いつもの河原で、ポラリスの練習に付き合って並走してフォームを確認していたときのことだった。
「だいぶ、こっちでも速く走れるようになってきたじゃん」
「本当?」
「本当だよ。さ、今日はここまでにしようか」
「えーまだ走りた……」
つん。ポラリスの太腿をつっつく。
すると彼女は奇声をあげながらバランスを崩した。僕はそれを受け止める。どうやらだいぶいい感じに疲労が溜まっているようだった。
「こんなんなるじゃん、今日はここまで、ね?」
「……はぁい」
トレイニングを解きながらそう言うと、ポラリスは不貞腐れたように返した。
「はは、まさかオーバーワークの代名詞たる君がそれを言う立場になるとはね」
後ろから、予想にしなかった声がかけられた。程久保だ。
振り返れば、彼は誰かを引き連れて立っていた。
「部室や購買部じゃなくてわざわざいつ来るかもわからないこの河原に来るだなんて、一体どういう用?」
「やりたいことをするのにこっちの方が都合がよいからね」
「それは君の後ろにいる方と?」
そちらの方へと目を向ける。ぶどう色のポニーテールと、それと同じ色の尻尾が生えているのを見る限りは恐らく生物系のノリモンだろうか。そして、前髪にはほうき星のような真っ白のメッシュが入っている。
「はじめまして。吾はゴータデルビエント。ビエントと呼んでほしい。近頃は是政とはよく研究を共にしているよ」
「僕は程久保の同期の山根といいます。……で程久保、僕は何をすればいいのさ」
「簡単な話だよ、ビエント君と併走してほしいんだ」
……はい? 無茶を言わないでほしい。初対面のノリモンと並走だって?
「悪いけど、それはできないかな」
「どうしてだい? 君にとってそんな難しいことでもないだろう」
「いや、僕を評価してくれるのは嬉しいけど流石にどういう走り方をするのかわからないノリモンと並走するのは無理があるって。ポラリスと息をするように並走ができるのも、僕がポラリスとのトレイニングでその加減速のクセをつかめていたのと、そしてそうなるってわかってからずっと彼女の走りを見て覚えたからこそなんだけど?」
「……ん?」
「ん?」
僕と程久保は顔を見合わせた。どうやら認識のズレがあるみたいだ。
「……なるほど、理解した。言葉が悪かったみたいだ。改めて言うよ、ピタリと並んで走る必要はないからビエント君と併せて走ってほしい。これで伝わったかな?」
「なるほど理解した。できなくはないけど、全速力のノリモンとはむりだよ」
「いや、流石にそこまでは期待してはいないさ」
「ならばね。とりあえず、ここから稲城大橋までの2km強の往復、そのくらいでいい?」
「それだけあれば十分だよ」
「その間ポラリス見といてね」
「わかってるよ」
そして僕とビエントさんは是政橋南の信号の横に並んで立った。その瞬間、横からくる気配というか、気迫が急に鋭いものとなって、ゾゾッと生える毛という毛が逆立つような感覚に襲われる。
「よろしく頼もう」
そのビエントさんの声にも、威圧感のようなものが感じ取れた。
そして、3、2、1、スタート。その程久保の合図で、僕達は走り出す。
ビエントさんは強く前に踏み出し、僕の少し前を走っている。しかもこちらが距離を詰めた瞬間、ビエントさんはそれを察知したかのように加速する。その繰り返しでちっとも横に並べすらしない。当たり前だ、僕は人間でビエントさんはノリモンなのだから。
しかしこれ、程久保は何がしたいんだ? ビエントさんが後ろで僕の走りを見るのならまだ理解ができる。だが今の状況は逆、僕が目の前の尻尾を追いかけるだけだ。全く理解ができない。
……いや、違うか。よく見るとビエントさんの被っている帽子には、こちらを見るように後ろ向きの小型カメラが取り付けられている。つまり程久保は
そんなことを考えるだけの余裕がある程度のランニングで稲城大橋をくぐり、折返して是政橋までおよそ6分弱。ついぞ僕はビエントさんの前に出ることはできなかった。
「やっぱりノリモンには敵わないか」
「君も人間にしてはなかなかやるではないか」
「そりゃどうも」
その場で少し息を整える。ビエントさんは僕よりもそれに少し時間がかかるようで、まだ肩で息をしていた。
その間に、走り終わったのを確認したのだろう、土手下の程久保とポラリスがこっちに向かってくる。
「ありがとう、興味深いデータが得られたよ」
「今ので何を?」
相変わらず程久保の考えていることはよくわからない。だが、それが彼にとっては確かに意味があって、そしてそのロジックが客観的に正しいということはもう何度も理解させられている。天才の考えというのは、得てして尋常人間には理解が及ばないものなのだ。
「お礼といってはなんだけど、ポラリスちゃんにアドバイスをいくつか渡しておいたから」
「それはありがたいんだけど」
しかしそれでもこの走りのどこに有用性を見出したのかが気になるのが人の性というものである。そう思って聞いてみても結局わからないかったけれど、モヤモヤするものはモヤモヤするのだ。
「どうしたの、真也?」
「いや、天才っているんだなーって」
結局程久保達と新小平の駅で別れたあとも、そのモヤモヤは消えなかった。