ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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18レ後:津田沼杯普通CS

 その後、少しだけ綾部と積もる話をしてから。時計の針は真上を指して活動時間が終わった。

 そして次の瞬間、僕はノーヴル2人に拉致られている。どうして。

 

「あの、流石に逃げないからね? 僕歩ける」

「いいから」

 

 にしても、雨が降っているのによくもまあ僕が濡れぬようにいどうさせられるものだ。綾部はこの器用さをもっと別の場所で生かしたらどうだろうか。

 そうして連れられたのは案の定というか7号館。その低層階の一室へと運び込まれたのだった。

 

「1名様ごあんなーい!」

 

 そしてそこで待っていたのは、ポラリスとロイヤさん、そして。

 

「ご無沙汰しとりますわ」

 

 ノーヴルのトップ、コダマさんだった。

 ベーテクさんがミッドランドに行ってからは本当にこの建物に来ることがめっきりなくなったので、彼と会うのは購買部にご来店いただいたときを除けば、恐らくエターナルさんを連れてきた時以来だと思う。

 

「お久しぶりです、コダマさん」

「ポラリスのトレイナーとしての、火曜日の鵯越ヒルクライムでの対応を見ておりましたわ。今回はきちんとできていたみたいで」

「ああなることはわかっていたので、事前に準備もしてましたからね」

 

 それでも想像の3倍くらい来てたけど。

 

「まぁ、それは今日の本題ではありませんわ」

「普通CS、ですよね」

「それもありますけれど、24耐の話をまずはしないといけないのですよ」

 

 というのも、フューエルの補給のためにレース中に誰かがトレイニングして並走する必要があるのだという。しかしブライトさんもロイヤさんも電気車でフューエルを扱えないので、僕と成岩さんが交代でやる必要があるとのことだった。

 それくらいなら余裕だけれど……。

 

「できるのならいいのですわ。それでは、中継の方をつなぎましょうか」

 

 コダマさんが中継をつけると、もう既に数組のランナーが走り始めていた。

 津田沼杯普通チャンピオンシップは、やや変則的なワンウェイのタイムトライアルレースだ。高砂駅東方から津田沼までの10マイルを、()()1()5()()()()()()()()()()()()()()所要時間を競う。しかも一番奥の停止位置目標から手前に停まった距離の合計が1インチ毎に1秒タイムに加算されるうえに全駅にオーバーラン判定がある。総じて加速の鋭さとブレーキングの正確さが問われるレースである。

 数組ほどのランの後、ようやく目当てのカイザーさんの順番がやってきた。

 

『7組上り線、ネオトウカイザー。果たしてこのスプリントレースでどのような結果をもたらすのか? 今スタートです』

 

 カイザーさんは、平均よりやや早い程度のペースで走っている。だけど、驚くべきなのはそこではなかった。小岩、江戸川、国府台。何駅か進むだけで、その特長が読み取れた。

 

「凄い。停止位置がめちゃくちゃ正確だ」

「【帝国(セントラル)】の方達はもっと高い速度域からの一発制動をよく扱っているんですわ。速度の出ないスプリントレースで正確なのは当然」

 

 なるほど。停止位置でのタイム補正はゴール後に一括して加算されるので分かりにくいけれど、隣のランナーが平気で1ヤード近くも手前に止まったりしているのを見るにかなりのアドバンテージを稼げていそうだった。

 

『ネオトウカイザーは正確なブレーキングを刻み続けながらただいま今西船に到着。十秒ほど遅れての下り線キリフリは大きく差をつけられている』

 

 そしてそのままカイザーは危なげもなく津田沼まで走りきった。目測にはなるけれど、全ての駅で1フィート未満の停止位置の差で、特に中山と海神の2駅ではぴったりと停止位置目標に合わせて停まるといる離れ業を見せていた。

 

『7組上り線、ネオトウカイザーの停止位置補正は……58秒! 1分を切る素晴らしい誤差で暫定トップに立った!』

「見た目凡走なのによくやるな」

「それだけ制動制御が優れている証かと」

「やっぱり凄い。今度カイザーとまた戦えるのがとっても楽しみになってきた!」

 

 だけど。まだカイザーさんの優勝が決まった訳ではない。

 最終ランナー、アオキジェット号。シャトルランというのは、いうなればスプリントの繰り返しで、また手前で折り返すための停止位置の正確さも重要となるもの。ともなれば、アオキさんが最も有力視されるのも当然と言えるだろう。

 

 実際アオキさんはスタートすると、最も早いペースかつ最も正確な停止位置で小岩をクリアした。それを次の駅でも、また次の駅でも繰り返す。実況のテンションも鰻登りで、八幡に着く頃には声が裏返り始めるほどだ。

 そして続く鬼越でも見事なブレーキ捌きを見せ、アオキさん自身の顔にも笑みが浮かび上がっていた。

 だがしかし。自信過剰だと集中力というものは大概散漫になってしまうものだ。次の区間、アオキさんは過ちを犯していた。

 

『おおっとアオキジェット、ペースが早いぞ、大丈夫か?』

 

 それまでと比べて、停止位置まで同じ距離なのに速度が高いのである。

 ――そう、恐らく誤認していることにまだ気づいてもいないのだ。緩やかな右カーブの先の停止位置目標の場所を!

 何せ()()()()()()()()8()()()()()()()()()()()()()()6()()()()()()()。つまりホーム端から停止位置までの距離は2両分も短いのである。これを失念するのは致命的な過ちともいえよう。

 しかも厄介なことに、この駅は津田沼方に構内踏切があるから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一見、停止位置目標はもっと先にあるように見えるだろう。だがそれは偽りなのだ。

 

『中山のホームは短いぞ、減速は間に合うのか!?』

 

 悲鳴のような実況の声が聞こえる。しかしそれは無駄だった。アオキさんは停止位置目標を通り過ぎて、その踏切の上でようやく停まることができた。

 

『オーバーラン、オーバーランだ! 中山の悪魔が牙を剥いてアオキジェット無念の失格!』

 

 信じられぬような顔つきで振り返り、停止位置目標の裏側を見つめるアオキさん。カイザーさんの順位の暫定の2文字が取れた瞬間だった。


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