ネオトウカイザーは、先頭集団から20チェーンほど離れた第二集団で東京貨物ターミナルを通過していた。
一旦地上に上がったところで、彼の無線がラジオ実況をキャッチする。どうも前方とはそこまで離れている訳ではなさそうだ、と彼は判断した。これで離れているのであれば、羽田トンネルの中でこの集団をつっついて前を目指さねばならない。だが。
(ここで無理に集団を抜け出して前方集団に追いついたところで、その集団の速度はおそらくこの集団と変わらない。ならば、無様な減速を強いられるだけだ)
そしてそのまま羽田トンネルを過ぎ、再び長い地上区間に戻った。しかし先頭集団も、第二集団も速度は上がらない。
理由は単純だ。この先の浜川崎までの区間は、小さな曲線が嫌らしい感覚で並んでいるのだ。今のこの集団のスピードは、この曲線を多少の余裕をもって曲がれる程度にはある。ここで右側上り線に入って巧みなブレーキさばきでカーブをギリギリ攻める選択肢も悪くはなく、現にそうする者も数名ほどいる。
「まだ仕掛けない。『【
無様な減速は美しくない。そんな繰り返しでスタミナを使うのならば、もっと他に使うべきところがある。それがカイザーの考えだった。
そして、浜川崎のコーナーを抜けたとき。
「……今だ、行くぞ!」
カイザーは加速しながら、右の線路へと飛び移った。ここから向河原までの5マイル以上、僅かな単線区間こそあれどきついコーナーはない。自然な減速でその先の武蔵小杉にかかるコーナーを通過できる程度まで一気にスピードを上げ、同じことを考える者共を追い抜きにかかるのだ!
中高速域において、カイザーの加速は右に出る者はいない。ゆえに、最も右を走ることができる。
彼の前を走る者に与えられる選択肢は2つ。加速で競り負けるとわかって左へ戻る姿が、あるいは追い越され義務違反で失格となるかだ。
カイザーの耳には、何も聞こえていない。カイザーの目には、前へと続く線路しか映っていない。それだけで、十分だから。
そして八丁畷の手前で川崎貨物からまくりをかけていた第二集団の先頭を追い越すと、その単線区間を遮る者は誰もいなくなった。
『シーズンアロー追い越され義務違反で無念の失格! おっとここでその前ネオトウカイザー、ネオトウカイザーが快調に飛ばしている! 単線区間を爆走、先頭集団を追いかける!』
『浜川崎まで温めていたみたいですね。脅威の加速でごぼう抜きです』
尻手を過ぎ、線路はまた複線に戻る。それから少しだけその勢いを保ったまま平間を過ぎるあたりまで右側上り線を走ると、空気抵抗もあり速度が弱って来たカイザーは先頭集団の最後方、アオキジェットの真後ろにつけるように左の線路に戻った。
そして、武蔵小杉のコーナーを過ぎてからも同じようにしていくつか順位を上げてから、武蔵溝ノ口のコーナーを曲がるとき。
その先頭集団の外側を、銀色の流星が駆け抜けた。
「何だ、今の」
『曲がったあぁっ! ゼッケン番号3の3の4ポーラーエクリプス。信じられない速度で溝口のコーナーを抜け、先頭集団を一気に追い抜いた! これが混合レースの面白さ! これが混合レースの恐ろしさ!』
『なかなか速度を落とさないのが気がかりでしたが、どうやら問題はなかったようですね』
(落ち着け、落ち着くんだネオトウカイザー。ここでスタミナを使ってしまえば、後々のネック後の再加速は絶望的になる! お前の強みは何だ、スピードだろ? だが……)
カイザーの中に、迷いが生じていた。もしかすると、
車であった頃から常に『かもしれない運転』を心がけていたカイザーが、その未来の可能性を想起することは必然だった。
(こういうことかッ! ナジミ姉の言葉はッ!)
名松はプロのランナーのデータを全員分集め、カイザーはそれを全て頭に入れた。だが、プロでない者についてはそうではない。中にはデータそのものが存在しない者もいるから、集めようがないのだ。
(上げるしかない。曲線通過速度を。だが、脱線などという無様な真似を見せるわけにもいかない)
ここから先は、中野島まで同じ程度のカーブが続くクネクネとした線形だ。それはカイザーにとって好都合なことだった。なぜなら、カーブの数だけ試行ができるから。
こうやってぶっつけ本番で少しずつ横風対策のマージンを削り続け、限界を見極める。そして、その限界速度を以て南多摩のコーナーを抜ける。
これが、カイザーの選んだ手段だ。幸い今日は警戒すべき風も強くはなく、これからそうなりもしなさそうだった。
「風よ。願わくば、俺に味方を――。《エアロ・ダブルウィング》!」
『先頭集団最後方、ネオトウカイザーここで右へと移った。そしてペースもこころなしか早いぞ』
だが、
それでも、コーナーを抜けながらも加速しうるほどに曲線通過速度の圧倒的な差をもつポラリスだけは順位を上げ続けることができていた。先頭スカーレットセイロンは中野島のコーナーを抜けてから一気に速度を上げて粘りこそしたものの、結局は南多摩のコーナーをその無名のアマチュア以上に攻略することは能わず減速を余儀なくされ――そして、多摩川を渡るよりも早くにその背中を追うことになったのだった。