「すみません、シエロエステヤードですが」
入浴を終えた僕は、タオル類と回収した洗濯物を部屋に干してから、置手紙にあった通りに2階のミノル先生の部屋へと向かった。
「待ってましたよWelcome」
それからその部屋の応接間に通されて、机を挟むようにかける。その机には、既に何枚かの紙資料が置かれていた。
「それはこの寮のルールだから、一応読んでおいてねPerusal。By the way……」
そう言うと、ミノル先生は机の向こうから僕の顔に手を伸ばし、両肩に手を置いた。
「あなたがいままで居た所とここでは、きっと文化とかマナーとかが少し違うDisconnect」
「それはもう、なんとなく感じています」
この次元のノリモンは、元居た次元のノリモンとは決定的に違う性質がある。そこから少しずつ、作法だとかの細かな差異が生まれて行って、そして結果的に文化レベルの違いが生まれている。
決定的だと思ったのは、人間である僕にノリモンとしての名前を名乗らせることに全く抵抗感がなかったこと。それどころか、そう名乗るように言ってきたということは元の次元では考えられないことだった。
「ミノル先生。1つだけ、聞いておきたいことがあるんです。ここでは、あなた方と人間とはどのような関係性なのですか」
「……えっと?」
「人間の僕がシエロエステヤードと名乗ること自体、僕のいた日本の習わしとは違うんです」
だけど、ミノル先生はすぐには答えを返してくれなかった。恐らくだけれど、僕の言ったことを飲み込むのに時間がかかっているんだと思う。だけどその顔は少しずつ影が差し、赤い目は光を放ち始めた。
そして少しして、やや声を低くして
「……いえ。文化が違うかもしれないことを先生が認識しているからこそ、切り出せた話です」
「なら、まだよかったわNot worst。今の質問、聞く人によっては殺されてましたよKilled」
「ころっ……!?」
そしてその理由を聞いて、初めて僕はその質問が愚かだったことを理解した。
驚くべきことに、そもそも生物ですらなかった元の次元のノリモンとは大きく異なって、この次元では彼らは人間の子として生まれ、また彼ら同士や彼らと人間とで子を成すことができる存在だった。それはつまり、いわば人種の一種のような存在だったのだ。
そしてさっきの質問は彼らを人間ではない扱いをしていたのだから、ナチュラルに人種差別をしていたようなものだ。それが分かってしまえばたしかに、今の質問は殺されても仕方がないといえよう。
「……ごめんなさい」
「本当に遠いところからやってきたということがよくわかりましたClearly。ならばあなたに、私たちの大切なものについても伝えておかなくてはなりませんね、名前についてをName」
そう言うと、ミノル先生はその名前の特異性について語り出した。
この世界での彼らの名前は、与えられるものではなく名乗るものであるというのが大原則らしい。その名前はほとんどの子が8歳から10歳ごろの間になぜか頭の中にすっと思い浮かぶもので、なぜそうなのかはわかっていないとのことだった。
「もちろん、名乗る前にはご両親からGiven name……日本では幼名と呼ばれてる名前で個人を識別するのよisolation。だけどIdentified name、実名を名乗るようになってからは、幼名は家族ほどの親しい間柄でしか使わなくなるわAvoid」
この実名の名乗りに前後して、彼らは肉体的に顕著な成長がみられて、そして力を得るのだという。この一連の流れの事を、ミノル先生はローンチと呼んでいた。
そこで僕は、1つの疑問を抱いた。
「でも先生。ならばどうして名前はカタカナなんですかね」
「私もそうだったのだけれど、実名が最初に浮かび上がってきたとき音だけで意味はわからなかったのよねCryptic。だから日本では昔っから表音文字であるカタカナで表す伝統になっているんじゃないのかしらTradition」
ちなみに、名前被りで改名を要求されてしまう学園のシステムについて尋ねたところ、ローンチが終わるまでの間は自分で納得できるのであれば実名を変えて名乗り直すことができるので、意外にも発達に問題は起きないらしい。その一方で、ローンチが終わったあとに名乗り直そうと別の名前をいくら考えたところで、絶対にその名前が自分自身の名前だと認識できることは無いとの研究結果もあるのだという。
結局、実名というのは自分が自分自身の名前であると認識できる事が一番重要なんだ。そう納得したところで、今度は逆にミノル先生の方から神妙な顔でこちらに質問を投げかけてきた。
「……ねぇ、シエロエステヤードさん。Possibly、こちらの都合で自分をシエロエステヤードと名乗ることに苦痛を感じてたりとかはないかしら?」
「それはあんまりないですね。その名前でと会長さんに言ったとき、どうしてだかは僕にもわからないんですが、パズルのピースをはめるときのように妙にしっくりとくる感覚があったんですよ。それに郷に入っては郷に従えと言いますし、この学園にいる間は僕はシエロエステヤードです」
「So、ならいいのだけど……」
それからも時間にして30分ほど、学園に根ざす文化についてや危険な地雷になりうるタブーを教わった。
とりあえず、これだけ教わっておけばコミュニケーションの中で地雷を踏んで大事になることもないだろう。
「なにか困ったことがあったら、気軽に相談に来なさいなCounsel。寮母っていうのは、寮生活のAdviceのためにいるようなものなんだからStay」
「ありがとうございます。でも、できればお世話にならないようにがんばります」
「Good luck!」
それからその日はもう遅いので、部屋に戻って床に就いた。