「さて、あの人の事はおいておいて、本題に入りましょうか。シエロエステヤード君、君についての事ですよ。さ、こちらにどうぞ」
学園長さんはどこからか数冊の冊子を取り出しながらそう話題をきりかえると、アシノコ先生と一緒になって応接室へと僕を案内した。
「まずは学園の長として、このシンカフラッシュから君に歓迎の言葉を。中央鉄道学園へようこそ。こちらにいらっしゃったのも不本意とは伺っていますが、ですからこそ君がこれ以上の不満を抱くことのないようにと最大限の対応はいたしましょう」
「お心遣いは感謝しますが……。どうしてそこまで、それも最初は侵入者であった僕に親身にしていただけるんです?」
そう尋ねると、学園長さんはすっと目を細めて、会長さんから聞いていないのかと尋ねてきた。どうやら彼も同じ考えなのらしい。
「ご安心ください。実際のところ規模の経済が効きますからね、設備に余裕を持たせている現状、実際のところ今更お1人増えたところで対応コストはさほど増えないものなのですよ」
専用の設備が必要になるのであれば話は別ですが、と付け加えて学園長さんはにこりと笑った。うーん、そんなものなのかなぁ……?
そう頭の中でぐるぐるしていると、急に部屋の空気が変わる。体感気温が明らかに下がって、まるで凍てついたかのように張り詰めた。威圧感だ。その出処の方へと顔を向ければ、ほら。
「学園に害なすものであれば……わかっていますね?」
その学園長さんの言葉のあと、その笑顔は一切変わらないまま部屋の空気は氷解してもとに戻る。なるほど当然といえば当然なのだろうけど、今の感じからして彼もかなりの実力者のようだ。
「しませんって」
「ええ、こちらもそう信じていますよ。さて、この話は一度置いておいて、これからの貴方の話をしましょうか」
そしてそこで、僕はこれから他の生徒と同じように授業を履修する傍らで、僕のJRNでのお話を直接彼に開示できる範囲で話しつつ、そして僕の帰還の術を探る形を提案された。
「……もしかして、帰る術が見つかったらついてくるおつもりで?」
「そうしたいのは山々なんですがね、流石に学園を長期間離れることはできないのですよ」
学園長さんはものすごく残念そうな声色でそう答えた。残念だと言っていたあたりからそんな気はしていたけど、やっぱりこの方もJRNに興味があるみたいだ。
「仮に相互に簡単に行き来ができるようになったとしましたら?」
「もちろん伺いますとも。そのためにも、まずは君の帰る術を探すところからですが」
「ありがとうございます」
……なるほどね、なんとなく学園長さんの本当の魂胆が見えてきたような気がする。
よし、この提案、受けよう。もともと帰るためには誰かの協力が必須だったんだ、これ自体は咎められはしないだろう。
「では学園長さんの提案通りということでよろしくお願いします」
そして僕は頭を下げて、学園長さんの方を見た。彼はまたニコリと微笑んで、そして右手をこちらへと伸ばした。僕もその手を取るのに迷いはなかった。
「えぇ、承りました。その方向で最終の調整をいたしましょう。履修に関してはアシノコ先生の方から説明をがありますので」
学園長さんはアシノコ先生へと目配せをして、取り出した資料を机の上に並べている。アシノコ先生はそれを確認しながら口を開いた。
「改めまして、アシノコです。あなたの出自のことは先程も聞いてるし、まぁかなり大変だとは思うけれど……こんなことを言うのもなんだけど、先生の立場としては純粋に学園生活をまず楽しんでほしい。それだけは伝えておきます」
真剣な眼差しでこちらをアシノコ先生は見つめている。先生としての熱意が感じられる視線だ。
「大丈夫です、いい加減に切り替えて、ここまで来たらもうこの状況を楽しまなきゃ損な気はしていますから」
「……そう! じゃあ、困ったことがあったら気軽に言ってくださいね。先生は半分は生徒の相談のためにいるんだから。それじゃ、学修の案内をさせてもらうね」
そして学修案内と書かれた冊子を開いて、その説明が始まった。
まず驚いたのが、この学園、なんと卒業という概念がなければ、在学上限年数も規定がない。そのかわりに全ての学期において1つも講義を履修しなければ、あるいは直近1年間に1単位も修得できなければ、他に特段の事情がない限り即座に学園を退学させられてしまうらしい。学修のゴールはいくつかのプログラム毎に規定の単位が揃えば修了が認定される形だ。
「単位を集めきったらどうなるんですかね」
「そうなる前にみんな学園そのものや、あるいは外部から引き抜きがあって生徒をやめてくの」
それか1つも単位を取れずに去っていくか。そのような形で、いずれみな退学していくのだという。なかなか不思議な感じがするのだけれど、どうもこの次元でも普通は僕の知っている形のようで、学園が特殊であるらしい。なんかそこは安心した。
それからも履修登録の仕方や、単位認定のシステムなどを教わってから、この会合は終わりになった。
次の冬学期が始まるのは年が明けてから。それまでの冬休みの間は、僕は学園の雰囲気に慣れたり、冬学期に向けた準備をしたりする期間だ。その間にもここの空気をもっと知らないと。
そう思いながら、貰った資料をまとめてから応接室を出たら。
「さて、シエロエステヤード君。私としては君の今の実力を見てみたい面がある。お手合わせ、願えるかな?」
会長さんが、扉の前に仁王立ちしていたのだった。