「遅かったか……」
問い合わせた博物館の収蔵品が既に無くなっていた。それは、極めて重要ゆえ、かえって人目のつくように一般公開していた代物だった。しかしそれは、トシマの意に反して数年前の博物館のリニューアルの際にバックヤードへと下げられてしまったのだという。
「このスピード感で所蔵品全品検査を実施し、他の紛失がないことが判明しているのは素晴らしいのだが、肝心の号鐘の紛失はいただけない」
錨は大丈夫だろうか。トシマはふと気になって1号館の地下へと降りた。本来は号鐘もこちらに保管しておくべきだったが、
トシマは地下の堅固な扉と壁に輝く操作盤を見つめた。カードキーを走らせ、すると五色の光がひらめく。扉は滑らかに開き、トシマは中へ踏み入った。
中にあるのは、頑強なアクリルケースにおさめられた錨。U字型の金属の先が矢印のように尖り、そしてその中央にロッドが接続されている、一見なんの変哲もないJIS型アンカーだ。
だが、それは周囲の環境がそうさせているのか、はたまたそのものがそうなのか。とにかく変哲なる存在感を放っていた。
そう、これは――
「先月には
トシマが施した封印は、この錨と号鐘の双方がなければ解けることはない。そして彼女の中にはまた、それを解決しうる時が来るまで未来永劫に渡って見届ける覚悟があった。
だが、その時は半世紀以上も訪れぬまま。もしかしたらそれは不可能なことかもしれないと、トシマでさえ何度諦めかけたことか。
「否、
トシマは引き続き錨に、彼女の妹へと話しかける。そこに妹がいないとわかっていても。トシマも、いや誰しもがその妹へと話しかけることは最早能わない。それでも、トシマはその行為をやめることはできないでいる。その錨は、数少ない妹へとつながるデバイスの1つなのだ。
「だが、光は見え始めている。プロジェクト・ココマはまもなく最終段階だ。早ければあと数ヶ月……今年度中にはリロンチに頼らずともお前を救い出す術を確立できる。遅くとも来年度中には見込みを立たせられるだろう」
それまでの辛抱だよ、もう少しだけ我慢してほしい。そう告げるトシマの顔は、いつもの凛々しくキリッとしたものからは大きく離れて、今にも泣き出しそうなほどの悲壮感を醸し出している。
「そう、ようやくだ。70年前も、我々は苦しむお前を助け出すことはできなかった。閉じ込めることしかできなかった。こんな情けない姉で、済まない」
その決して広いとはいえない部屋を出て、扉が閉まる。次の瞬間には、トシマの顔は整い、そしてその目には新たなる決意が宿っていた。
「そのためにも、取り戻さねば。号鐘を」
執務室に戻ったトシマは、秘書を呼びつけた。計画を進めるために。それはトシマの本意ではないがしかし、号鐘の紛失により賽は投げられてしまった。
トシマは各ユニットから提出された活動予定表を確認し、依頼すべきユニットをピックアップすると、ちょうどやってきた秘書に要件を伝えた。
「ピュクシス・ユニットかレティクルム・ユニットに特別任務を頼みたい」
「畏まりました。通達しておきます」
数週間前。
既にスタァインザラブなるノリモンの調査は始まっているが、さらに本腰を入れねばなるまい。ここ半年でJRNが接触した不審なノリモンもだ。確証はないが、裏で繋がっているという仮説は棄却するには無理があるとも、トシマは考えている。
「時は満ちた。プロジェクト・ココマは最終段階へと駒を進める」
「確認。準備はできています」
「リロンチなどには頼らずとも、クィムガンを元に戻せる。それを、証明してみせようじゃないか」
号鐘が戻ってきたら、最早博物館に預けておくことなどできない。一度事故を起こしてしまったのだから。それもトシマが過去に万世橋の博物館にそれを預けた時に伝えた要請を無視しての事故だ。
ならば、JRNで号鐘を保管するしかない。それもまた封印が解けてしまうリスクを孕んでいるが、それこそ定期的なモニタリングで兆候に気づくことができるのだから、盗まれて悪用されてしまうよりはよっぽどいい。
「まずは安慶名氏に現状を確認。今のうちから備えられるものがあれば前倒しで進めてゆかねば」
号鐘の再収容と並行して、その後の計画を練る。この紛失により、賽は投げられたのだ。
「スタァインザラブ。私を姉と呼ぶ貴様が誰なのかは分からぬ。だが、貴様の行いは――我々が動く理由としては、十分すぎたぞ」