「それが、君の本当の姿か」
会長さんはクシーさんの力を身にまとった僕を見てそう言った。なるほど、会長さん達から見るとそういう認識になるんだ。
ここでのノリモンと人間の在り方はまだよくわからないけど、反応を見る限りでは人間がノリモンの姿になることを多少驚きは擦れど別段不思議がっている様子もない。つまり、トレイニング的な何かが行われてるってことなんだろう。
「いいえ、違いますよ」
そう言いながら、僕はトレイニングを解いた。今度もまた、あまり驚いている様子もない。
「こっちの姿が、僕の本当の姿です。さっきのは知り合いの力を借りてただけです」
「知り合いの、力を借りる……?」
そしてこの言葉には、会長さんもトウマさんも頭をかしげて、お互いに目線で何らかのやり取りをしている。どうやらこの概念は学園にはないらしい。うーん……?
「……すまない。申し訳ないのだが、私達は今の言葉の意味がいまいち咀嚼することができていない」
「力を借りるってことは、その姿の子がまた別にいるってこと?」
「端的に言えば、トウマさんの言ってる通りです。さっきのはクシーさんの力をまとっていたわけなんですけど」
そう言いながら、僕は今度は別のチッキを手に掴みトレイニングする。青い光が、僕を包み込んだ。
そして小さな声でいつもの口上を読み上げれば、今度は銀色を纏った姿となって光が晴れる。
「このように、別の知り合いの力を纏うことだってできる訳です」
すると会長さんは机を離れてこちらの方にやってきて、近寄ってから僕の姿をまじまじと見つめている。
……なんだろう、けっこう恥ずかしいような。どうにかならないかとトウマさんにアイコンタクトを送ってみるも、諦めろとでも言いたげな感じの目線が戻ってきた。どうやらどうにもならないらしい。
そして彼女が反時計回りに僕の周りを観察しながら1周し終えると、僕と向き合うような位置に立って、僕の顔をまっすぐと見つめて言った。
「これはこれは、本当に興味深いね。君、この学園の外に出てもいく当てがないのだろう? トウマから先ほど話をもらった時は本当にそうするべきかどうか定かでは無かったけれど、今決めたよ、君を学園で保護しようじゃないか。この学園の中にいる間は君の身分と自由と衣食住を保証しよう」
会長さんの右手が僕と会長さんの間に伸びて、そこに僕の右手が伸びるのを待っている。そして顔を上げれば、彼女はにこりと笑っている。
僕はこの次元の事を何も知らない。ならば。この差し伸べられた手を掴むのは、そんなに悪い選択肢じゃないように思えた。
だから僕は、その右手に右手を重ねた。
「決まりだね。これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、右も左もわかってない僕なんかを受け入れてもらって」
「ふふふ。君のことが分からないのはこちらも同じこと。だからこそ価値があるというものではないのかね?」
そういう会長さんの目には、確かな意思が固くあるとともにその周りを僅かな狂いの色が漂っている。それはJRNで研究に夢中になっているみんながしている眼とあまり相違ないものだった。
「さて、君を受け入れると決まった以上、いくつかの事務的な手続をしなくてはならなくてね」
「それはまぁ、そうでしょうね」
会長さんは応接用のソファに案内して、そして自身の机からいくつかの書類を見繕いながらそう言った。
まぁ書類を書くくらいなら普段の活動でも意外とさせられているので苦にはならない。めんどくさいけれど。
「それで書類を作成するにあたって、差し当たって君に決めてもらわなくてはならないものがあってだね」
「決めるべきもの……?」
「あぁ。とても大切なもの……どの書類を作るのにも、必要なものなんだ」
そう言いながら書類の束をコンコンと応接用の机で纏めて僕の方に正位置になるように置くと、一番上となった書類の上に左手を置いてから会長さんは再び僕の目を覗き込んだ。
「この学園の中での、新しい君の名前だよ」
「僕は山根真也です。それ以上でも以下でもないのですが」
「それは人間としての名前だろう? 私だって持っているよ。だがそれはこの学園の中では用いられることはめったにない。私の『シンカリムドルナ』のようなカタカナの名前でお互いに呼び合っている」
……ん? 人間としての名前を?
そんな疑問を浮かべていることも露知らず、会長さんは淡々と言葉を続けている。
「これには真面目な理由としょうもない理由があるのだが」
「真面目な理由は……」
「一般の人間よりも私達ははるかに強大な力を持ってしまっている。それゆえに一目でそうだと分かる名前で区別することが求められているのだよ」
まあ、これはなんとなくわかる。というか元の次元でもノリモンの名前がカタカナなのは人間の名前と混用されないようにするためだというのが大きいと小耳にはさんだこともあるくらいだし。
「それで、しょうもない理由は?」
「基幹システムが古くて半角カタカナしか受け付けないんだ」
「それは3秒で改修して?」
座っているのにずっこけそうになった。会長さんは苦い笑みを浮かべている。どうもそのシステムをもとにどんどんと外部システムを拡張していった結果いまさらそこをいじるわけにもいかなくなっているのらしい。
だけどまぁ、こっちもわからなくもない。そもそも、僕の元居た次元でも、元来は電報でやり取りを行ってたことにルーツがあってカタカナの名前になった歴史がある。それが初期のコンピュータ通信で都合が良くて継続されて、そして今でも伝統として続いてる面もあるんだとか。
……あれ、これあんまりこの学園のシステムの事笑えないな。
「まぁ、こういった理由で名前が必要なのだよ」
「なるほど」
それにしても、ノリモンのようなカタカナの名前か。考えたこともなかった。
会長さん曰く、多くの人はスーッとその名前がおぼろげながらに頭の中に浮かんでくるものらしいのだけど、流石に僕はそう言うこともなく。
さて、どうしたものか……。