寮。組織が構成員向けなどに設置する、多人数の住居だ。特に教育機関の学生や生徒向けに置かれたものは、学生寮と呼ばれている。
「まさかまた、学生寮に入ることになるとはね」
「またってことは、前に入ってたことがあるの?」
「スクールの時に、3年だけ。それからは借り上げの職員寮だから、普通のアパートみたいなものだったし」
スクールの時の寮は、部屋こそ別々だったけれども水回りは建物で共通のものを使っていた。どちらかといえば、住宅というよりはビジネスホテルとかの客室に近い感じの部屋だったし、料理なんてできる設備は部屋に無かったから決められた時間にみんなで食堂でご飯を食べていた。そしてこの学園の寮も、やっぱりそういう感じのものらしい。
「あの、食事にお金とかは」
「いらないよ?」
「流石にただ飯は申し訳ないというか……」
そう答えると、どうも生徒会は僕の持っている異世界の知識に大して相応の価値を見出しているとのことらしい。
知識なんて言われても、僕が持っているものなんて専門の入口程度に過ぎなくて、そんなに価値はない思うんだけどなぁ……。
「そんなことはないよ。だって君さ、とっても落ち着いてたじゃない?」
「慌てても帰れるわけじゃないですから」
「そう、それ! その反応をしてる時点で、この世界の誰よりも詳しいってことだと思うの」
どういうこと? と思ったら、どうもトウマさん達の感覚だと、仮に異世界に飛ばされたとしたらそんなに落ち着いてなんていられないとのことで。そもそも、異世界自体が――中には本気で信じている人もいるが――到底俄かには信じられるものではないのだと。
そうは言われても、僕は超次元に飛ばされるのはもう2度目だし、なんなら1度目と同じシチュエーションで飛ばされている。そうなればもう大変なことになるのは目覚める前から覚悟はできていたようなものだ。元の次元に戻すとか言っておいて全然違う所に送ったリヂルさんは許さないけれど、それはこの際正直どうでもいい。本質的に言えば……。
「つまり僕達は異次元の存在を現実のものとして認識しているけれど、あなたたちはそうではないと」
「さっきまではね。でもシエロの話を聞いてたら本当にあるんじゃないかって思えてきたよ」
「本当にあるんですよ」
そんな話をしながら歩いていると、これからしばらくお世話になる――できればそう長くはお世話にはなりたくないが――寮が見えてきた。この学園にはハーベスト、ディザイア、ブライト、アイビス、ファルコンという5つの寮があって、ここはそのうちの1つ、ファルコンだ。なにか引っかかるようなネーミングなんだけど、具体的にどこで聞いたのかを思い出すことができるかといえば無理だし、そもそもなんのことなのかすらわかりそうで微妙にわからないような、そんなもどかしい感じのする名前だった。
ファルコンの寮はロの字型の建物で、吹抜けの中庭をぐるっと囲む廊下の外側に個室が並んでいる形だ。そして廊下の内側には、各階毎の共用スペースとトイレや洗濯スペースなどの水回り、そして昇降施設があって、食事や入浴以外は最悪その階だけで生活が完結できるようになっている。
そして1階のロビーの奥はちょっとしたホールになっていて、食事時はここが食堂がわりにもなるらしい。お風呂は地下に大浴場が1対。1フロアのスペースを大胆に使った広々とした設計だ。
トウマさんはそう一通りの設備の説明をしてくれた後、僕にあてがわれた部屋まで案内してくれた。先ほど受け取った学生証をかざして電子ロックを解き扉を開けると、その中にはロフトベッドとその下に机、そして収納スペースががあるだけの、簡素だけれども落ち着いていてどこか懐かしいような、そんな小部屋が広がっていた。
「ごめんね、備え付けの什器は用意できてるんだけど、備品とか消耗品とかはまだ準備ができてないの。でも、一週間以内には揃うよう手配してあるから」
「なんか……いろいろありがとうございます」
「いいのいいの。気にしないで! それじゃ、またご飯時になったら来るから」
そう言うとトウマさんは部屋のドアを閉めて去っていってしまった。そして僕はその部屋に1人残された。その場に静寂が訪れる。
「あ、れ……?」
次の瞬間。どうしてか今まで感じないでいた不安と孤独感が、急に津波のように押し寄せてきて、止まることを知らない。
そしてついには……涙までもが目から、あふれ出た。
身体中の力が抜けて、すぐそこにあるベッドにすらたどり着けず、その場にへたり込む。
「どうして? 涙が、止まらない」
帰ることができるのかという、不安。
遠くまで来てしまったんだという、孤独感。
そして――帰る術が本当はまだ手がかりすら掴めていないという、絶望。
「ユニットのみんな……ブライトさん……ポラリス……程久保に綾部……。会いたい、帰りたい」
つい先ほどは半分笑いながら聞き流していた、トウマさんが自分だったらこうなっていたと言っていた状況に今更ながら陥って、抜け出すことができない。
みんなは元気にしているのだろうか。心配をかけてやいないだろうか。いや、とっくに大騒ぎになっているに違いない。なのに僕は五体満足で元気だという報せの1つすらJRNへと届けることができないという無力感。それがさらに僕を苛んだ。
最早意味を成す言葉の形をしていない慟哭をあげ、上半身を支える力すらもなくなって床へと倒れ込む。そして僕はそのまま意識を手放した。