「……やはりまたあなたでしたか」
部室の扉を乱暴に開けて入ってきたのは、成岩さんだった。
「佐倉、山根の奴を見なかったか?」
「あなたの目、節穴?」
うん、僕、今ここにいる。
いくら佐倉さんが部室にいることが多いからって、それを無視して聞いてるのはそういう反応を返されても文句は言えないだろう。
「なんだ、ここにいたのか」
「何か急ぎの用ですか」
「いや、今すぐじゃないんだが。この後18時から暇か?」
「予定は入ってはないですね」
「ならよかった。人手が要るんだ、その時間にラボまで来てほしい。夕食は奢るから。……じゃ」
成岩さんはそう残して去ってしまった。
廊下に出て両側を見ても、既に彼の姿は見当たらない。
「……今の、チャットじゃだめだったのかなぁ?」
「彼はそういう人。諦めて」
さいですか。
ユニットメンバーとして付き合いが長い佐倉さんがそう言うなら間違いなくそうなんだろうなぁ。
にしても、18時って。
ふつうその時間から新しく何か業務をすることってあまりないと思うんだけど、なんでそんな時間に人手が要るんだろう?
時計を見れば、時刻は15時半を少し回ったくらい。どうしよう、確かに18時頃も空いているからそう答えたけど、実際は今日はもう既に予定が無い。かといって、わざわざ18時を指定するくらいなんだからそれよりあまりにも前にベーテクさんの所へ行くべきではない気もするし。
こうなったら普段の場合時間泥棒になるからやらないような事をして時間を潰すしかない。そう思って本棚に手を伸ばした僕を、佐倉さんは呼び止めた。
「これ、渡しておく」
彼女が差し出したのは、5枚の何も書かれていない水色の券片……そう、チッキだった。
「なんで、今……?」
「ラボの博士が作りすぎて在庫の山。だから、必要になりそうな人に渡してる」
別に大量に消耗するような物でもないのにそんなに大量に作ることあるの……?
それに、購買部でも扱っているから知っているけど、そんなにホイホイ他人に渡せるほど安いものではなかったはずだ。最低限の規格さえ守れば自作だってできないわけではないとはいえ、申請は面倒だしそれで安くなるにも限度があるはず。
「……変な回路とか、仕込まれてたりはしないですよね?」
「無い。変な事があれば、発行替えの費用も全部持つ。迷惑料も5割上乗せ」
佐倉さんはきっぱりとそう言う。
でもなぁ。逆にたくさんあったところで、かさばる訳でもないのだから倉庫の肥やしにでもしておけば……。まさか。
「失礼な事を聞くけれど、その博士って、年はいくつで……?」
「68」
なるほど、そりゃ誰かにどんどん渡す必要がある。
チッキは無資格者には渡せないし、未使用のものの処分は未使用であるからこそすごく面倒くさいものだから、よく店長がぼやいていたのを覚えている。おそらくJRNを去るのが近いならば、繋がりのある有資格者へバラ撒いた方が比較的楽なくらいには。
一度使ったチッキはその本人しか使えないけど、未使用のものは誰でも使えるからね。
でも、そうだとしてももう1つの疑問は残ったままだ。
「……なんで余るほど作ったんですかね」
「何度も試行錯誤を繰り返す過程で、使用できずに残ったとか」
「あの、それってもしかして……」
「違う。まだ研究を公にしてないから詳しくは言えないけど、特殊な用途には使えなかっただけ。普通に使う分には問題ない」
それはそれで怖いような。
研究の守秘義務なんてのはどんなにくだらないものでも基本的に存在するから、珍しいものでも何でもないんだけど、それとこれとは話が別だ。
でも、きちんとした理由があるのは確かなようだし、それに変な事があったら補償してくれるって言ってるから、あんまり心配しすぎないほうがいいのかもしれない。
さすがに同じユニットメンバーを罠にかけるような人なんて、よっぽど潜伏の特異な裏切り者でもない限りいないだろう。
「ありがたくいただきます」
「助かる」
そしてその5枚のチッキを受け取ろうとして、1枚目のチッキに触れたとき。
脳裏にはっきりと、満天の星空が広がった。
そして、間もなくそれを蝕むように闇が広がって、北斗七星やカシオペアが消えてゆくさまが映る。
ひらり。手からチッキが滑り落ち、机の上に落ちる。
「何だ、今の?」
「……?」
もう一度そのチッキを手に取る。今度は、何も起きない。他の4枚を手にとっても、ただそこにある券片が持ち上がるだけ。
気のせい、だったのかなぁ……?
「何かあった?」
「いや、たぶん気のせいだと思う」
「気になるなら教えて。博士に確認する」
これはきちんと話した方がいいのかなぁ。
……いや、言ってしまおう。まだまだ青二才の僕より、その博士の方が蓄積された知識の量は圧倒的に多いはずだ。
「チッキに触ったとき、視えたんです。星空が欠けていって、北斗七星やカシオペアが輝きを失うのが」
「私には、特に何も見えなかったけど」
「じゃあやっぱ気のせいだったんですかね?」
「一応博士に聞いてみる。残りの4枚は、平気?」
「まぁ、特に何も」
相談した結果、件の1枚だけは一旦発行元である博士の方に戻すことにして、残りの4枚を受け取ることにした。
「でも、一つ、引っかかるのがあるとすれば」
「心当たりがあるんですか?」
「現象そのものじゃなくて、内容の方。JRNのユニット名は、カリストとかいくつかはちょっとずれてるけど、きちんと統一された命名規則がある」
「そうなの?」
確かにウルサもそうだけど、ドラコだったりカンケルだったりプッピスだったり、あまり聞き慣れない横文字だなぁとは思っていたけれど。
……あ、だから新しくユニットを作るときに本部から提示された案の中から選ぶ形式になってるし、過去の資料を見ても解散されたユニット名がしれっと復活してたりするのか。
「ここのウルサ。その3レターコードUMiと、元となってる単語のウルサミノル。これ、JRNの外で何を指してると思う?」
「そもそも、何語なんですか」
「ラテン語」
いや、わからん。
古典的な学術的用語ではよく見られる、たしか古いヨーロッパの言葉だから、何か英単語とかで近いものがあればそれなんだろうけど、あいにく僕には学がない。
「ウルサミノルは、こぐま座」
「ってことは、ユニット名は星座」
「その通り。で、こぐま座の場所は……」
こぐま座の場所は、ちょうど北斗とカシオペアの真ん中。佐倉さんはそう言った。
そしてそれは、つい先程視えた光景で、闇が広がり始めた、まさにその場所だった。
【キャラクター紹介:#5】
・誕生日:6月22日
・出身地:神奈川県
・所 属:サイクロ/JRNウルサ
・キール:ナリタスカイ
無口でミステリアスな雰囲気を醸す中堅トレイナー。
イタズラ好きだが、それを適切なタイミングでするための観察眼が肥えている。