気がついた頃には、窓の外は闇に落ち、薄く赤い光がわずかに西の空に見えるだけになっていた。それと同時に、ドンドンと扉をたたく音が聞こえる。
重い体を持ち上げてそちらの方へと向かおうとしたとき、ガチャリと外側から解錠されて扉が開く。
「あ……」
「あら? 起きてるじゃないのWake up」
「えーっ!? 返事をしてよね、シエロ!」
外からやってきたのは、トウマさんともう1名、アップルグリーンの髪をしたやや大柄な方だった。鍵を開けられるってことは、たぶん寮の管理とかそういう感じの方だろうか?
「ごめんなさい、今さっき起きたところで。……その方は?」
「寮母のミノル先生。英語の授業もやってるの」
「はじめましてYou all right? あなたの事情は生徒会から聞いてるわHeard」
そう独特な話し方で話すミノル先生。さすがに寮母の先生には話す必要があるか。
とはいえ。
「こちらこそはじめまして。……トウマさん、他は生徒会からは誰に情報を?」
「うん? あとは学園の上層部だけの予定。それと、クモエコロ先生から1人、それだけになるかな。他の人にはただの転入ってことで」
曰く、学園は一応学期制ではあるけれど単位制なのもあって、通年で転入生が入ってくること自体は珍しい事じゃないらしい。だから言わなかったらボロを出さない限りバレないだろうとのこと。
……そのボロが一番出そうなんだけどなぁ。
「まあ、それはともかく! そろそろご飯の時間だから呼びに来たの」
「もうそんな時間……そういえばこっち来てから何も食べてなかったな」
「でしょ? それならなおの事早くいかなきゃ!」
そう言って、トウマさんは駆け出していった。僕達を置いて。
「あっこら、廊下は走っちゃダメですProhibit!」
「……僕を置いてったら意味がないんじゃ」
「ふふ。あの子、最近元気がなかったから空回りしてるんじゃないかしらLion's skin」
えっ?
それってどういうことだと聞こうとしたとき、廊下の先から声が聞こえた。
「シエロ、はーやーくー!」
「ほら、行ってあげなさいなFollow。……あ、走るのはダメよNo run」
そう言ってミノル先生は僕の背中を叩く。促されるように僕はトウマさんを追った。
その後で先生が僕の部屋の床のまだ乾ききっていない水たまりをじっと見つめていたことに、僕は気がつくはずもなかった。
★
トウマさんに教わったところによると、この寮の食事の形式は、変則的な食事形式だった。
2回の食事は午前も午後も時間は6時から9時までの3時間。このうち、最初から2時間は食べ放題のビュッフェ形式で、おかわりも原則自由。それ以降は定食スタイルで、それでも余ったものは遅くなった子のためにお弁当として用意される形だ。
だからみんな朝は早起きするし、夜も寮には早く戻ってくる。胃袋を掴まれれば、行動パターンは簡単に変えられてしまう。中には少食だったりで空いている後ろの時間帯を好んでやってくる子とか、夕方は遊んだりしたい子もいるけれど、そういう子がいるのも織り込み済みでシステムとして出来上がっているのだという。
まぁ、つまり。何が言いたいかというと。
「やっぱり。お腹空いてたんだ」
ルースの落し子との戦いの前、昨日の朝ごはんから何も食べてなかった僕は、最初の1口をお腹に入れた瞬間に猛烈な空腹をようやく認知して絶賛おかわり中、という訳だ。
普段はそんなにご飯を食べる方ではない……んだけど、流石にこれだけ食べていないと話は別で、体中が食べろと命令をしてくる。自分でも信じられないほどに口の中に、胃の中に食べ物が放り込まれるのに、それでもまだ足りないという恐怖。
結局、大人気なくも片手では数えられないほどおかわりをして、そして全て平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
「ホント、よく食べたねえ。一度に全部盛ってたら絶対に目立ってたよ」
「いやいやそんなに物理的に盛れませんし運べませんって……」
そう言う僕に対して、トウマさんは指を左の方に向けた。その先を見れば、顔も見えない程に高く積み上げるように盛られた料理を器用にも運んでいる者の姿が。絶対前すら見えてないでしょアレ。
「今は冬休みだからあの子以外は実家に戻ってるんだけど、この寮、あんなのが何人かいるから」
「見なかったことにしていいですか?」
「数日もしたら見慣れるよ」
うわぁ、見慣れたくない……。
そうは思いながらも、実際数日もすりゃ見慣れていそうな自分がいるわけで、ものすごく微妙な気持ちになった。
それから部屋に戻ると、ミノル先生からの一通の便箋が机の上に置かれていた。入浴の後でもいいので、都合の合う時間に寮長室まで来てほしいとのことだった。
……入浴って言っても、着のみ着のままでこの次元に放り出された訳で、着替えなんて当然持ってないけど? それに、タオルだって……いや、待てよ?
もしかしたら。そう思って、僕はクローゼットの扉に手をかけた。そこにはタオルセット一式と、コンビニで売ってるシャツとパンツ、それに部屋着めいたフリーサイズのガウンが1着だけ入っていた。タオルを手に取ると、ぱらりと1枚の紙が落ちた。
『どうせ持ってないだろうから渡しておくね。ガウンは着替えを調達でき次第保健室まで返してね。他の下着やタオルは出血や水没時用の消耗品だから気にしないで。 クモエコロ』
その文を読んだとき、ブワッと目尻が熱くなった。どうしてみんな、見ず知らずの僕に優しくしてくれるんだろう。もちろん、裏に知識欲があるのは知っているけれど、それ以上にもらってばっかりな気がする。
「とりあえず、お風呂行こう」
まず着替えてから、今まで着ていた服を洗濯機に突っ込んで、僕は地下の大浴場へと向かった。