「さて、新しい君の名前を教えてくれないかな」
ぱっと思いついた自分を示すカタカナの文字列は、コールサインたるウルサロケットだった。
だけどこれは違う。役職の名前であって、今僕に割り当てられてるだけで僕固有の名前として使っていいものじゃない。だから却下だ。
同じような理由で、当たり前だけどクシーさんやポラリスの名前を借りるのもなし。どっちも僕の名前じゃない。
「……ごめんなさい。ちょっとすぐには思い浮かばないです」
「そうか。しかしその名前がないと手続を進められないのだが」
どうも学園内部じゃ全てそのカタカナの名前で決裁や処理が行われる都合で、本当に名前を決めないとどうしようもないらしい。それでいうとこの手元にある書類の束も、パラパラとめくってみればもちろん全てそっちの名前での署名が必要になるみたいで、本当に何もできなさそうな雰囲気が漂っている。
「決めなきゃだめかぁ……。もう下の名前そのまんまマヤとかじゃダメですかね」
「少し調べてみようか。……あぁダメだ、過去の名簿と競合している」
名前かぶりもダメなんかい! 一体いつの時代のオンラインゲームか何か? いやカタカナしか入力受け付けない時点でだいぶ古いシステムなんだろうけれど……。
そもそも、既に学園を去った方の名前までチェックする必要なんてあるのかなぁ。
「それ、思い浮かんだ名前が被った時にどうしてるんですか……?」
「私もいくつかの例を知っているし、同じ名前で4回別の人が申請を出して跳ねられた事例も見ているよ」
ダメじゃん。システムが。JRNにも同じ名前のノリモンが複数いる例はいくつかあるけれど、実務上困ったという話を聞いたことがない。なんならベガさんなんて各派閥にそれぞれいるレベルだし。
そう思い出しながら会長さんの話を聞いていたら、どうやらこの学園でもそれが多重に発生した名前はベガなのらしい。次元が変わっても、よくつけられがちな名前は変わらないようだ。
「その4回の例はみなちがう手段で解決していたよ。1人目はヴェガ、2人目はオリヒメ、3人目はベガザスター、4人目はトリプルマウスを名乗ることになった」
ヴェガさんは、微妙に表記を変えて被りを回避した。
オリヒメさんは、連想される別の単語を用いて被りを回避した。
ベガザスターさんは、別の単語を付け足すことで被りを回避した。
トリプルマウスさんは、思い切って全く違う名前に変えてしまうことで被りを回避した。
この中のどれかと同じ事をしろ。それが、会長さんの意図なのだろう。
……それにしても。
「ベガが2回も被ったのによくオリヒメが空いてましたね……」
というよりもむしろ、誰もオリヒメとは名乗らないのにもかかわらずベガが3回申請される程にはやっぱり星の名前というのは名前として付けられやすいのだろうか。ポラリスだってこのあだ名は星の名前だし、JRNのユニットの名前だって星座に由来した名前がついている。
星、星かぁ。
「……あ」
「何か思いついたのかい?」
「思い出したんです。昔に『君には必ず、この名前が必要になる時が来る』って言われたことを」
そう、それは僕がまだ小さかった頃。その日は父さんが夜勤だって聞かされてたから、夜に日が暮れてからもコロマさんと一緒に星を見ていたっけ。
あの時コロマさんは、星は道筋を示してくれる大事なものなんだって教えてくれた。周りに何も見えない闇の中でも、時計と照らし合わせて星空を見れば、今自分がどこにいるのか、そしてどこに向かって進んでいるのかがわかるんだって。
そしてその時に一緒に、こう言われたんだ。
『ボク達がそのうち離れ離れになっても、きっと同じ星空を見ていて、そしてボク達を繋いでくれる。この大切な星空にちなんで、真也に大切な名前を』
『名前?』
『うん。忘れちゃダメだよ。君には必ず、この名前が必要になる時が来るんだから。星空、という意味の遠い遠い国のことばで――』
名前が必要になる時。それってきっと、今のことなんだ。
ならば。どこまでこの事を見通していたのかは知らないけれど、コロマさんにもらったこの名前を使わせてもらおう。
「
そう声に出すと、不思議とその名前がしっくりと体になじむような気がしたんだ。
「なるほど、いい名前だ。今までに使われては……いないね。ならばこの学園の中で、今この時から君はシエロエステヤードだ」
「はい!」
それからパシャリと顔写真を作成してから学園のシステムに登録するため、最初に記入した書類をトウマさんがどこかへと持っていった。そして僕が残りの書類を会長さんの手ほどきを受けながら埋めてそれが全て終わるころに、彼女は1つの封筒を持ってようやく戻ってきたのだった。
「これ、君――いや、こう呼んだ方がいいね。シエロのだよ」
開けるよう促され、中を開くと。プラスチックのカードと三つ折りにされた文書が入っていた。そして、そのプラスチックのカードには。
「シエロ、エステヤード」
そのさきほど決めた名前が、しっかりと刻まれていたのだった。
それをまじまじと見つめる僕の様子がよっぽどおかしかったのだろう、会長さんは一度だけぷっと噴き出すと、少ししてから僕の肩に手を置いた。
「ともかく、それがあればこの学園の中での身分は保証される。無くさないようにな。再発行には手数料がかかるぞ」
「無くしませんって」
「それから、だ」
会長さんとトウマさんはまた真面目な顔になると、ふたり並んで僕の前に立った。
そして、揃って穏やかな笑みを浮かべると、僕に向かってこう発したのだった。
「生徒会長として、君を学園の仲間として歓迎しよう。シエロエステヤード君」