万引き。
商品の代金の一部または全部を支払わずに持ち去る、れっきとした犯罪行為である。
普段の購買部では、この万引きが発生することはまずない。仮に持ち去ったとしても在庫管理の鬼のヤチさんにすぐさま察知されるし、店員もノリモン脚力で追いかけるのでまぁ普通に捕まる。そして捕まれば普通に横領なので最悪懲戒解雇処分が下される。でもこれは普段のお客さんがほぼほぼJRN内部の者だから通用するのであって、外部の方々には懲戒解雇処分なんてできっこないし、そもそも購買部に在庫管理の鬼がいることを知らないのだ。
なので、今日最も恐れなければならないことはこの万引きなのである。
とまぁ、これは既に店長が口酸っぱく言っていたことなので事前に知っていたのだけれど。現実というものは、往々にして想像を簡単に超えてきてしまうもので。
「まだ11時ですよねぇ……?」
「諦めろ。今日一日こんなんだ」
麻袋の中に捕まえた万引き犯を輸送しながら、僕達は愚痴をこぼしていた。
……一般に広く公開するということは、招かれざる客もやってくるということでもある。かと言って、まだ始まって2時間も経とうかという程度の時間なのに3件も発生しているのは流石に終わっていると思う。ローラースケート履いてこいって言葉の意味がめちゃくちゃ理解できた気がする。
「でも凄いですね、どうしてヤチさんはこの精度で万引きを管理できるんですかね」
「出入りを全て把握する技持ってるからな。経理とか在庫管理とかはめちゃくちゃ長けてんだ」
「へー」
ってことは常に技使ってるのか。それはそれでかなり疲れそうなものだ。
「さ、とっととコレを店長に引き渡して次に備えるぞ」
「レジ触りたい……」
「無理だ」
ちなみに、僕達がこのシフトに入れられているのは単純に足が速いからという理由だったりする。購買部には他にもプラさんとかノリモンはいるのに僕が選ばれているのは若干謎だが……。
「店長ー! 不届き者でーす」
「お届け物みたいな感覚で言わないで」
「似たよーなもんだろ」
「全然違うよ! ……まぁ、とりあえず受け取ったから、あとはこっちで対応するね。ふたりともお疲れ」
搬入口からバックヤードに入り、麻袋を降ろす。少しは休めるといいんだけど。
そう思って入口に戻り、在庫状況を確認しているヤチさんの横で来店者に頭を下げて声掛けをす……。
「君、ちょっといいかな」
「げっ!」
ヤチさんが声掛けをした人が猛ダッシュで逃げ出した。ウソでしょ……。
「これは黒ですね」
「絶対逃がすか莫迦野郎」
一休みする時間すら奪った罪は重い。絶対にとっ捕まえる。
人通りの多い道は走りにくい。それは、逃げる側も追う側も同じ。だけど、余裕があるのは追いかける側だ。逃げる側は行き着く目標なんてないのに対して、追う側はただ1つの目標を目指せばいいのだから。
それに気がついたのか、窃盗犯構内の大通りから抜け出して人気のない道へと入っていった。だけど。JRN構内の道なんて、外部の者なんかより僕達JRN職員の方が知り尽くしている。しかも空いた道ならこっちだって速度を上げて走ることができる。結果、僕達と奴との距離が縮まる速度はかえって速くなった。
そして、いくつか目の角を曲がったとき。
その窃盗犯は、僕達ではなくひとりの来場者に捕まっていた。
「前もろくに見ずに走ってぶつかった挙げ句、何も言わずに逃げ去ろうだなんて、どういうつもり?」
「あ、あのー……」
「何? この人の知り合い?」
「いえ、そうではなくて」
僕は事情を彼女に話した。
彼女はそれを聞くなり笑いながらその窃盗犯を僕達に引き渡してくれた。輸送用の麻袋への梱包作業の手伝いまでしてくれた。
「しょうがない人だねえ。盗みをはたらいた挙句に逃げて罪を重ねるなんて」
「お怪我とか、ないですか? 我々が追いかけて貴女にぶつけてしまった」
「どう考えたって悪いのこいつだけじゃない。不法に盗まれたものを取り返そうとすることを咎めることなんてしないわ」
それから改めてお礼を言うと、そのブゥケトスと名乗るノリモンは「行きたいところがあるから」と場を離れていった。
「……あれ、どうしたんですかブライトさん。顎に手をかけて」
「いや、なーんか俺は今の奴を知ってるような気がするんだよなー。少ーし懐かしーよーな」
「懐かしい……。もしかして車だったときの同僚とかですかね?」
「かもしれねーな。同時期にノリモンに成った連中は知ってるけどそれ以外は顔すらわからねーし、同じ線路走ってても違う車両基地の車だったらわかんねーんだよな……」
このあたりはけっこうノリモンの間でもたまに話題になることで、元いた事業者から離れて活動していると後輩の顔がわからなくなるのだという。命名のクセでなんとなく察したり、あるいは後輩から見た先輩は顔がわかることが多いのでそこから理解したりするらしい。
そんな話をしながら、窃盗犯を店長に送りつける。結局この日はこのあとも7回もこの作業をする羽目になった。午後からは追いかける要員が増強されもしていたので、もう呆れて声も出ないような頻度だ。クィムガンでもそんな頻繁に同じ場所では発生しないのに。
「で、どうしたんです彼らを」
「ん? 反省の気があれば警察に送ったり、無ければ縄でぐるぐる巻きにしてサイクロの城に放置したり」
「何してんの……」
「自業自得」
そんなこんなで、今年の一般公開は無事……無事なのかこれ? まぁいいけど、とりあえずは大きな事故もなく終わったのだった。