中泉良平の辿り着いた次元は、ノリモンのいない次元だった。にもかかわらずトレイニングは可能であり、背筋が薄ら寒くなるような不気味な感覚を彼は覚えた。
幸いだったのは、eチッキによるJRNとの連絡が双方向で可能だったこと。トレイニングが可能ならばとダメ元でユニットのリーダーたる氷川へと送ったメッセージに、返信が戻ってきたことで、今いる場所とJRNとの繋がりが失われてはいないことがわかったことだけが、彼の心の支えとなっていた。
「本当に、近くて遠いところまで来ちゃったね……」
深夜0時10分、羽田空港第3ターミナル。年末年始の繁忙期だというのに、人の気配のほとんどないこの野営地の様子を見て中泉はそうつぶやいた。
この東京では……いや、世界中でスペイン風邪に匹敵する疫病が大流行している。ワクチンの開発や人々の慣れもあって日常を少しづつ取り戻してきてはいるが、水際対策としてほぼ鎖国状態のままで、国際線のターミナルたるここに活気は存在していない。
「夜を明かすだけの僕にとっては、静かな方がありがたいけれど。賑やかなこの場所……いや、違うか。賑やかな第3ターミナルを知ってるだけになんだか少し寂しいね」
長い4人がけのソファにかけ、eチッキ端末にケーブルをつなぎ充電する。もうだいぶ慣れてきたとはいえ、自分の知る存在がないのに電源の規格が同じなのは、中泉にとってやはり奇妙な感覚だった。
そうして中泉はぼんやりと出発カウンターの方を眺める。出発案内の液晶には黄色の欠航の文字が並び、無人のカウンターはまるで世界が終わってしまったかのような印象さえ与えてくる。
空港といえば、この次元では航空業界に20年前に発生した大きな出来事もまた、中泉の記憶とは異なっていた。
2001年9月11日。中泉の記憶ではこの日に起きたはハイジャック事件は、ニューヨーク・ニューアーク発サンフランシスコ行きの航空便がハイジャックされ、ワシントンD.C.のホワイトハウスに直撃したものだった。時の大統領こそフロリダ州の小学校の視察のため不在であったため難を逃れたが、副大統領や多くの閣僚を含む政務官が犠牲となった。
だがこの次元では、この事件で建物に衝突した航空機は3機にも上り、未遂となってペンシルベニア州に墜落した航空機――中泉の記憶にある、ニューアーク発サンフランシスコ行の航空便だった――の乗客乗員も含めておよそ3000人もの被害を出した、非常に大規模なテロ事件として記録されていた。その後にアメリカがイラクとの戦争へと突っ込んで行ったのは中泉の知る歴史と違いはなかったが……。
「歴史に修正力がはたらいているのかな、大まかな歴史は変わらない……ってことなのかもしれないね。それに、ルースの落し子も」
当然ながら、この次元にクィムガンは発生していない。それによる海上交通の閉塞も然り。その結果として歴史はどう動いたか。
驚くべきことに、この次元では未だに朝鮮戦争が終結していないのだ。海上封鎖により日本からの補給が途絶えてジリ貧となって南側陣営が敗北した中泉の知る歴史と異なり、この次元では供給が続いて南北の勢力が拮抗し、その結果として今でも朝鮮半島は2つの国家に割れているし、偶にミサイルが日本に飛んでくることがあるのだという。
ミサイルなど航空系のノリモンの力があれば無力化は難しいものではないのだが、ノリモンのいないこの次元ではそうも言っていられない。それがまた、大問題になっているのだとか。
「……とりあえず、今日の報告はこのくらいかな。しっかし、こっちの次元の情報なんかあったってJRNにはなんのメリットもないと思うんだけどなぁ。これが僕たちの知らないようなノリモンの本質を知ってる次元だったらそうでもないの……に……?!」
その質問を本部がしてきた意図は何かというところまで気が回って、中泉はようやく気がついた。気がついてしまった。自分の身の回りで精一杯だったからこそ、気づかずに済んでいた事実に。
あの時、
――否、そんな訳がない。だからこそ、この次元の情報を聞いてきているんだと。同じ次元に飛ばされたのではないかということを確認するために。
だとしたら。
「eチッキを持っていない、カリーナやウルサのユニットのトレイナー達は? もう一人前とはいえ、新人が……3人!」
もし、同じ次元にいるのならば。連絡を取れる僕が探しに行かないと。きっと昨日の僕と同じように、途方に暮れているはずだ。
「名簿。そうだ、名簿を」
中泉はeチッキを開き、追加のメッセージを入力した。あの時ラチ内にいたトレイナーの中で、僕と同じような境遇になっているトレイナーがいるのならば教えてほしい、と。
「僕1人が、くよくよしてる訳にもいかない。eチッキがあるだけ僕はまだマシな境遇なんだ。それから……」
中泉は少しブレインストーミングをして、明日以降の行動を決めた。JRNに帰還するために、共にJRNに帰還すべき者を探し出すために。
そうして中泉は目を閉じ、朝に備えて一旦の休息に入った。