トシマは黙りこけたブゥケトスに向かって、言葉を続けた。
あの封印は、ルースの落し子から国土を守るためのものではない。逆にルースの落し子をノリモンやトレイナーにより倒されてしまわないように設けたものであると。
それはルースの落し子がはじまりのクィムガンであり、その解析によりクィムガンやひいてはノリモンの根源に迫ることができると当時の者たちが考えていたからだ。
「だが封印を解かれてしまった以上仕方あるまい。貴重な研究対象であるが、じきにトレイナー達が亡き者にしてしまうだろう」
「ならないよ」
「なに?」
「ならない。だって、スタァ様がそんなことを知らないとでも?」
スタァインザラブが西国分寺、都立武蔵国分寺公園にいるとブゥケは笑いながら続けた。トシマとスタァでは、スタァの方が一枚上手だったのだ。
「はじまりのクィムガン以上に力のあるクィムガンならばその後で何度も発生しているのを知っているのはJRNだ。ならなぜ彼らの時に門は開かなかった――いや、穴は開かなかった?」
「……かの時ほど戦いは長期化していない」
「違うね、解っているのならばなぜここで言わない?」
トシマはその答えを返すことができなかった。理由を知らないわけではなかったが、仮にスタァがそれを知っていたとしても戦略的に黙秘をすべきだと判断したからだ。
それを見て、ブゥケは更に情報を投下することにした。
「重要なのは、はじまりのクィムガンが穴をあけた事があるという事だけだ」
「ジュゥンブライドがそうしたような事をしたい、ということか」
「大当たり。やはり、JRNは無力化すべき組織ではない」
だがこの肯定はトシマにとって到底受け入れがたい選択肢――リロンチが採用されているという事に他ならない。それは対応に当たっているトレイナー1人の存在を必ず奪う選択肢だからだ。
トシマは人間とノリモンの間に亀裂が入り、溝が深まって分断される事を何よりも恐れている。さすれば人間はノリモンを社会的に排除する――そして、それが能う力を有していると。リロンチはそれを促進しかねない。
「やはり本音を言えば、私達はJRNと手を取り合いたい」
「不可能だ、それを行うのが前提であれば」
「なぜ? リロンチは禁忌じゃない。その発生が公になったとしてもなお、社会はそれを受け入れると私達は考える」
ここにJRNとシエロエステヤードの認識のずれがあった。
JRNは、リロンチを公にすれば人間はそれを拒否すると考えている。シエロエステヤードは、環境が変われば人間はそれに適応する能力があると考えている。
どちらも部分的に正しく、間違っている。確かなことはそれが0か1かの問題ではないことにお互いが白黒つけなければならないと考えているということだ。
「話にならん。どうして人間が自らの害となる存在を認めるとでも思うのか」
「この社会、自らの存在を全て捨ててでもノリモンになりたいという人間は探せばたくさんいる。リロンチに用いるのが彼らだけならば、Win-Winの関係にしかならない」
SNSには多種多様な人間が生息している。特に社会に疎外感を感じている者ほど、自らの全てを捨ててでも別の存在となりたい、生まれ変わりたいと考えるものである。シエロエステヤードはその様々なコミュニティに潜入し、そしてそういった欲望を持つ人間と接触し、リロンチのコアとしていたのだ。
「戯言を。いるわけがないだろう」
「インターネットで接触してから、現状は何度もその意思を確認してからやっている。流石は最大幸福を追求するあまり、一部の者の犠牲を厭わない考えを持つ者。現代社会のそういった層にすら興味がないとは」
「貴様、言わせておけば」
「でもそうだろう。100の幸福と1の不幸があって、不幸を解消するとそれらが全て消えるのなら、JRNは見てみぬふりをする」
図星だった。完全に見てみぬふりをする訳ではないが、100の幸福を奪ってでも行うほどのものでないとすればノータッチ……それがトシマの方針だった。
何も言い返せないトシマにかわって、スーパーブライトが苛立つように反駁した。
「ふざけるな。俺達はそのような不公平は許容しない。100の幸福を奪わずともその不幸を解消する術を探し出す」
「でも見つかるまでの間はなにもしない。できない。違う?」
「不幸を解消するためだろーが、それ以上に幸福を奪っていー理由にはならねーだろーが」
ブライトはそれができるノリモンだった。だからこそ、ブゥケの、ひいてはシエロエステヤードの考えは理解しがたいものとなってしまっている。
しかしトシマとブライトだけがJRNな訳ではない。JRNには様々な考えの者が所属している。故にさらなる反駁をできる者がいるのである。例えば、コダマのような。
「何もしない訳がないでしょう。私達は救いを求める声があれば、それを救う合理的な術が見つかるまでの間も彼らと対話を繰り返しますわ」
「それで結局何もできなかったら、どうするつもりなの?」
「自らの力不足を正直に詫びる、それだけです。逆に聞きますわ。自分達は全ての者に手を差し伸べることができるとお思いで?」
ブゥケは、その問を鼻で笑った。
「できない。だからこそ、手の届く範囲に入ったものは無差別にすべて助ける」
「そちらの方が余程不公平じゃありませんの!」
「力がつけば何れ全てに祝福を届けることができるようになる」
「それはこちらとて変わりないことですわ」
同じ理想を抱きながら、その過程を異にする者たちの終わることのない口論は、数時間ほど続いたのだった。