走るのって、こんなに楽しかったんだ。
鼻の先が空気を切って、風がほっぺたをなでる。
ホームや橋の上からは、みんなが、ポラリスを見てる。ポラリスだけを、見てくれる。
だから――
――もっと、走りたい!
下り線ポーラーエクリプスは僅かに前を走り、上り線ネオトウカイザーが僅かに速く走っている。その熱い先頭争いに、それを真正面から望むことのできた船橋法典のギャラリーのボルテージは最高潮にまで達していた。
船橋法典駅は、武蔵野線の中でも珍しい島式ホームの駅だ。特に府中本町寄りのホーム端はまっすぐと伸びる直線区間を正面からとらえられるうえにホーム幅も広いことから、鉄道写真愛好家の間でも人気の高いスポットである。
そしてそれは、レールレース観戦でも同じ。この地点の指定席入場券やグリーン入場券はプラチナチケットと化すのが恒例となっているのである。
『さぁ先頭は法典、ほぼ横並びだがまだ僅かにポーラーエクリプスがリードを保っている』
『本当にこのレースはスピードが落ちませんね。前の区間で区間新記録を記録したポーラーエクリプスに続き、この区間でもネオトウカイザーの区間新記録がほぼ確実と言えそうです』
両者一歩たりとも譲らぬまま、歓声に包まれるホームの両側に分かれ駅を駆け抜ける。
カイザーは感じていた。追いかけ続けた背中がホームによって遮られようとも、それを突き抜けて来るほどのポラリスの強い感情を。意識しては駄目だとそれを振り切る。
しかし行田公園のコーナーを抜けてようやく並んだかというまさにその時。視界にはもはや前へと続く線路しか見えていないはずなのに、カイザーの視界は暗転した。
魅せる。魅せられる。超次元の彼方、ポラリスの
満天の星空が回る、その中心。一際輝く、確かな
だけど。その闇の向こう側から、強い想いが伝わってくる。ここで決してこんなもので遮られて終わりはせぬ、と。
――失われし星の輝きよ、果てしなくなつかしい大地に最後の煌きを。
蝕まれたはずの目標が再び光を灯し、視界は明転する。するとカイザーの斜め前では、彼の視界から消えたはずのポラリスが、その隅より現れて力強く前進していた。
しかも迫るのは西船橋の曲線。カイザーがそれを曲がるためには、速度を落とさざるを得ない。彼はギリギリまで粘ってから回生制動を強くかけ、一気に速度を落としつつスタミナを回復。そしてそれを、カーブが終わり切るよりも前から爆発させて再加速に充てる。ポラリスは彼の1チェーン前方だ。
だけれど。いくら回生でスタミナを回復できたところで、それをまたスピードに戻したところで元には及ばない。じわりじわりと再びその差を詰めたところで、舞浜手前のカーブがカイザーに追い打ちをかける。
(ここまで? いいや【
前へ、前へ。どんな小さな
その意志の力はモヤイを手繰り寄せ、カイザーの自元領域を呼び出した。
それは、一筋の道。
その周りに漂うのは、1つは小さな、だけど大きなエピソード。それは車だった頃、カイザーが乗せてきたもの。
そしてカイザーが前へと動けば。乗せてきた夢が、想いが、願いが、誓いが。今、カイザーの鼓動に共鳴し輝いて、一筋の道を照らし上げた。
――王者の鼓動よ、集いし望み谺す光差す道に列を成せ。
その道は王道となり、いつの間にやらオレンジ色の絨毯が敷かれている。そしてそれは限界さえ超えて、カイザーを眩く導いた。
(――今のは。何だかわからないけど、だけどとても心地良い。今ならば辿り着ける、追いかけ続けた夢のステージへ!)
カイザーとポラリスとの間の距離は、みるみると短くなって。遂には。
『おおっとここでネオトウカイザー、ネオトウカイザーがようやく先頭に踊り出たぁ! 【帝国】の底力、ここ葛西の地に刻まれたっ!』
『驚異的な再加速ですね。残り6マイル半弱、最後まで目は離せません』
カイザーの前には、もう誰もいない。2回目の新木場を今度は登る上のホームへと続く線路は、まさに栄光への階段。
だが。33‰の下り坂にさしかかり、カーブに備えて抑速ブレーキをかけようとしたとき。左後ろからは正気を疑う声。
「ポラリスは、走る。走り続ける。だから! 《ハイブリッド・アクセラレーション》!」
ここに来て、ポラリスは下り坂を利用して破滅的に加速した。ゴールまではもう5マイルもないというのに!
ふたりは再び並んで坂を下りながら、右カーブに差し掛かる。カイザーも釣られるように抑速をやめ、残った僅かなスタミナでコンプレッサーを回してエアサスを作動させた。
潮見。ここまで来たら、最後は車止めへのチキンレースでしかない。再びの下り坂で、ふたりは地下へと突っ込んだ。
越中島。単線断面のこの地下トンネル、相手の姿は伺えない。己の力を信じ、ベストをつくして祈るほかない。
八丁堀。既に両者ブレーキをかけているのか、回生ブレーキの励起音が、エンジンブレーキの駆動音が、空気ブレーキが鉄をこする音が響いている。
そして、東京。
「停止位置、よし!」
「停止位置、ヨシ!」
車止めの手前で停まったのは、明らかにポラリスが先だった。前照灯を輝かせ、コンプレッサーを回しながら。だが、先にゴールラインを超えたのがどちらなのかはすぐにはわからなかった。