街中で突然目の前を横切ったクィムガン。その突拍子もない事実に、一瞬頭がフリーズしてしまった。悪魔が見なかったことにして出動要請かかるまで放置しようと囁いてくるが、見てしまったクィムガンを放っておけないのがJRNのトレイナーの性だ。僕は腰に提げたチッキケースに手をかけ、流れるようにトレイニングした。そして突然のクィムガンの発生にパニックに包まれる靖国通りをかき分けて、東へと走り出す。
鉄輪シューズは寮に置いてきているので、いつもと違って足に車輪がない。だけど、ベーテクさんも言っていた通りそんな状態で公道なんて走りたくないので、むしろそれは好都合だった。片側で2ケタキロもある重い車輪を高い位置に抱えて走りたくないし。
ただ、この状態で走るのは、鉄輪で軌道を走っている時とだいぶ勝手が違う。いつもなら最高速度を維持することは車輪を転がしていればとてもかんたんなのに、車輪無しだと常に足を高速で動かす必要があるからだ。その物理的制約も相まって、軽く流しで走るときはいつもの最高速度の1割強、全速力なら4分の1程度しか速度を出すことができない。車輪とはかくも偉大なものなのだ。
だけれど、それだけ出せれば今は十分だし、実を言えば公道を走行する上では道路交通法の関係で1番スピードを出せてしまう走り方だったりする。駆動系やブレーキを備えた車輪で走れば軽車両扱いで法定速度に縛られるし、そうでない車輪を用いる場合はそもそも交通のひんぱんな道路を走ることは禁止されている。一方非動物系のノリモンとトレイニングして大地を蹴って走るぶんには、車でも畜力で動いている訳でもないので扱いは歩行者だ。ゆえに、法定速度は適用されないのである。
そしてようやく、須田町の五叉路でクィムガンに追いつく。軽く《桜銀河》を一瞬だけ当ててしまえば、向こうもこちらに気づいたようで、逃げるのをやめて急激に速度を落として最終的には停止した。それと同時に、エリアメールの5音チャイムがスマホから響く。
ということは、だ。このクィムガンは発生してからそんなに時間が経っていない。さっき買った薄い本の情報が正しいなら、この段階ではまだ有色のシールドは出せないとのことだったけれど、それが本当だということも確認できた。ならばもう、僕ひとりでもこのクィムガンは処理してしまえる。
そしてもう一つ。エリアメールが届くという事は、既に誰かが行政に通報しているという事だ。なら、僕から改めて通報する必要はなさそうだ。
周りの建物や車両へと誤射しないように、こちらへと突進してくるクィムガンを誘い込むようにラッチを築いて、一旦トレイニングを解除してから入場すれば、その中には僕とクィムガンがいるだけ。こうなれば360°どの方向に《桜銀河》を撃っても絶対に何も巻き込むことがない。
クィムガンの突進を躱しながら、《桜銀河》を外れても止めずに撃ち続けてクィムガンのシールドを削る。飛行能力を持たないクィムガンなので、水平に回転するだけで必ずいつかは当たるので、やることはめちゃくちゃかんたんだ。車輪がないから機動力は微妙に落ちているけど、加速度は大きく変わらないので問題はない、はず。
実際、クィムガンのシールドは5分もしないうちにあっさりと全て削りきることができた。その状態で一度攻撃を外せば、シールドは割れてクィムガンは無防備だ。そこにもう一度《桜銀河》を叩き込めば。
「タテイス、カンナ、ニラセ……!」
クィムガンは意味のわからない断末魔を上げ、爆発して霧散した。知識では知っていたけれど、本当に爆発して跡形もなく消えるんだな……。
そう感慨に浸りたいところでもあるけれど、こんな交差点のど真ん中にラッチを置き続けているのは明らかに交通の邪魔なので、とっととラッチを開けに出よう。
そう思って後ろを振り返ると、いつの間にやら入場していたのか、トレイナーが2人。しかも片方は大きな弓を背負う見覚えがある顔だ。
「なんでいるんですか、プッピスの……」
「虹ヶ丘。今日はたまたま外神田にいたのよ。あなたこそどうして?」
「神保町に本を探しにきてたんです。それで本屋を出たらクィムガンが走ってて」
「追いかけてここに着いたのね」
そんなやり取りをしていると、ふいにラッチが開いて、虹ヶ丘さんの奥からもう1人がこちらへと駆け寄ってくる。きっと彼女がクィムガンの爆発を見て真っ先に出てラッチを開けたんだろう。
そして交差点を見渡せば、いつの間にやら集まったのか野次馬がずらり。ラチ内で戦ってる様子は外からは見えないのに、野次馬してて楽しいんだろうか?
「ここじゃ邪魔だから、とりあえず歩道行こっか、ウルサの……」
「山根で……何書いてるんです?」
虹ヶ丘さんはどこかから取り出したのか、バインダーを抱えて何か書類を書いている。器用にも、歩きながら。
「ん、これ? 警察がいつも聞き取り調査に使ってるのよ。予め書いておくと解放早いじゃない?」
大丈夫なのかな、それ?
そんな疑問を抱えつつも、どうやら歩道についた頃には書き上がったようで、間違いがなければ自筆でサインするよう促された。『神田神保町でクィムガンを認め、追跡して須田町交差点でラッチを展開、そのまま対応に入る』……うん、たしかに合ってる。本当にこんなんで早くなるのか怪しいけど、それで済むなら嬉しいのでサインをした。
そしてまもなく、人混みをかきわけて万世橋警察署の人がやってきて、虹ヶ丘さんが先程の紙を渡せば、彼らはそれを読んでから口頭でいくつかの確認をするだけで戻っていってしまった。本当にそれでいいんだ……。
「君もそのうち、こういう事務書類を書くことが増えると思うよー。今のうちから慣れといた方がいいんじゃないかなー」
そう言うと彼女たちはトレイニングを解除して、人混みの喧騒の中へと消えていったのであった。