防災無線から夕暮れの時を知らせるエーデルワイスが建物の中まで響く17時半。
騒がしい成岩さんが僕を呼ぶためにわざわざ再び部室にやってきた。人手が必要なのに呼びに来る暇はあるらしい。
「そもそも、人手が必要な作業って一体?」
「単純に什器搬入だが」
「なんでこんな時間に?」
「物品運んでくるための軽トラのレンタカーに空きがなかったんだとよ」
まだ理解ができるだけマシだけど、想像以上にしょうもない理由が出てきたぞ。
話を詳しく聞いてみれば、車の手配を完全に忘れてしまっていて元々予定していた時間のために声をかけていた人の都合が合わなくなってしまったらしい。そんなことある?
そんな話をしながら7号館の前に辿り着くと、既にベーテクさんとポラリスちゃんがトラックの到着を待っていた。
「済まないねぇ、突然こんな時間に呼び出して」
「どうせ暇だったので」
……って、あれ。
「ベーテクさんは何でこっちに?」
てっきり軽トラを運転する側に回っているのかと思えば、ここにいないのはアドパスさんの方だった。
「自動車免許は持ってないんだよ、僕はね。自分で走ったほうが速いもん」
「それで道路舗装を破壊して、誰が道路管理者に頭下げてるのか分かってます?」
ウィーン。入口の自動ドアが開く音がしたかと思えば、その赤髪のノリモンはベーテクさんの真後ろに立つとすぐさまそう言った。知っている顔だ。
「人聞きが悪いなぁ、コダマ号。僕はねぇ、道路を走るときはきちんと履いていますよ、ゴムタイヤをね」
「アンタがきちんとつけてても、それを知らない子が真似して道路舗装を破壊してるんですわ」
「鉄輪で舗装道路を走ったら車輪も道路もわやになることくらいわかるでしょうよ、莫迦じゃないのか」
「わかっとらんアホがいるといっているんですわ。まぁアホだからフランジもボロボロですぐバレてるんですけど」
「だったら文句はそっちに言っておくれよ」
なんか高レベルなのか低レベルなのかわからないやりとりが繰り広げられている。個人的には決して安くもない車輪を想定外の使い方をするなんて怖くてできないのだけど、どうやら価値観の違う人たちがいるみたいだ。
……あ。コダマさんが僕に気づいた。
「久しぶりやな、山根」
「ご無沙汰しております、コダマさん」
コダマさんは、クシーさんのラボで研修をしていた頃に定期的にそこを訪れていた、やたら関西弁が特徴的なノリモンだ。なんでもクシーさんの兄貴分だとか。
「コダマさん、ノーヴルだったんですね」
「聞かれなかったから言いませんでしたわ」
「山根くん。あのね、一応コダマ号は今のノーヴルのトップなんだぞ?」
「そうだったんですか!?」
「ベーテク、それ言っちゃいますか。あんまりバラされるとひとりのノリモンとしてやなくて、肩書きとして対応されるから好きじゃないのよ」
「……まぁ、わかるような気はします」
「私事の付き合いで公の権力を振るう訳無いじゃないの」
あー。なるほど。
何が起きているのかはだいたい察しがついた。一人でも公私混同する権力者と出会うと、それ以降そうでない人までそうだという前提で動いちゃうやつだ。
「……まぁ、僕はインターンが終わっちゃえばロケットのトレイナーなんで」
「自分おもろいやっちゃな」
「そうですかね」
ちなみによくよく話を聞いてみれば、コダマさんもこの手伝いをしにきたらしい。それはそれでベーテクさん、フランクすぎるような。本人は嫌がってなさそうだけど。
それからしばらくして、アドパスさんが運転する軽トラが滑り込んできた。のだが。
荷台を見る。明らかに、大きい。
「これエレベーター入らなくないですか」
「入るんだったら台車に載せかえりゃ人手はいらないだろ?」
つまりはそういう事である。
……階段かぁ。そう思って先程声のした方を振り返れば、トレイニングして車輪の無い靴に履き替えた成岩さんの姿。なるほどね? 確かにトレイニングした方がなぜか物理的に出力が上がる。
チッキケースからクシーさんのを取り出す。コダマさんがまじまじとチッキを見ているのが少し気になるが、もたついてても仕方がないのでトレイニングする。
「本当に、あのクシーがキールなのね……」
「コダマ号、涙拭いてー」
そして僕のトレイニングした姿を見るなりコダマさんは涙を流して感動していた。そんな彼にハンカチを差し出しているのはポラリスちゃん。やさしい子だ。
「なんでこんなカオスになってるんデース?」
「僕はねぇ5分もしたら落ち着くと思うよ」
ベーテクさんの見込み通り、コダマさんは3分程度で平常を取り戻した。
それからは6人で協力して物品を持ち上げ、階段を登る。小柄なポラリスちゃんと成岩さんが上側から引っ張り上げて、大柄なアドパスさんとコダマさんが下から押し上げる。僕とベーテクさんは、真ん中あたりを両側から持って、ねじれたりたるんだりすることのないようしっかりと持ち上げる形だ。これ、真ん中の僕とベーテクさんだけ負担が少ないのでは? なんか申し訳無い気持ちになってきた。かといって別の場所に回るのは、それはそれで非効率な配置なのも明らかなのだけど。
そんなもやもやを抱えながら、何度か荷物を搬入して軽トラの荷台が空になった頃には、もう時計の短い針は7の数字を回っていた。僕を呼びつけた成岩さんはなぜか軽トラを返しに行くアドパスさんについていってしまったので、ベーテクさんのラボで待つことにした。