「ん、うぅ……。ここは?」
「目が醒めたか」
JRN1号館の救護室で、トシマは目を醒ますのを待っていたそのノリモンに話しかけた。
「自分自身の名前はわかるか?」
「私の、名前……?」
そのノリモンはトシマと同じキャメルカラーの髪をかきあげ、額に手を当てた。
「私はココマ。ココマ……だよね?」
確かにココマというのは、ノリモンの名前としては普通の名前だ。だが、彼女の事情を共有している者からすれば、その名前が最初に出てくるのは不気味なことでもだった。
「ふむ……。ココマ号、私の名前はわかるな」
「トシマ号、ですよね?」
「記憶はある、か。ならば聞きたいのだが、ブゥケトスという名前に聞き覚えはないか?」
ココマの眉がピクリとふるえた。
「どうして、その名前を」
「知っているのだな」
「私が追い出された
この様子を中継で見ている、会議室の中がざわついた。ココマの発言には大きな矛盾をはらんでいるからだ。
そこの誰しもが疑問に思った。一体なぜノリモンの口からひとり親という言葉が出てくるのだろうか?
「ひとり親の、互助会」
「娘がいるんです。だけどその互助会のメンバーは年々シングルマザーの方が増えてまして。それでシングルファザーだった私は最終的に追い出されてしまって。だけど、その後も話に乗ってくれていたのがブゥケトスさんだったんです」
ここまで話してなお、ココマは矛盾に気がつかない。なぜなら経験した事象であることに間違いはないのだから。
だがしかし、その様子を会議室で見ている9名のノリモンはみな眉間にしわを寄せ、頭を抱えている。リロンチとは何たるかを知らなければ10人中10人が間違いなくそれはおかしいと思わずにはいられないことだったからだ。何せ娘がいるシングルファザーを自称する者が明らかにノリモンの名を名乗り、しかも女性の容姿をしているのだから。
「あの、どうして皆さん、頭を抱えて……」
「問題ない、続けてくれ。君とブゥケトスとの関係を聞き終わったら、なぜ我々が違和を感じているのかを説明すると約束しよう」
「……わかりました。その後は話というよりも愚痴を聞いてもらったり、ちょっとした相談に乗ってもらったりした程度ですけど」
だが、そのちょっとした相談の中に、トシマの腑に落ちるものがあった。ブゥケトスに対し、娘にとっては遺された親が父親ではなく母親だった方が幸せだったのではないかと話していたのだという。そしてそれに対するブゥケの答えは。
「『仮にそうだったとしても、これまでの貴方の頑張りは否定されるべきじゃない。どんなに辛いことがあっても、その先で
ブゥケはその発言をかなり曲解してこの自体を引き起こしたのではないか? トシマは訝しんだ。何しろシエロエステヤードはリロンチを祝福と考えているような言動がみられるのだから。
そしてまた、ここまでの話でココマがどのトレイナーであったのかも絞り込みができるようになっていた。
「ココマ号。確認したいことがある。我々の抱いている違和感についてだ」
「なんでしょう」
「単刀直入に聞こう。君は……ノリモンか? それとも、人間か?」
トシマはココマがどちらを答えるのかはわかっていた。リロンチという現象を理解していたからだ。だが、その一方で相反する答えが欲しいという気持ちも確かに存在していた。
そんなトシマの内心も露知らず、ココマは飄々と問いに答えたのだった。トシマの想定していた答えを。
「何を当たり前のことを聞いているんですか? 私はノリモン、ココマです」
「……そうだろうな。ならば自分で話していて、おかしいと思わなかったのか? 我々ノリモンには生殖能力などない。娘など生まれるはずもない。いわんや片親になどなるはずも」
「わた、しは……?」
「君が話してくれたエピソードは、我々の知る1人の人間の男性のものに重なる。早乙女遊馬というトレイナーだ。その名前に聞き覚えは?」
ココマは……そのとき初めて自分に違和感を感じながら、首を横に振った。ココマの記憶の中には、早乙女遊馬という名前はもはやどこにもなかったからだ。
「ならばこうしよう。佐倉空、成岩富貴、北澤百合、山根真也。これらの名前に聞き覚えは」
「あるに決まってるじゃないですか。私が仕事を一緒にやっている方達で」
「
「そう……なのでしょうか? でも、私はノリモンで、それに……」
そう言いながら、ココマの起こしていた上半身は崩れ落ちる。トシマはそれを慌てて受け止めると、再び寝具に横たえた。
「私はノリモンで、私の名前はココマで、私は……?」
「すまない、混乱させてしまって。君が自分自身をココマだというのならば、君はココマというノリモンであると我々はみとめる。だから安心してほしい。JRNが君の身を保証する」
「ありがとう、ござい、ます……?」
そしてココマは、再び眠りについた。トシマは彼女に掛け布団をかけると、一度頭を下げてから、会議室に繋がるカメラの方を見たのだった。
「諸君、これが、リロンチだ」
そしてカメラに向かって、トシマはそう宣言した。