリモン発生学の第一人者の元で学び、そして彼の意思を継いだ研究者である。
その意思とは、ノリモンが宿り成る必要十分条件を解明すること。長々と編成を組む列車において、どの車にノリモンが宿り、どの車を解体することで成るのか。そもそも、一体どこまでの存在にノリモンが宿るのか。そして、クィムガンはいかなる状況で発生するのか。おそらくは、彼女もまたその師と同じように次の世代へと意思を引き継がせることになるだろう。それほどまでに、重要で難解な命題だった。
「おやおやムサコちゃん。どうしたの? そんなに慌てて」
そして、その意思を引き継がんとしているのが、彼女のキールでもあるメカマムサシコヤマだ。ムサコはかのメカマ軍団11姉弟のひとりで、そしてその一員であることを以てノリモンが成る条件の絞り込みに多いに寄与したノリモンでもある。
「先程鳥満研の者より伝言を承ったんですけど、その内容がですね」
「もう少しゆっくり喋って頂戴」
「あっ……。ごめんなさい」
ムサコは深呼吸をして一度息を整えると、今度はゆっくりと話し始めた。
「まずですね、鳥満研のトレイナーがいるじゃないですか。彼女がとんでもない記録映像と証言とを持ち込んでくれたのです」
「それは、一体どのような?」
「はい! クィムガンが人間と融合して、ノリモノイドに戻ったと推測される事案です」
パリン。陶器の割れる音が鳴る。
安慶名の足元では、カフェ・オ・レが水たまりを形成していた。
「ごめんなさいね、気にしないで頂戴。それと……うまく聞き取れなかったのだけど、もう一度聞かせても」
「クィムガンが人間と融合して、ノリモノイドに戻ったと推測される事案です」
「ら……。聞き間違いではないようだねぇ……」
床の惨状を片付けてから、ふたりは向かい合わせにかけ、落ち着いてから話を再開した。
「わたくしとしては、にわかには信じがたいのだけれど。どこまで詳しい話を聞いているのかしら」
「先日の多発発生、要調査とされていますよね」
「もちろんだとも。そもそも、かの人為的なクィムガンの発生もそちらのうちのひとつだっただろう?」
安慶名はJRN本部より、そのクィムガン発生の件について調査の依頼を受けている。目撃証言のみであり、未だ目立った成果を出すには情報が致命的に不足してはいるが、過去に同様の報告がなかったかの新聞記事やインターネット上の書き込みの調査や、仮に同様の報告があった際に目撃者に何を依頼すべきかのマニュアルを纏めておくなど、可能な限りのことはやっていた。
「その際に、その目撃とは別のところ、神奈川県の方です。そこで部外者の巻き込みがあったとされる報告があるとされるじゃないですか」
「そうだったかい? あまり関係がないと思っていたので忘れていたよ。確か……あったあった」
机の上の書類の山から一束の報告書が取り出され、安慶名はそれを捲っていった。そして目的の記載を見つけると、ムサコとの間に置いた。
「それで、どこが問題なのかい」
「ここ、巻き込まれたのが『ノリモン2名』とされていますよね」
「なっているね」
「ラッチを開けたの、誰とされていますか?」
「UMiC……UMiってどこのユニットだったかねぇ。えぇっと照合表は……あぁ、ウルサか……ウルサ! ウルサのサイクロって、鳥満のところの子じゃないの!」
安慶名はなにかに気がついたかのように興奮して声を高めた。
「そうなんですよ。それで彼女、報告書には書かずに一旦サイクロで精査したいとされる事項があったとされるみたいなんです」
「ふぅん?」
「彼女曰く、県警が把握していた巻き込みは
「神奈川県警でしょ? 見間違いじゃないの」
しかし安慶名の口角は普段より上がっている。その質問をムサコが、つまりは佐倉が明確に否定する材料を示すのを期待しているのだ。
「そこではそうでないと推測されうる映像がある、とだけですね」
「……けちだねぇ。そんなんじゃ何もわからないよ」
「だから、
普段からニコニコとした笑顔をほとんど絶やさないことに定評のある安慶名であったが、その報告を聞いたときの笑顔はひときわ輝かしいものだった。
「そうかいそうかい。鳥満の奴にはわたくしから返事を寄越そう。まさか
「裏にある意味、とは一体なんですか?」
「おやおや、あなただって気付いているはずだよ? 心当たりがあれば言ってごらんなさい、どんな突拍子もないことでも笑いやしないよ」
「それは……」
ムサコはそれを口に出すべきか少し悩んだ。それが事実だとすれば、とても恐ろしいことだから。
だが、それは事実から目をそむけていることにほかならない。そう思い直して、彼女は意を決して口を開き、安慶名に確認した。
「かの多発発生、前に聞いていた調布でのクィムガン化とこの向ヶ丘での不一致、そしておそらくは桜木町での発生もですね。この全てが同じ組織によって引き起こされた人為的なもの、ということですか」
「全くもってその通りよ! そこには未知なる、それも高度な技術をもった集団がいるとみえる。1人の研究者として、未知との遭遇ほど心が踊らされて、そして恐ろしいものは他にないよ!」
あぁ、お会いしてみたいねえ。そう興奮して口に出している安慶名の体内では、快楽物質が大量に分泌されていた。