新小平、JRN1号館。年末の仕事納めも終わり一般的には休暇となっている者も多いこの12月27日月曜日、ここは未だにピンと張りつめた空気が漂っていた。
25日に発生したルースの落し子への対応。それで行方不明となった8人のトレイナー、そして武蔵国分寺公園に残された『無』。JRN発足以降最悪の事態と言ってもいいこの状況に、年末年始の休暇をとっている余裕など存在するはずもなかったのだ。
「まずはナリタスカイより武蔵国分寺公園の『無』の調査報告をさせてもらう。かの『無』はラッチのような一種の結界、具体的には超次元的に屈折させるタイプの界面に近いものである可能性が最も大きいと現時点では考えている」
そう言いながらナリタスカイはこの継続会議の参加者に向けて動画を再生した。彼の説明によれば、これはまっすぐと界面に向けて突き立てた棒の先端に取り付けられたカメラにより撮影されたものだ。
その映像には、なんとも奇妙な様子が映し出されていた。まるでガラスレンズを押し付けたかのような干渉縞のような模様がうかびあがったかと思えば、次の瞬間には明転したり、その次には様々な模様が回転しながらその軌跡で螺旋を描きだす。まるでパソコンのスクリーンセーバーのような映像であるが、これは実際に撮影されたものなのだという。
「そして手元に手繰り戻したカメラに異常がないことを確認した後にレールを挿入し、そこから外れぬように一往復の走行を行った」
「突入したのか? 『無』に」
「あぁ。不思議な空間だったよ」
スカイが言うには、無の先にあるのは押し潰した麻布のようにも感じられる、だらだらと続く空間だったという。時折ごく小さな刺すような感覚がして、痛みとなることもある。だがその目に映る景色は、撮影されたものと違いはなかった。そしてそこから戻るときにはほとんど動いていない一方で眩暈に襲われてかつ、その中で未知の目的地へと繋がる綱に引っ張られて進むような感覚がして、武蔵国分寺公園に戻ってきたのだという。
「1つ言えるのは、あの線路を外れていたら俺はここに戻ってこれたか解らないということだ。
その報告を聞いて、一部の者は戦慄した。まだ特性もわかっていない、測定機器すらも入れていない謎の空間に足を踏み入れるなど、なんと不用心なことか、と。カメラに異常が見られなかったからだとスカイは言うが、それでも恐ろしい事であるのに変わりはないだろうというのが多くの者の見解だった。
「……ハツカリ号」
「サイクロの長として、本件調査報告のまとまるまで再突入を禁ずる」
「承知。博士にも伝えておきます」
「おい待て」
まさか鳥満絢太も立ち入ってはいないだろうな。ハツカリはそう問おうとしたが、すぐさま問うのをやめた。愚問だからだ。既に立ち入っていないわけがない。
それからいくつかの質疑を交えたのち、『無』の調査に戻ろうとしたスカイを引き留めて、本題となる話題――行方不明となったトレイナーの捜索と帰還へと会は進んだ。
「まずは進捗から。8人のうち2人とは連絡がついた。だが同様の手法では、残る6人とは連絡を取ることが不可能だ」
「なんだって!?」
「eチッキを用いたものだ。ゆえに先行運用を開始しているドラコ・ユニットの2人とのみ連絡がついている形になる。だがその2人の置かれている状況は他の者もそうであると推測されるので、共有しておきたい。氷川君」
トシマに呼ばれ、今度は氷川日枝が報告を始めた。曰く、2人は別の次元に流れ着いている、と。
それを聞いた途端、また会議室はざわつきはじめる。そのほとんどは信じられぬとでも言いたげのものであったが。
「別の次元に、知的生命体が?」
その言葉に反応したのは、まさに今会議を抜け出して西国分寺へと向かおうとしていたスカイであった。彼は氷川の報告を聞くなり出る準備をやめてメモ帳と筆記用具を取り出し、その公開された情報から真実にたどる道を探すモードに入っている。
「超次元はあらゆる可能性を否定するものではない。俺たちのいるこの次元と同じように文明があったっておかしくないだろ?」
鳥満ら超次元論者の間の共通認識では、この次元の外側には無数の次元が存在しているとされる。そして無理数が任意の有限の長さの数列を内包するように、次元の可能性は無限であり、どのような次元が存在していても不思議がないのである。
「長崎の件で
「つまり、他の6人も2人のいる次元にいると?」
その、どこかから聞こえてきた疑問。それに対し、肯定の言葉が返ってくることは無かった。
「前提をはき違えている。俺が確認した限り、その文面からはどうも中泉と星野は
そしてまた、会議室はざわついたのであった。